歓談
ファミレスのドアをくぐった瞬間、ユウは大きく息を吐いた。
コースの前に立つより、ここに足を踏み入れる方が緊張する。
グループでの食事は昔から苦手だ。
「主役は奥の席でござる!」
背中を押されるように声が飛ぶ。
「いや、別に主役とか……」
「主役でござる!!」
有無を言わせぬ勢いに、ユウは半ば引きずられる形で席へと連行された。
「さあさあ、今宵は拙者の奢りでござる。好きなものを遠慮なく頼むでござるよ!!」
「イエーイ! ジョン太っ腹!」
「ジョン最高!」
賑やかな声が重なる中、当の本人は眉をひそめた。
「……皆、拙者のことをジョンと呼ぶが、拙者はジュンイチでござる」
「なぜジョンなのでござるか。ジュンイチさんと呼ぶでござる」
「固いこと言うなよ。ジョンはジョンだろ?」
「ジュンイチさんでござる!」
「そうよ。どこからどう見てもジョンなんだから」
「……ジュンイチさんでござる」
「……いや、ユリ殿は……その……お兄ちゃんと呼んでもいいでござるよ!」
一瞬、時が止まった。
「は?」
ジョンの言葉にユリが確実に引いたのがわかった。
「待って、きもいきもいきもい!空気止まったし!」
「なにそれ、スタンド?スタープラチナなの?」
「例えがわからん」
コウスケは完全に置いていかれた顔をしている。
空気を察したのか、ジョンは慌てて咳払いをした。
「やっぱりジョンで良いでござる!
いやあ、ジョンは良い名前でござるな。未来を救いそうでござるな」
「戻すな」
ユウの即座のツッコミに笑いが戻った。
――――
「ドリンクバー行く人!」
「はい!」
「はい」
「はいはいはい!」
勢いよく手が上がる。
「ユウは座ってて。何持ってくればいい? 超神水?」
「息の根を止めようとするなよ」
コウスケの冷静なツッコミと共に、残りの面々は席を立った。
テーブルに残されたメニューを前に、ユウは視線を彷徨わせる。
どれを選んでも構わないはずなのに、指が止まる。
「優勝者が飯で悩むなよ」
笑いながら戻ってきたコウスケが言う。
「確かに」
とユリが続いて戻り、ジョンはユウにグラスを差し出した。
メニューを見つめたまま、ユウがぽつりと呟く。
「……ハンバーグ、美味しそう」
「士郎! 和牛ハンバーグの味が分かるのか!?」
ユリが即座にマニアックな球を投げる。
「ぶほっ! 海原先生でござるか!」
ジョンが完璧に拾い、場が温まった。
注文が決まらない様子を察したのか、店員がやって来る。
「ご注文はお決まりですか?」
視線が同時にユウへ集まる。
「え、僕?」
「主役!」
「主役でござる!」
「いや、皆それぞれ頼めば……」
沈黙。
「……じゃあ、皆同じで」
「「「それだ!!」」」
結果、テーブルはハンバーグ祭りとなった。
ふと気付くと、ユウのグラスだけ中身がほとんど残っていない。
「ちょっと待てユウ、もう飲んだのか?」
「緊張してて…」
「この場で緊張する要素がどこにあるんだよ!」
笑い声が店内に広がる。
料理が運ばれ、グラスが揃う。
「では、改めて——
ジャパンカップ優勝、師匠に乾杯でござる!」
「かんぱーい!」
グラスの音が重なり、周囲の雑音に溶けていく。
「なあ、ユウ」
コウスケが声を落とした。
「正直に言えよ。
あの走り、最初から全部計算してたんだろ?」
ユウは言葉に詰まった。
「……まさか。ゴールするまでは何が起きるか分からないよ」
嘘ではない。
「あれが前回大会優勝者の走りか。普段とは別物だった」
遠い目をしながら、コウスケは笑う。
「悔しいけどさ、楽しかった。
またやろうぜ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……うん」
短く答えた。
向かいの席で、ユリはどこか上の空でポテトをつまんでいた。
「ユリちゃん?」
呼びかけると、少し驚いた顔でこちらを見る。
「また皆で来よう」
それだけで充分だった。
「……当たり前でしょ!
見ててください晴子さん! この天才の雄姿を!」
いつもの笑顔が戻る。
「ていうかさ、ユウ」
「なに?」
「レース中、顔怖かった」
「え?」
「無表情すぎて、マシンより無機質だった」
「それはそれでホラーでござる」
「やめてよ、そんな顔してた?」
「してた」
「してた」
「してたでござる」
全会一致だった。
向かい合うジョンが、急に真面目な声になる。
「コウスケ氏」
「ん?」
「旧シャーシで、あの走り。見事でござった。」
と感心しながら続けた。
「タイプ2の性能を、あそこまで引き出せる者は多くはおらぬ」
「急にどうしたんだよ。照れるだろ」
「照れる前に誇るでござる」
ユリが何かを決めたように立ち上がった。
「はい、注目!」
視線が集まる。
「次はあたしが勝つ。
それで、またここで祝勝会やるから」
「その時は…」
言葉に少しだけ迷いが混じる。
すぐにジョンが続いた。
「その時は、拙者がまた奢るでござる!
師匠も異存は無いでござろう?」
「……じゃあ、来年もまた来よう」
「「「おー!!」」」
店の窓の外では、夕焼けが静かに夜へと溶けていた。
次の大会。
間違いなく、これまでで最も厳しい年になる。
どうしても埋められない存在が現れることをユウだけが知っていた。




