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毒家族からの華麗なる脱出

作者: 霜月立冬
掲載日:2026/09/05

 一般車道の中を黒塗りのリムジンが我が物顔で走っている。その広々とした後部座席に六名の男女の姿が有った。

 五十代と思しき中年の男女と、二十代と思しき女性が二人、男性が一人。

 それぞれの身にまとった衣装やアクセサリーは、どれも高価なハイブランド品ばかり。


 地元の名士、紀藤(キトウ)家。

 彼らに逆らえる者は、地元にはいない。その逆鱗に触れた勇者は、文字通り地元から弾き飛ばされた。


 今、紀藤家の気分を害する存在はいない。そのはずだった。ところが、後部座席で踏ん反り返っている家長、紀藤理作(リサク)の表情は苦虫を噛み潰したように渋い。


 全く、こんなことが起きるとはな。


 こんなこと。範作にとって予想外の事態。しかし、普通の家族に於いては朗報といえるものだ。


 十五年も行方不明になっていた実の息子、紀藤理一(リイチ)が見付かった。


 十五年前、当時五歳だった理一は何者かに誘拐された。

 当然ながら紀藤家は全力を尽くして捜索した。しかし、消息が全く掴めなかった。これは紀藤家にとっては由々しき事態。


 跡取りにと期待していた息子がいなくなった。


 事態の打開策として、理作は養子を取ることを決意。妻の蓉子(ヨウコ)を説得して、理一と同い年の男子、理音(リオン)を紀藤家に迎え入れた。

 理音はイケメンで素直な性格であった。蓉子も、二人の姉、蓉華(ヨウカ)、蓉姫(ヨウヒ)も大いに気に入っている。これで紀藤家も安泰――と思われた。少なくとも、紀藤家の人間はそのように思い込んでいる。

 しかし、これらの出来事は全て偽り、理作の陰謀であった。


 そもそも、理作は紀藤家の人間ではない。婿養子だ。彼にとって、蓉子との婚姻は飽くまで紀藤家を手に入れる為の手段に過ぎない。

 娘二人と息子一人を授かったものの、蓉子同様全く愛していない。むしろ憎んでさえいた。


 いけ好かない紀藤家を完全に俺のものにする。


 理作は外に愛人を囲い、彼女に子を産ませた。それが理音。理音を紀藤家の跡取りにして、紀藤家の血脈を完全に消し去るつもりだ。その計画の最大の邪魔者が息子の理一だった。


 理作は国内の犯罪組織と結託して、理一を海外の犯罪組織に売り飛ばした。後は似るなり焼くなり好きにしろ――だ。死んでくれれば本望。

 ところが、理一は死ななかった。それどころか、この国に帰ってきていた。何故なのか?


 理作が調べたところによると、理一の出荷先(海外の犯罪組織)が特殊部隊の襲撃を受けて壊滅。その際、理一も救出されていた。しかし、理一は完全には救われていなかった。


 理一は誘拐の衝撃で記憶喪失になっていた。自分の名前も含めて何も思い出せない。彼の過去を示す証は、身に着けていた衣装のブランド名だけ。それを頼りに生国へと戻ってきた――と、いう訳だ。


 帰国後、理一は「津母下論(ツモシタ・ロン)」という新たな名前を得て、孤児院に入った。


 理一、論は自立することを決意して、勉学に励みながらバイトを掛け持ちして資金を調達。その努力と苦労の末、国内最高峰大学の最優秀特待生となった。そのドラマ性が受けて、彼の顔と名前が全国に知れ渡った。

 この出来事が、紀藤家の縁の有る人間達の目に留まった。


「これ、理一君では?」


 かくして、論の存在は紀藤家の知るところなった。実母である蓉子は「論を紀藤家に迎え入れるように」と主張した。

 理作としては首を横に振りたい。しかし、家長と言えど、紀藤直系の意見を無碍(むげ)にすることはできなかった。


 蓉子の要望が通り、家族全員で量を迎えに行くことが決まった。しかし、論を歓迎したいと思う者は、紀藤家には誰もいない。言い出しっぺの蓉子にしても、長い間孤児として育った論に嫌悪感を覚えている。


 紀藤家一同を乗せたリムジンの中では、二人の姉達が論に対する不平不満を零した。その暴言に対して、母である蓉子は何も言わなかった。その行為が、彼女も同意であることを示している。

 紀藤家の中で、理音だけが論を庇った。しかしながら、それは飽くまで母や姉達に取り入るための方便だ。心底では「どうやって論を追い出そうか」と策を練っている。理作も同様だ。

