送春
卒業式。
体育館は、やけに静かだった。
ストーブの灯油の匂いとワックスのかかった床の光沢。
紅白幕で飾られたその空間は、特別感が増していて、
それだけで、もう戻れない場所になった気がした。
校長の話は今の自分にはよく理解できた。
成長だの、選択だの、責任だの。
周りを見渡すと、退屈そうな顔が並んでいる。
昔の自分も、きっと同じ顔をしていたんだろうなと思って少しだけ笑った。
教室に戻ると、黒板には、
「卒業おめでとう!」
と、チョークで鮮やかに描かれた文字と絵。
それを見ただけで胸の奥がきゅっと締まった。
小学生の体で、人生2回目の卒業。
――なんだか、あっという間の1年だったな。
ジャパンカップが終わって、その余韻に浸っているうちに
気づけばもう卒業式だ。
時間の進み方が、完全に40代のそれだった。
子どもに戻っても、あの頃みたいに、
ゆっくり時間が流れるわけじゃないらしい。
「ユウ……俺、卒業したくない!
この学校が好きなんだって、
今さら分かったわ……」
コウスケは目を真っ赤にして、感極まっている。
「分かるよ。卒業式って、そういう感情が一気に来るよな」
「お前さ、なんでそんな涼しい顔して泣かないんだよ!」
周りとの温度差をしっかりイジられた。
あと1ヶ月も経たずして俺たちは中学生になる。
私立に進む一部を除いてこの学校の卒業生のほとんどは、
ユリの通っている公立中学へ進学する。
春休みは思ったより長かった。
大会もない。
学校もない。
ただ、工具箱とマシンだけがそこにある。
パーツを磨きながら考える。
…今年が、山だな。
入学式の日。
真新しい学ランに袖を通すと、
どうにも落ち着かない。
まるで、服のほうが主役で、
自分がそれに着られているみたいだった。
コウスケと並んで登校する。
「なあ、部活どうする?
俺、スラダンにハマってさ。
バスケやろうと思うんだけど、ユウも一緒にどう?」
「うーん……まだ決めきれない。
少し考えてからにするよ」
新しい生活の話をしながら校門の前まで来た、その時。
「待ってたわよ!」
思わず足が止まる。
「ユウ! コウスケ!」
ユリが、校門の前に立っていた。
前よりも少し落ち着いた表情で、
でも確かに、あのユリだった。
「ユリちゃん、お久しぶり!」
コウスケが声をかけると、
ユリは軽く手を振った。
当たり障りのない会話を交わし、
ユリは先に校内へ消えていった。
「なあ……なんかさ」
「前より落ち着いたよな。
前みたいなヤバさが薄れたというか」
「ホント、別人みたいだったね」
(女子は特に、先輩後輩の関係が如実に出るからかな……)
校門をくぐりながら俺は思った。
95年春、始動。




