進展
9月。
夏休みが明け、まだ日差しの残る朝。
校門前には、久しぶりに顔を合わせる生徒たちの声があふれていた。
「宿題終わった?」
「最終日に徹夜した」
「日焼けやばくね?」
そんな他愛もない会話の中、ユウは少し距離を置いて歩いていた。
変わらない日常。
それでも、夏の間に何かが変わったという感覚だけが、胸の奥に残っていた。
「おーい!ユウーーー!!」
後方から、聞き慣れた大声が響く。
振り向く間もなく、コウスケが勢いよく駆け寄ってきた。
「なあ、見たか?!」
「え?なにを?」
「え?何を?じゃねーよ!!
コロコロだよ、コロコロ!」
「ああ、もう発売日だね」
「発売日だね、じゃねーの!!
俺が写ってる、写ってるってーの!
ほら、ここ見ろよ!ここ!!」
コウスケは、手に持っていたコロコロコミックのページに指を挟み、
周囲の生徒を気にする様子もなく、素早く開いて見せてきた。
……表彰台の中央には、俯いたユウ。
その後方、少しぼやけた位置に、小さく写る人影。
よく見なければ気づかない。
だが、確かにそこにはコウスケとユリの姿があった。
「な?!これ俺だよな!!
隣にユリちゃんもいるだろ?俺だよな?!」
「……たぶん、そうだと思う」
「だよな?!すげー!
俺、全国誌デビューだぞ!!」
興奮するコウスケの声に、周囲の視線が集まり始めた。
「なにそれ?」
「コロコロ?」
「ジャパンカップのやつ?」
他の生徒が雑誌に群がってきた、その時。
背後から、影が差す。
「コウスケ。何を持って騒いでいる?」
「……え?」
ゆっくりと振り向くコウスケ。
そこに立っていたのは、見慣れた担任の姿だった。
「は、い、いや!その!あれですよ!
読書感想文のですね?あれですよ!」
「ほう、なるほど。
では職員室で詳しく聞かせてもらおうか」
「え?なんで?!やめてー!!」
引きずられていくコウスケの背中を見送りながら、
ユウは小さく息をついた。
「はぁ……去年と同じやん……」
そう呟きながらも、口元は少し緩んでいた。
⸻
放課後。
昇降口。
夕方の光が差し込み、床に長い影が伸びている。
「よ!」
コウスケが、昼間の出来事などなかったかのように、
いつもの調子でユウの肩を叩いてきた。
「ジャパンカップ、超楽しかったな!」
「うん。先生に呼ばれて、大丈夫だったの?」
「あー、今年もサチコから大目玉確定しました!泣」
(まるで成長していない……)
「でもさ」
急に、コウスケの声のトーンが落ちる。
「俺のアバンテさ、ユウに色々教えてもらってから、本当に速くなったんだ」
「うん」
「予選で1位取った時、
あ、ここまで来れたんだって思った」
一瞬、言葉を探すように視線を落とす。
「……でもさ」
顔を上げたコウスケの目には、
興奮とは違う、焦りの色が滲んでいた。
「その先が、見えなかった」
……ユウは、黙って続きを待つ。
「これ以上速くする方法が、
もう思いつかないんだ」
「もっと速くなりたい。
ユウにも負けないくらい速くなりたい」
「だからさ……
やっぱ、新しいスーパー1シャーシ、使ったほうがいいのかな?」
軽い口調を装っているが、
その問いの裏には、コウスケ自身の深い葛藤があった。
どう答えるべきか。
ユウは、未来の知識を思い浮かべながらも、
それを押し付けることにためらいを覚えた。
「コウスケが……そうしたいなら、
それが一番だと思う」
「え?どゆこと?」
「えーと……どうしたいか決めるのはコウスケだよ。速さなのか、こだわりなのか。
今、自分が何を一番大事にしたいのかで選べばいい」
「僕は、それを応援する」
しばらく黙り込んだあと、
コウスケは小さく息を吐いた。
「……そっか」
「ちょっと、考えてみる」
その横顔は、
学校のテスト中の時の顔よりも、
ずっと真剣だった。
コウスケは、マシンの未来を考えながら、
ゆっくりと帰路についた。
(展開はシリアスだけど、
サチコには普通に怒られるんだろうな……)
と、ユウは冷静に予想していた。