 今の紀藤家に、論の居場所などどこにもない。論にとっては牢獄以下の場所だ。


 最悪な牢獄に我が子を監禁すべく、紀藤家一行を乗せたリムジンは論の許へと走った。


 大道から、入り組んだ隘路を経由して、漸く論が住むアパートの前に到着した。

 完全停車したところで、紀藤家一行が車を降りた。その際、それぞれの視界にアパートの全容が映り込んだ。その直後、長女の蓉華が声を上げた。


「犬小屋かしら?」


 犬小屋。安普請の二階建て建造物は、豪邸に住む紀藤家の目にはそのように映った。その犬小屋から、一人の男性が現れた。


 精悍な顔付き、逞しい体付きをした好青年。しかし、彼を見る紀藤家一同は一様に渋面になった。その表情の理由が、次女の蓉姫の口から飛び出した。


「貧乏臭い」


 蓉姫達の視線は、青年がまとった衣服に集中していた。それは、量販店で売られている簡素なものだ。如何に中身が良くとも、富豪達の目にはみすぼらしく映ってしまう。

 論に対する紀藤家の第一印象は「貧乏人」。その一点だけで、彼らは論を格下の人間だと判断した。その想いが、それぞれの口から飛び出した。


「紀藤家の恥さらし」

「こんな奴が弟だなんて」

「姉さん達、それくらいに――ププッ(失笑)」


 人を人とも思わぬ罵詈雑言。その辛らつな言葉を、論は黙って聞き続けた。その最後に、漸く理作が居丈高に来訪理由を告げた。


「家で飼ってやる。付いてこい」


 紀藤家一同の顔に、論を蔑む冷笑が浮かんだ。その表情は、より冷たい言葉で凍り付いた。


「申し訳ありませんが、付いていけません」


 論の言葉を聞いて、紀藤家一同の目が眼球が飛び出るかと錯覚するほど大きく開いた。それぞれが、文句の言葉を言おうと口を開いた。

 その瞬間、彼らの前に一台の黒塗りの大型車両が現れた。


 鳳凰のフードマスコットをあしらった、黒曜石のように煌めくリムジン。見る者に「移動する宝物庫」と錯覚させるほど豪華だ。同じリムジンでも紀藤家のものとは比べるべくも無い。実際、その車の購入価格は紀藤家の全財産を上回っている。


「「「「「何、これ!?」」」」」


 新たなリムジンの登場に、紀藤家一同の目が一層大きく開いた。その限界を超えた視界の中で、リムジンが完全停車した。

 その直後、後部座席から一人の女性が飛び出した。


 烏の濡れ羽のような艶やかな黒髪。それに覆われた顔は天才芸術家の最高傑作。「絶世の美女」という他無い。

 美女の身にまとった衣装は、簡素ながらも特注の最高級品。彼女の前では、紀藤家一同のハイブランド品すら霞んで見える。

 この世のものとは思えぬ美しさ。一度目にしたならば、二度と忘れることは無いだろう。実際、紀藤家の誰もが彼女の正体を直感していた。


 鳳(オオトリ)財閥の令嬢、鳳織香(オリカ)。


 鳳財閥は世界随一の資産を誇る複合企業体(コングロマリット)。そのCEOの娘が、紀藤家一同の目の前にいる。紀藤家の誰もが意識と視線を織香に奪われた。

 しかし、当の織香の目に、彼らの姿は映っていない。


 織香は、論に向かって真っ直ぐ歩いていく。そのまま立ち止まることなく、その逞しい胸の中に飛び込んだ。


「論、迎えに来た」

「態々(わざわざ)ありがとう」


 論は、織香の細い肢体を抱き締めた。すると、織香は顔を上げて目を閉じた。その反応を見て、論はユックリ顔を寄せて――自分の口を織香の可憐な口に押し当てた。

 誰がどう見ても恋人同士。疑う余地は無い。居合わせた紀藤家一同も、二人の関係性を直感していた。

 その瞬間、彼らの心中で論に対する評価が百恥重度転換した。


 鳳財閥と懇意になれば、もっと贅沢ができる。


 紀藤家一同、この吉事に全力で乗っかろうとした。全力で論を歓迎して、鳳財閥の橋渡し役を頼む。その大事の一歩を、理作が踏み出した。


「り、理一」


 理一。論の本名だ。それを告げられて、論が理作を見た。

 理作の厳めしい顔に、歪な笑みが浮かんでいる。それを見て、論は「気味が悪い」と直感した。その想いは、彼に抱き付く織香に伝わっていた。


「知り合い?」


 織香の視線が、紀藤家一同へと移動した。この瞬間、漸く織香の意識に紀藤家の存在が入った。その事実に、紀藤家一同身震いするほど感動した。


 ここから、俺(私)達のサクセスストーリーが始まる。


 紀藤家一同、論に向かって期待の眼差しを向けた。論も、何となく彼らの想いを想像していた。しかし、


「いや、知らない」


 論の言葉に、紀藤家一同が凍り付いた。そこに追い打ちをかけるように、織香の素っ気ない言葉が響き渡った。


「そっか」


 紀藤家の存在は、織香の意識から完全に消えた。


「行こう」


 織香は論の手を引いて、彼と一緒に最高級リムジンの後部座席に飛び込んだ。

 二人の体が車内に吸い込まれるや否や、黒曜石のドアが音も無く閉じていく。

 それが論(理一)と紀藤家との完全な別れの瞬間だった。

 

 二人を乗せたリムジンは、音も無く走り去った。その様子を、紀藤家一同は呆然と見送ってしまった。


 その後、紀藤家一同は必死に領と連絡を取ろうとした。しかし、彼らに鳳財閥の防御を突破する力は無い。

 それどころか、焦る余りに理作と理音が失態をして、彼らの陰謀が明るみに出てしまった。それを契機に、家族同士の骨肉相食む修羅場が始まった。

 程無くして、紀藤家は没落した。因果応報である。

 尤も、紀藤家を離れた論(理一)には関係のない話だ。


 論は鳳財閥の庇護の下、愛する織香と末永く幸せに暮らしましたとさ。目出度し、目出度し。

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