躍進
いつものコースが併設された、みつば屋。
僕たちの溜まり場だ。
ユリに呼び出され、僕は1人で先に来ていた。
ユリはまだ来ていない。
店先の古いベンチに腰を下ろし、ミニ四駆のレーサーボックスを開く。
その瞬間、
ふわりと、視界を横切るものがあった。
一瞬、何かわからなかった。
しゃぼん玉だ。
「マーキュリースターパワー!!」
聞き覚えのある声。
振り向くと、制服姿のユリがやたらと慌ただしい動きでポーズを決めていた。
しかも季節外れの夏服。
寒さより再現度を優先するあたり相変わらずだ。
(あ、来たな)
「愛と知性の制服少女戦士!
セーラーマーキュリー!」
朝の駄菓子屋には不釣り合いな名乗りが響く。
「おはようございます、ユリ先輩。
今日はムーンじゃなくてマーキュリーなんですね」
「あんた最近リアクション薄すぎ。
今はあみちゃんブームなの」
そう言って、ユリは満足そうにうなずいた。
ひとしきりふざけたあと、
彼女はふっと表情を切り替える。
「この前の話の続きなんだけどさ。
今年のジャパンカップ――あたし、最高の最終回にしたいの」
その言葉に、自然と背筋が伸びた。
ユリの言う“最高”は明確だった。
とにかく速く。
誰よりも目立つ。
ギャラリーの視線を集めて、できれば雑誌にも載る。
要するに、記憶に残るマシンにしたいという話だ。
「つまり、目立ちたいってことですよね」
「そこは要約しなくていい」
そんなやり取りをしていると、
背後から声がかかった。
「あれ?
ユウ? ユリ先輩?」
コウスケだった。
「何してんだよ。
遊ぶなら俺も混ぜろって」
こうして、ユリを速くするための即席講義にコウスケも加わった。
速さについては、迷わずスーパー1シャーシを勧めた。
駆動を良くするための工夫を、順に説明していく。
ユウ流のモーターの慣らし方。
ピン軸へのオイル差し。
ギアの面取り。
シャフト周りの干渉処理。
プロペラシャフトのピニオン位置。
モーターの位置出し。
ベアリングの脱脂。
ホイールの逆履き。
バッテリーの選び方と管理。
未来の知識があっても、これらが正解かはわからない。
これまでやってきた結果が、これだった。
「えー……ミニ四駆って、こんな面倒なの?」
「ユウ、お前のマシンが速い理由って、こういう事の積み重ねなのかよ」
文句を言いながらも2人は何度も質問し、やり方を確認し、少しずつ理解していった。
「速くする方法はわかってきたわ。
じゃあ次は、目立つためのメイクアップを考えてよ」
「発光ダイオードは抵抗になるしな…」
「やっぱカラーリングじゃないか?」
と、僕とコウスケが意見を出し合う。
確かに、前回のセーラームーンカラーを基調にした配色は悪くなかった。
そのとき、ユリがひらめいたように言った。
「ボディに絵、描くのは?」
(この時代、転写ってできたっけ……)
「それいいかも! どうだユウ?」
「ユリ先輩、絵描ける?」
「言っとくけど、セーラームーン描かせたら、あたしの右に出る者はいないわよ」
ユリは胸を張った。
「ジョンなら何か方法知ってるかもです。
うまくいけば、かなり目立ちます」
「まじ!? 超テンション上がってきた!!」
ユリはベンチの上で足をばたつかせた。
「俺はとにかく最高速アップだな」
「それは、僕が直接見るよ」
笑いながら言うコウスケの目も、ユリと同じように輝いていた。
爆速。
注目度。
目標は違っても、向かう先は同じだ。
ゴールの、その先。
表彰台。
夏に向けて、
僕たちはまた1歩、踏み出していた。




