欺瞞
小学生がお金を稼ぐことは、この時代ではかなり難しい。
街の大人たちは簡単に「努力すれば何とかなる」と言うが、現実はそう単純ではない。
インターネットはなく、働くこともできない。
自由に使える金は親の機嫌と成績に左右される。
選択肢は驚くほど少ない。
ユウは机に向かい、白い紙を広げた。
テストで好成績を取り、家事を手伝う。
お小遣いアップを狙う。
誕生日、クリスマス、お年玉は計画的に使う。
無駄遣いは極力減らす。
自分は大人だ。
親の喜ぶ子ども像も、褒め方も、落胆のさせ方も知っている。
どう振る舞えば評価が上がるのかも、嫌というほど経験してきた。
それを使うことに、少しだけ胸が痛んだ。
紙の端に書いた文字を指でつまむ。
これが正しいのかどうかはわからない。
ただ、今はやれることをやるしかなかった。
⸻
月曜日。
放課後のみつば屋は、いつもと同じ顔ぶれが揃う。
そこには駄菓子と紙袋と、少し古い木の床の匂い。
「師匠ー! 師匠ぉぉぉ!!」
店に入った瞬間、甲高い声が響く。
「今週は、何を買うでござるか!?」
振り向くと、ジョンが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「いやぁー、結局あの後、ボディーガードが気になって買ってみたでござる!
そしたら何と、まさかの1着!
ナリタブライアンを破るとは恐れ入ったでござる。
師匠! 感謝申し上げるでござる!!」
身振り手振りを交えて語る姿は、無邪気そのものだった。
ジョンはすっかりユウの予想を信じ切り、今や完全に師匠扱いである。
その視線には疑いがない。
だからこそ、胸の奥が少しだけ重くなる。
「して、今週は如何に……?」
期待に満ちた目。
「まだ、枠どころか出走馬も確定してませんよ?」
「あ、そうでござった!!」
軽快なやり取りの裏で、ユウは考えていた。
(俺も全てのレース結果を覚えているわけじゃない。
たまたま先週のレースは、インパクトが強くて記憶に残っていただけだ。
もし当て続けたら、この人は本気で人生をギャンブルに委ねかねない)
ユウは、今後の予想について慎重になる必要を感じていた。
「何かあったら、遠慮なく拙者に言うといいでござる!」
その言葉が耳に入った時、ユウは我に返った。
「え? なんですか?」
ユウは聞き返した。
「されば、今後また大会などに出るのでござろう?
拙者が車でお送りするでござるよ!」
一瞬、言葉を失った。
暁光。
移動費で悩んでいた心に、思いもよらない形で光が差し込む。
助けられている。
だが同時に、頼らせてしまっている。
「本当ですか……ありがとうございます」
言葉にすると、少しだけ嘘になる気がした。
「なになに、持ちつ持たれつでござるよ! はっはっは」
豪快に笑うジョンを見て、ユウは思う。
この人は善意で動いている。
自分は知識を隠し、子どもの仮面をかぶっている。
この人の厚意を、色んな角度で踏みにじるような真似はできない。
信頼の上に成り立つ関係は、
ほんの少しの後ろめたさを抱えながら、
静かに動き出していた。




