日常から
俺の家は、まぁ、なんだ。普通の家だ。安い一軒家。二階建。住宅地のだいたい真ん中に位置している。赤茶色の屋根がカビでも生えたように薄黒い。少しよどんだ汚いグレーの壁。門扉があり、その先にドアがある。
1階にあるリビング兼台所に俺は弟といる。
弟の名前は「赤木 青騎」小学6年生。チビで、髪がサラサラして、表情豊かなのが特徴的。特撮ヒーロー、マンガ、ゲームが大好きな、ちょっとガキ(俺から見れば今も十分ガキな)弟だ。
その弟は俺と、リビング兼台所の部屋の中央に置かれた、上から見れば長方形のテーブルに向かい合う形で置かれた椅子に座って夕飯を食っている。時刻は午後6時40分。
並んでいる食事は、ご飯、味噌汁、枝豆入りハンバーグ、供えにキャベツの千切りにトマトやトウモロコシを混ぜたサラダ、デザートに皮を剥いたみかん。
学校であった出来事を怒り混じりに話していたような「青騎」は、ただいま入浴中だ。ような、と、不確定な言い方なのは、この俺「赤木 黒斗」が話を大分聞いてなかったからだ。弟の話なんて俺「赤木 黒斗」なんかが聞いても何も効果はないからだ。
そんな俺「赤木 黒斗」は只今、食器を洗っている。
ピンポーン♪
古くさいインターホンがなった。時刻は午後7時15分。「郵便か?何か届くような話は聞いてないし、心当たりも無いな。勧誘か?テキトーに流すか」そんな事を考えながら、めんどくさそうに「ハァ」とため息をして、腰に巻いていたシミの付いたエプロンを外して、玄関に向かった。
「はい?」俺「赤木 黒斗」はドアを開けながら門扉の向こう側、つまり道路方面を見た。そこには見慣れない風貌の男が木箱を両腕で下からすくうように持って立っていた。
男の風貌は実におかしな格好だ。まず、全身が真っ黒な衣服で不気味だ。黒いワイシャツ、黒いネクタイ、黒いスーツ、黒い革靴、黒い手袋。何から何まで真っ黒。さらに男の被っているベレー帽のような形の、ジーパンの生地のような丈夫そうな帽子は大きさ15㎝くらいの真っ黒な鳥の羽を左右に一本ずつ黒いボタンでとめられていた。 なんだかカッコよさげだが、月の光のせいか真っ黒な衣服全体が黒光りしていて、古い洋館に出るカラスのような不気味さ出ている。 そんな男が、こんな日本の有っても無くても変わらないような家に何の用だ?
男が口を開いた「『赤木 黒斗』様ですね」男が好青年と思える爽やかな、それでいてハッキリした声で話し掛けてきた。
「そうです」男の声に対して、俺の声は子供っぽさが混じった声であった。そんな自分が、この俺「赤木 黒斗」は嫌いであった。 つうか俺が目的?俺は何かの景品のためにハガキを出したりしり、落とし物をしたり、忘れ物をしたり、他人から必要とされるような事はしてねぇぞ? 心の中でつぶやく
「『赤木 黒斗』様宛てにお届けものです」男が、影のせいで見えないが、おそらく爽やか笑顔で言った。「あぁ、どうも。御苦労様です」そう言い、俺は半開きのドアを開け放ち、門扉の前まで来た。道路と家の敷地には10㎝程の段差があるが、その段差を考えても男は、この俺「赤木 黒斗」を見下ろす程の身長だ。おそらく175㎝ぐらいだろう。
タタタ…この俺「赤木 黒斗」が門扉の前まで来ると「どうぞ」と言い男は持っていた木箱を渡してきた。木箱を受け取ってみたが見た目程の重さはなく、むしろ軽かった。蓋に伝票らしき紙がはってあり見てみると、それは普通のそれとは違っていた、羊皮紙のような古めかしい紙に、万年筆で書かれたような英語で綴られた字。
「あの」中身を見れば分かるのだろうが、英語をわざわざ調べるのは面倒なので、男に聞いてみることにした。
………………
しかし、そこには誰もいなかった。さっきまで確かにそこにいた、だが男は何処にもいない。見間違えた?そんなわけない、見間違えなら木箱は誰が届けた?
門扉から顔を出して、周囲を見渡して見たが、やはり、誰もいない。そこにあるのは、ただの暗い夜の切れかけの電灯に点々と照らされたアスファルトの道路と、近所の家だけだった。
ついさっきまで洗い物をしていたのがウソのような男だったなぁ。そんな事を思いながら、この俺「赤木 黒斗」は洗い物を終えるのだった。 木箱を開けるのはキチンとやるべき事を先にしてからにしたかったからだ。
「さて」食器も片付けたし、木箱を開けようと手を掛けた時、勢いよくリビング兼台所のドアが開けられた。出てきたのは弟「赤木 青騎」びしょ濡れ。「兄ちゃん。風呂上がったよ」「分かった。すぐに入る。だが、その前に青、お前ちゃんと体と床を拭きなさい」素早く的確に指摘する。「はーい」
ペタペタ…
きゅっきゅっ…
ぺちゃぺちゃ…
きゅきゅ…
ちゃちゃ…
……………………まずは体を拭きなさい
2階「赤木 黒斗」が自室にいる。2階には他に「赤木 青騎」の部屋と父親の部屋がある。この俺「赤木 黒斗」の部屋のドアの内側、つまり部屋側には日食の巨大壁紙(デカすぎてドアそのものが日食みたい、結構気に入っているの)がはってあり。弟「赤木 青騎」のドアには両面にヒーローのシールがべったべたに貼られている(本人はカッコいいと気に入っている)。父親のドアには何も付いてない。
そんな2階の、この俺「赤木 黒斗」の部屋は教科書、ノート、ファイルがテキトーに並べられた小学生から使っている勉強机。綺麗に手入れされたCDやライトノベル、マンガが整理整頓された、つっかい棒付き本棚やクローゼット、カバー付きの円を描いた電灯のあるドアを除いて普通の部屋だ。
勉強机の上に木箱が置いてある。あの後、弟の体と床を拭かせ、この俺「赤木 黒斗」も風呂に入り弟は録画してた特撮ヒーロー番組を見始めて、一段落ついて。やっと開ける時がきたのだ。
今思えば、あの時、この俺「赤木 黒斗」は木箱を受け取らなかった。開けなかった。こんな一生を送っていなかったら。
あんな馬鹿げた戦いに巻き込まれなかったのかもしれない。
木箱の中身は切り刻まれた紙のなかにある1つのペンダントだ。
ペンダントに涙の形をした銀色の塊が付いていて、その塊に半立体になるように黒い六角形の宝石が埋まっていた。
手に取ってみると、ただのペンダントだ。
特に木箱にも、ペンダント自体にも何も書かれてない。さて、これは一体なんだ?
ビガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
突然、ペンダントの宝石が光出した。だが、明るい光でない、むしろ暗く、と言うより黒だ。黒い光がペンダントの宝石から放たれている。光は徐々に、この俺「赤木 黒斗」の視界を塞いでいく、急いで手でペンダントを覆ったがダメだ。手が黒く染まった。木箱に戻そうとした時には遅かった。体を視界を世界を全てを漆黒に染め上げられていた。