共振
あの時のことを、今でも時々思い出す。
なぜあそこまで鮮明に覚えているのか、自分でも分からない。
ただ――
あの日を境に、拙者のミニ四駆人生は、ほんの少しだけ歯車が噛み合い始めた。
ミニ四駆は、もともと好きだった。
考えて、手を加えて、速くなる過程そのものが楽しい。
パーツを替え、重さを量り、回転数を想像する。
物理的に考え、数式に落とし込む。
理屈は理解しているつもりだった。
だが、現実はいつも机上の空論を笑う。
計算通りに速くならない。
どうしても、ならない。
そんな時だった。
「このゴールドターミナル、金は何割なのでござるか?
だとしたら抵抗値は……」
独り言の途中で、視界の端を何かが駆け抜けた。
――んむ?
思わず顔を上げる。
あの子たちは――
次の瞬間、言葉を失った。
速い。
それも、異様なほど静かだ。
モーター音はしている。
だが、耳障りな唸りがない。
無駄な抵抗が、削ぎ落とされている。
気づけば拙者は少年に声をかけ、マシンを間近で見せてもらっていた。
食い入るように眺める。
あのスピード。
あの安定感。
頭の中で、自然と式が回り始める。
n_tire = n_motor / G
v = (n_motor / G) × π × D
F_fric_max = μ × N
理屈は分かる。
だが、理屈通りに“作れる”人間は、そう多くない。
――なぜ、ここまで理想を形にできるのでござる。
拙者は、話しかけ
矢継ぎ早に質問していた。
少年は少し困ったように、それでも真剣に答えてくれた。
その時間が妙に楽しかった。
小学生と話している感覚ではない。
年齢ではなく、思考の深さが同じ場所にある。
やがて話題は、拙者の持っていた競馬新聞へと移った。
どの馬が勝つか。
拙者は、データに基づいて自信の一頭を選んだ。
過去成績、枠順、3ハロン。
数字は嘘をつかない――そう信じていた。
少年は、人気薄の馬を挙げた。
データは参考。
最後に信じるのは、自分がその馬から受け取った“感覚”と“雰囲気”。
数字では拾えない気配がある――
そんなことを少年は静かに語った。
その予想が不思議と頭から離れなかった。
気づけば拙者は、少年の挙げた馬の馬券を買っていた。
そして――その予想は的中する。
妖術にでもかかったかのような感覚。
同時に、抗えないほどの心酔。
その日から、拙者は少年を「師匠」と呼ぶようになった。
「いやー、今回も師匠のおかげで良き週末にござった!」
手に入れたのは、ときメモのグッズ。
欲しかったものだ。
「ぐふふ……虹野たーん!待っててくだされ!」
浮かれて、仕事がどうでもよくなりかけた。
だが、師匠は容赦がない。
「ジョン。
会社は行かなきゃダメだよ。
虹野さんって、
ちゃんと頑張る人が好きそうじゃない?」
「な、なんと!
師匠は虹野たんをご存知でござるか!」
「ちゃんと働かないなら、競馬トークもしないからね」
――それは困る。
そして、追い打ち。
「そのまま、虹野さんにも嫌われろー!」
「ひえええ……それだけは、何卒……」
それ以来、拙者は気持ちを入れ替えて毎日会社に行く。
帰宅してから、胸を張って虹野さんと“デート”している。
ユウはこれを機に思った。
ジョンはいいやつだ。
素直で、余計な詮索もしない。
ただ――
競馬で人生や性格を狂わせないようにするのは、正直骨が折れる。
ふぅ……。
俺の爆弾が、爆発しそうだ。




