第4話 万屋・日野
三日三晩、私はハサミを握り続けた。
指先にはマメができ、潰れ、硬くなっている。
視界が白く霞み、インクとカビの混じった臭いが鼻腔にこびりついて取れない。
「……できた」
私は最後の一枚を切り終え、ハサミを置いた。
目の前には、人の形に切り抜かれた古新聞の山。その数、およそ五百。
スラムのゴミ捨て場から拾い集めた、文字通り「紙屑」の山だ。
「おいおい、本気か? ご主人様」
梁の上で欠伸をしていたヒセツが、呆れ顔で見下ろしてきた。
「三日も不眠不休で何をするかと思えば、紙人形遊びとはな。そんなゴミで、俺の代わりが務まるとでも?」
「代わりじゃないわ。……拡張よ」
私はふらつく足で立ち上がり、古新聞の山に向かって指を弾いた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
「――入れ」
短く命じると、ザッ、と音がして、五百の紙人形が一斉に震えた。
まるで命を吹き込まれたように、それらはふわりと浮き上がり、私の周囲を旋回し始める。
一枚一枚はただの古紙だ。だが、その中には今、異界から呼び寄せた有象無象の「邪鬼」たちが詰め込まれている。
「まともな神魔を使役し続ければ、私の脳が焼き切れる。……だから、意思を持たないほど下等な霊を、大量にバラ撒くことにしたの」
私は指揮者のように指を振るった。
紙人形の群れは、魚群のような統率された動きで空中に螺旋を描く。
「この子たちは私の目であり、耳。高度な思考はできないけれど、見たもの聞いたものを私に伝えるだけなら十分よ」
「ほう……」
ヒセツが目を細めた。
彼は空中に舞う一枚を指で摘み上げ、しげしげと眺める。
「数で押す召喚術自体は珍しくもないが……依り代(器)が古新聞とはな。随分と安上がりで、悪趣味な軍隊だ」
「使い捨てでいいのよ。どうせ元手はタダなんだから」
私は窓を開け放った。
淀んだ廃屋の空気が、外気と入れ替わる。
「行け」
私の命令と同時、五百の紙人形が窓から一斉に飛び出した。
廃屋の外は、スラムの薄暗い路地だ。
古新聞の群れは風に乗り、白い吹雪となって路地裏を駆け巡る。
「わあッ!? なんだこれ!」
「雪だ! 雪が降ってきたぞ!」
外から、子供たちの歓声が聞こえてきた。
私は感覚を同調させる。
五百の「目」を通して、スラムの全景が脳内に流れ込んでくる。泥だらけの子供たち、井戸端会議をする女たち、昼間から酒をあおる男たち。
彼らは一様に空を見上げ、舞い散る紙片に目を奪われていた。
「きれい……」
「おい見ろ、あのボロ屋から飛んできてるぞ!」
「あそこには『魔女』が住んでるって噂だ!」
魔女。
その単語を聞いた瞬間、私は口の端を吊り上げた。
「……魔女、か」
「ククッ、良かったな。不吉な二つ名をもらえて」
ヒセツが背後で嘲笑う。
だが、私は振り返らずに答えた。
「ええ、最高よ。恐怖と神秘は、商売において最高のスパイスになるもの」
私は窓枠に手をかけ、眼下の住人たちを見下ろした。
彼らの畏怖に満ちた視線。
それはかつて、私が叔父や親族から向けられた侮蔑の眼差しとは違う。
ここには「力」への敬意がある。
「ヒセツ、看板を出すわよ」
私は空になった古新聞の山を指差した。
「『万屋・日野』。……悩み事、探し物、ドブ攫いから呪い返しまで。金さえ払えば、この魔女がすべて解決してあげるってね」
私は舞い戻ってきた一枚の紙人形を指先に止まらせ、ふっと息を吹きかけた。
紙片は再び舞い上がり、スラムの空へと消えていった。
私の、成り上がりのための最初の武器。
紙屑の魔女の誕生だった。
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