直感
かね、カネ、金。
どうしよう。
答えはまだ出ていない。
お金がなければ大会遠征はおろか、パーツ購入すらままならない。
考え事に沈んでいると、肩を小突かれた。
「おーい、聞いてるのか? ユウ!」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「ったくよ。ウィングのローラーの話だよ。つけない方がいい?」
「あー……うん。フェンスに乗り上げた時、復帰しづらいから、いらないかも」
(この時代、みんなウィングのローラーを付けてたっけ)
「なあ、見てみ? ジョンがいるぞ。こっち見てない?」
視線の先に立っていたのは、あの男だった。
ジョン。
ジョン・レノンのように少し傷んだ長髪と丸メガネ。
そこだけが共通している、オタク風の青年男性だ。
近寄りがたい雰囲気をまとい、いつもブツブツと独り言を呟きながらミニ四駆を走らせている男だった。
そのジョンが、こちらへ歩み寄ってきた。
「やあ、そこの……ミニ四駆、詳しいでござるな。一度、話してみたかったんでござる。デュフ」
(デュフ?)
「……はい? 僕ですか?」
聞けばかなりのマニアで、次々と質問を投げかけてくる。
そのたびに自分の考えとユウの意見をすり合わせるように、話を進めていた。
気付けば、コウスケは完全に蚊帳の外だった。
「いやー、だいぶ参考になったでござる。お主、本当に小学生でござるか?」
(しまった……適当に答えればよかったのに。つい普通に話し込んでしまった)
「お主とは馬が合いそうでござるよ」
ジョンの名はジュンイチ。年齢は26歳。
本人曰く――
「キョンキョンと同級生でござってなー。ぐふふ」
……なのだそうだ。
――あれ?
ジョンの手元に、折り目のついた新聞があった。
ミニ四駆のコース脇では場違いなそれに、思わず目が留まる。
「……競馬、好きなんですか?」
「おお、気づいたでござるか。競馬も拙者の嗜みでござる。馬一頭一頭にドラマがあり、それを追うのが楽しいのでござるよ」
ユウは新聞を覗き込み、紙面の一角で視線を止めた。
「これ、今週のデイリー杯3歳ステークスですよね」
「ほう。知っているとは驚きでござる」
「僕も競馬は好きです……でも、このレース、雰囲気が独特ですよね」
ジョンは一瞬、きょとんとした顔になる。
「……雰囲気、でござるか?」
「はい。強い馬が順当に来る感じもするけど、なぜか一頭だけ、流れに乗る馬が出る気がして」
ジョンは紙面を指でなぞった。
「拙者は、ここはこの馬一択でござる。ナリタブライアン。新聞の評価、血統から見ても間違いない。これからが楽しみな一頭でござるな」
「ですよね」
ユウはあっさりと頷く。
「普通に見たら、そうなると思います」
「……普通に?」
「でも、僕はこっちが気になります」
ユウはスーッと指を指した。
「ボディーガード……? 中々の穴馬にござるが?」
「人気とかはよくわからないです」
「ではなぜでござる?」
ユウは少し考えてから答えた。
「なんとなく、です」
「……なんとなく?」
「空気感というか……この馬だけ、無理してない感じがして」
ジョンは声を上げて笑った。
「ははは! それは理由とは言えぬでござる!」
「そうですよね」
ユウも苦笑する。
「競馬ってデータ通りにいかないこと、多いですよね」
ユウは新聞を見たまま言った。
「それは……否定できぬでござる」
「だから、どんな考えで予想してもいいと思うんです」
ジョンは少し意外そうな顔をした。
「拙者は、正しい見方があると思っていたでござる」
「正しいかどうかは、
後からしかわからないです」
ユウは続ける。
「だったら、最後は自分が納得できる考えで選びたい」
「……感覚、でござるか」
「はい。
僕はそれを大事にしたいです」
「……なるほど」
新聞から目を離し、ユウを見る。
「自分の感覚……」
ジョンはニヤリと笑い、背を向けた。
「また今度、色んな話を聞かせてくだされ」
そう言って、ジョンは去っていった。
―――
数日後。
「師匠ー! 師匠ぉぉぉ!」
ジョンが、ユウを師匠と呼んでいる。
「ねえ、コウスケ。ジョンとユウ、いつ仲良くなったのよ。花道とリョータみたいじゃない?」
ユリとコウスケは、少し離れた場所からその様子を眺めていた。
「さあ。この前初めてミニ四駆の話をした時は、ここまでじゃなかったけど」
「本人に聞いても教えてくれないんだよ。『秘密でござる』って」
「……なんか、怪しいよね」




