安堵感
ジャパンカップ会場――。
決勝が終わった直後の興奮はまだ冷めず、観客のざわめきが渦のように広がっていた。
ユウのFMマシンが叩き出した
“異次元の静寂走行”と“意味不明なタイム”は、会場の誰よりも強烈な印象を残した。
「あの走り……なんだったんだ……?」
「え? FMなのに?」
「モーター分解してんじゃね?」
「コイルいじってるだろ!?」
「いや、チェックされてたし違うはず……」
そんな声が飛び交い、スタッフまでがざわざわとユウのマシンを囲む。
ざわめきの中、実況担当のミニ四ファイターが現れる。
「ユウ君、ちょっと優勝者のインタビューをさせてくれ〜!
……おっと、今もまだ緊張してるか〜?
でも聞かせてくれよ!」
拍手。
どこを見ても、人、人、人。
今は照明を浴び、観客に囲まれ、逃げ場がない。
ユウはその中心に立っていた。
(……こんなはずでは……)
「さあ! 見事優勝を果たしたユウくんだ!」
ミニ四ファイターの声が、会場に響く。
「いやー、すごい走りだったね! 今の気持ちを一言!」
そう言って、マイクが差し出される。
(え、待って、なに言えばいいの)
(ありがとう?)
(楽しかったです?)
(わかんないわかんない)
「このFMマシン、どうやったらこんな走りができるんだ?」
再び差し出されたマイクを、ユウは反射的に受け取った。
……受け取ってしまった。
(ユウは言葉が出ないまま、ただ黙ってマシンを見せる)
「ふむふむ、静かか〜い!
でも走りはまさにレーサーの魂を感じるぜ!!」
「……えっと、あの……いや……ちょっ……」
言葉が出口を見つけられず、空中でふにゃふにゃと漂う。
何一つ伝えられていない。
ユウはマイクを返そうとする。
……が、タイミングが合わない。
右。
左。
もう一度、右。
マイクを渡すタイミングが全然合わず、左右に手をふってしまう。
ファイター、思わず吹き出す。
「ははは! キミのその緊張、見てるこっちまでワクワクしてくるぜ!」
「さぁさぁ! みんなもユウ君みたいに、
自分だけの1台を想いを込めて作るんだ!
速さへの挑戦! 情熱のセッティング!
それがミニ四駆の醍醐味だぞ〜!!」
(ユウはまだ言葉を発せないものの、
その純粋な眼差しを見て、ファイターは笑顔で締める)
「よし!
優勝者インタビューはこれでOKだ!
みんな、もう一度大きな拍手〜!!」
完全に周囲が勝手に盛り上がり、
ユウは最後までキョドりきったまま会場を後にした。
ユウは拍手の音に耳をふさぎ、心の中で叫ぶ。
(最悪だ……俺、いくつになっても人前が苦手すぎる……!)
――そして夏休みは終わり、9月。
学校の校門に入った瞬間、猛然と少年がユウに突っ込んできた。
「ユウゥゥゥ!!」
コロコロコミック9月号を、バッと突きつけてくる。
その表紙に、デカデカと
“スーパージャパンカップ’93速報!”の文字。
「おい見たぞコレ!!
お前コロコロに載ってるじゃねぇか!!
お前だろこれ?
ジャパンカップ優勝って!!
お前いつの間にそんな重大イベント行ってんだよ!!」
ユウはビクッ。
「あ……その……」
この少年はコウスケ。
今年のクラス替えから一緒のクラスになった。
誰とでも仲良く振るまえる。
スポーツも遊びもそつなくこなせる爽やかな少年。
何故かユウによく構ってくる。
「なんで誘わなかった!!
俺だって行きたかった!
今からでも連れてけ!!」
「いやもう終わってる……」
「じゃあ来年連れてけよ!!」
「あ、うん……」
「でも俺、お小遣い止められてるんだよな……
困ったな……よし、ユウ!
俺の母ちゃんに
“コウスケにお小遣いあげてあげてください”
って交渉してきて! 頼んだ!」
「さちこ、無、無理……」
「オマエ、サチコムリジャナイ。
サチコニトツゲキシローーー!!!」
その瞬間。
背後から圧のある声が降りてきた。
「……コウスケ。それは何だ?」
振り返ると担任が後ろにいる。
コウスケの手には、堂々とした表紙のコロコロ。
「違います!
これは読み物です!
国語です!!」
「なるほどな、職員室で話を聞こうか」
「ぎゃーーー!!」
(朝から騒がしい……)
その日の昼、
コウスケの母・さちこに連絡が入り、
しょんぼりして戻ってきた。
放課後
昇降口で靴を履いていると、
コウスケが横から肘でつついてきた。
「でさ。FMで出たんだって?」
「う、うん……」
「FMなんてダサくない?
ボディだってロクなのないし。
俺みたいにさ、
もっと超ウルトラスーパーかっこいい
アバンテとかにした方が良かったんじゃね?」
(ふつうの小学生はそうだわな……)
ユウは心の中で、ぼそりとつぶやく。
反論できない。
言えば色々ややこしくなる。
「にしてもさ」
コウスケが、じっとユウの顔を見る。
「決勝大会でも、お前のタイムがぶっちぎりって……
どういうことだよ。
いつからそんなに速くなったんだ?」
ユウは言葉に詰まった。
(2026年の知識ですよー!
アーイトゥイマテーーン!
と言えるなら言いたい……!
あるある言いたい……)
「え、えっと……
が、がんばった……から……」
「バカかよ!
何だその曖昧な答え!
まあいいけど!」
コウスケはニッと笑った。
「来年は俺も出るからな!
絶対行く!!
置いてくなよ!」
「う、うん……」
「いいか!?
速くなった方法教えてくれよ!?
テスト走行でも、パーツ買う時でも!
お前は俺のアバンテを
超速くするために生まれてきたんだ!!」
「なにその呪われた宿命……」
「ま! 気にするな、親友だろ!」
そう言って、コウスケはユウの肩に手を回した。
ユウは照れくさくなりつつも、ふっと微笑む。
「ただのジャイアンでしょ? 笑……」
――未来から来たユウにとって、
この時代の温かさは、
どこかくすぐったくて心地よかった。




