視線
予選の表彰が終わり、コースから少し離れた通路脇で、ジョンとユリは優勝者の帰りを待っていた。
人の流れから半歩外れたその場所は、不思議と音がくぐもって聞こえる。
ユリはマシンを膝の上に置き、静かにレースを振り返っていた。
ボディに指先で触れると、まだ微かに温かい。
ほんの少し前まで、このマシンは全力でコースを走っていた。
「……ちゃんと、走ったよね」
誰に言うでもなく、ユリは呟く。
もっと走れた気がする。
もっと速く――。
何が違ったんだろう。
思い返すほどに、悔しさがじわりと滲んでくる。
――やっぱり、すごいな。
同じ会場に立ち、同じ空気を吸っているはずなのに。
まだ、同じ場所には立てていない。
ユリは、マシンをそっと抱き直した。
次は。
次こそは。
その姿を見ながら、気温と人混みで汗だくになったジョンが、穏やかに口を開いた。
「ユリ殿は、凄いでござるな」
「え?」
「大会初参加で、あの走りでござる。
結果だけを見れば振るわなかったかもしれぬが……」
ジョンは一拍置き、続けた。
「ユリ殿の考える理想の走り、その片鱗は確かに見えたでござるよ」
ユリは一瞬言葉を失い、そして小さく笑った。
「……そっか。ありがとう、ジョン!」
ジョンは少し身を乗り出し、柔らかく言う。
「拙者とユリ殿はどこか似ているでござる」
「やめて」
思わず顔を背けるユリに、ジョンは小さく笑った。
その時だった。
「いやー、負けた負けた!」
間の抜けた声と共に、コウスケが頭を掻きながら戻ってくる。
「遅かったでござるな?」
「うん。売店で色々見てきた。……ところで、ユウは?」
そう言った瞬間だった。
茂みの向こうから、ぬっと影が現れる。
「うわ! お前、どこから出てきたんだよ!」
「いや……みんなに見つからないように……」
あまりにも自然な潜伏に、一同が唖然とする。
「師匠! いよいよ決勝でござるな!」
「まあ、ユウの安心感は仙頭さんや悟空並だから、何の心配もないよね〜」
ユリの言葉とは反対に、コウスケはユウの表情を見逃さなかった。
「……ユウ、緊張してる?」
不意に投げかけられた言葉に、ユウは少しだけ視線を落とす。
間。
ほんの一瞬。
「……うん」
正直な返事だった。
走ることよりも、勝つことよりも。
大会後に待っている、人の波。
向けられる視線。
囲まれる感覚。
それが、真っ先に頭に浮かんでいた。
「大丈夫、大丈夫!」
ユリが勢いよく背中をバシッと叩く。
「あたしたちが守ってあげるから!
マモちゃん命のあたしに任せなさい!」
「しかし……」
ジョンが周囲を見回す。
「すでに注目されているでござるよ」
実際ピット周辺では、ひそひそとした声が飛び交っていた。
「あのFMシャーシ、また全国まで来てるぞ……」
「前回の優勝者だろ?」
「仲間も相当速いぞ」
「あのアバンテ、かっこよかった……」
ユウが顔を出しただけで、空気が変わる。
そのざわめきを切り裂くように、ミニ四ファイターがマイクを取った。
「さあ、参加者のみんな!」
スピーカーから聞き慣れた声が会場に響き渡る。
「全国決勝戦、まもなく開始するぞ!
マシンを持って、スタンバイするんだ!」
一斉に歓声が上がり、会場が揺れる。
「いよいよだな……」
コウスケが小さく息を吐いた。
ジョンは無言だった。
だが、その視線は確信に満ちている。
ユウはマシンを手に取った。
FMシャーシ。
コースに立ち周囲を見渡す。
スーパー1シャーシが大半を占める中、
FMシャーシは――ある。
それは偶然ではない。
ユウ以外にもFMシャーシを選び、全国まで辿り着いた者がいる。
同じ選択をした者たち。
同じ賭けに出た者たち。
――決勝戦。
「今年も、日本全国から予選を勝ち抜いた強者が集まった!
全国一を決める戦い、今、始まります!!」
ミニ四ファイターの叫びと共に、決勝戦の幕が上がる。
参加者は3ヒートを走行し、最速タイムを記録したレーサーが優勝となる。
初っ端から、ユウの出番だった。
スタート台にマシンを置く。
指先が僅かに震える。
(……いつも通りでいい)
視線が集まり、音が遠ざかる。
残ったのは、
目の前に伸びるコースだけ。




