未練
――どうして、こうなったんだ。
確か、晩酌していたはずだ。
仕事を終え、缶ビールを片手に、何の気なしに昔のことを考えていた。
2026年。43歳。
ミニ四駆。
あの頃、夢中になって結局やり切れなかった遊び。
雑誌やカタログを読みながら、
「こんな改造を真似したい」
「このパーツをこう使おう」
そんな妄想ばかり膨らませていた。
ある日知った。
前にモーターが載っている、少し変わったミニ四駆。
(こんなのが、あるんだ……)
そこからだった。
FMシャーシに惹かれ始めたのは。
誰も持っていない。
店頭でも目立たず、仲間内でも話題に上らない。
雑誌に小さく書かれていた、
FMシャーシのフロントが重いことによる利点。
テクニカルコースに強い。
アップダウンに強い。
――そう書いてあった文字が、やけに輝いて見えた。
その文字に魅力を感じた。
信じて使い続けた。
何よりモーターが前についている革新的な構造が忘れられなかった。
マイナーだけど、秘めたポテンシャルを感じたこのシャーシで勝ちたかった。
FMシャーシで胸を張って、あの頃の大会で。
「何回も妄想したもんな。
“あの頃、FMシャーシで優勝できたら”……とかさ。
こっそり自作した、最強設定のマシンノートとか」
表には出せないが、俺の青春だ。
しかし当時は金がなかった。
工具も満足に持っていなかった。
手元のマシンは、構想の半分も形にならないまま、
ブームが去り、押し入れの奥で眠ることになった。
周りの友達が、少しずつミニ四駆から離れていった感じ。
おもちゃ屋のミニ四駆売り場が縮小し、活気を失っていった感じ。
今でも、胸が締め付けられる。
――やり残した。
その感覚だけが、ずっとどこかに引っかかっていた。
押し入れにしまったのは本心じゃない。
本当は、またあの活気の中でミニ四駆を走らせたかった。
こんな考えを、毎日どこかで繰り返していた。
あの時は酒も進み、
気づけば思考は、やけにリアルになっていた。
こんな改造をして。
こんな大会に出て。
FMシャーシで勝ち続けて。
「FMって速いシャーシなんだ」と、皆に錯覚させてやる。
いや、錯覚じゃない。
そういう“歴史”を作りたい。
「……やば、さすがに中二脳すぎるだろ」
自分でそうツッコミを入れた、
その次の瞬間、意識が遠のいた。
――
俺は、1993年の自分になっていた。
小学5年生。
鏡に映るのは子どもの顔なのに、
中身は2026年の俺、そのまま。
声変わりする前の声に、違和感が生じる。
マリオの学習机。
ゲームボーイ。
ドラゴンボールのポスター。
リフォームする前の窓。
懐かしい自室のレイアウト。
「どんなアニメ展開だよ……」
異世界じゃないだけ、まだマシか。
ラノベやアニメで溢れかえっている設定だ。
まさか自分が当事者になるとは思わなかったけど。
でも、状況を整理すると――悪くない。
未来の知識がある。
どのパーツが強くて、
どの改造が意味を持たなかったかも知っている。
……にしても。
(で、どうやって未来に帰るんだよ、俺)
しかし帰る方法や仕事、家族のことなど、
不思議と不安や焦りはなかった。
学校の勉強は楽勝だろう。
問題は、ミニ四駆の方だ。
(今年は大丈夫だったけど……
来年はスーパー1シャーシの大繁殖期。
それから環境が激変するんだよな……)
そう、ここからが本番だ。
2026年の技術を、94年にどう落とし込むか。
学習机に座り、ノートを開いて改造方針を書き始める。
今ならできる。
今だからこそ、やるしかない。
……はず、だった。
「あ」
大事なことを思い出す。
金がない。
そこは昔と、何も変わっていなかった。
財布の中身まで一緒にタイムスリップしたわけじゃない。
パーツはタダじゃないし、モーターも消耗品だ。
大会に出て勝ち続けるには――
現実的な金策が必要になる。
「どうすっかな……」
天井を見上げ、ため息をつく。
「寝よ」




