戴冠
レース開始前は、いつも静かだ。
コースの前にマシンを構える。
レーサーもギャラリーも、視線はシグナルに注がれている。
ユウはネオバーニングサンを構え、深く息を吸った。
「用意…スタートぉお!!」
青に変わった瞬間、マシンが弾ける。
ユウはフライングを避けるため、確実にリリースした。
「……あ」
ユリの小さな声が耳に入る。
「ちょっと!かなり出遅れたじゃない!」
だがコウスケは眉ひとつ動かさず言った。
「いや……問題ない」
スタート直後、実況の声が会場に響く。
「先頭を走るのは新型ミニ四駆のリバティエンペラーだ!
続くマシンもスーパー1シャーシを採用した最新グループだぁぁ!」
しかしユウのネオバーニングサンは、スタートの遅れを一瞬で取り戻す鋭い加速を見せる。
遅れたはずのスタートを、まるで最初から計算していたかのようにねじ伏せる走り。
直線で速度をじわじわと乗せ、前を走るスーパー1勢に追いつく。
「……ユウはここからが速いんだ」
コウスケがつぶやく。
前を走るマシンの背中が、少しずつ近づいてくる。
減速を最小限に抑え、加速を続けなら走る。
「抜いた――!」
実況が声を張り上げる。
「ネオバーニングサンが前に出た! 僅差だ! ほぼ横並び!」
最後は鼻先でかわして、第1ヒート、1位。
差は、ほんのわずかだった。
「ギリギリだな」
「うん。でも取った」
ユリの視線はまだコースに残っている。
第2ヒート。
今度はいつも通りのスタートする。
シグナルと同時に正確にマシンを放つ。
「今度は、出遅れてない」
「合わせてきたな」
スタートから前に出る。
同じマシン、同じセッティングでも、1ヒート目より速い。
「先程よりタイムが縮んでるぞ!」
実況が気づく。
マシンの安定感が圧倒的で、他のマシンのようにコースアウトする感じがない。
「ユウ……完全にコース掴んでるな」
第2ヒートも、1位。
差は目に見えて広がった。
会場がざわつく。
第3ヒート。
誰もがFMマシンを意識している。
スタート。完璧なタイミング。
ネオバーニングサンは最初から先頭だ。
「速い! 安定感が段違いだ!」
「さらにタイムを縮めるか?」
ファイターが腹の底から叫ぶ。
「今年も優勝をかっさらうのはFMマシンなのか!!
フロントモーターが生み出す爆速マシンがそのままチェッカーーー!!」
全てのヒートが終わる。
⸻
スーパージャパンカップ′94
優勝はーーーーー
ユウ選手のネオバーニングサンだあああ!!
会場の歓声と拍手が、一斉にユウに向けられる。
表彰台。
カメラがこちらを向き、フラッシュが眩しく光る。
表彰台を降りた後、周囲は知らない大人や参加者に囲まれた。
「すごい走りでしたね!」
「どこで普段走っているんですか?」
「マシン、ちょっと見せてもらっていいですか?」
気づけば、周囲を知らない人たちがぎっしりだ。
悪意はない。むしろ好意の塊だ。
それが、いちばんつらい。
「あ、えっと……その……」
言葉が渋滞する。
「ネオバーニングサンですよね?
セッティング、どうやって——」
「いや、その……普通に……」
自分でも分からない言葉を口にし、俺は内心で頭を抱えた。
「来年も出るんですか?」
「今のお気持ちは?」
「……嬉しいです」
それ以上はうまく言えなかった。
キャップを深く被り、視線を落とす。
注目されるのは、やっぱり慣れない。
やっと仲間の元へ戻った。
「師匠ぉおお!
優勝すると確信してても、やっぱり感動するでござるなあー!」
「おめでとう、ユウ!」
「てか速すぎだろ。何なんだよ、あの走り」
身内の祝福を受けながらも、まだ多くの人に囲まれている。
視線が泳ぐ。知らない人が多すぎる。
俺はその場にしゃがみ込みそうになるのを、必死でこらえた。
その様子を見ていたコウスケが割って入る。
「はいはい!困ってるからここまででお願いしますよ~」
「今日はもう終わり! 終わりでござる!」
ジョンも腕を広げ、声をかける。
「みんなごめんね!」
ユリが軽くウインクすると、ユウに向けられていた圧がふっと力を抜いたように和らぐ。
救出されるようにして、ユウはその場を離れた。
「……助かった」
「お前な」
コウスケが呆れ顔で言う。
「レースは無敵なのに、
なんで人に囲まれると小動物みたいになるんだよ」
「だって……知らない人だし……」
「ユリちゃんやジョンの時は平気だったろ?」
「それとこれは別」
「これぞギャップ萌えでござるな」
「萌えなくていい」
そこへユリが覗き込む。
「顔、死んでる」
「……生きてる」
「さあ、祝勝会でござる!
拙者のコルサに早く乗るでござる!」
一同はジョンの車に乗り込み、会場を後にした。
※イメージイラストはXにて公開しています。
「さかざき」で検索していただくと見つかります。




