第37話 次なる一手
ヒセツの機嫌をなだめ、朝食を終えた私は、万屋の狭いテーブルに帝都の地図と新聞記事を広げていた。
隣ではヒセツが、まだ不満そうに林檎をかじりながら、私の手元を覗き込んでいる。
「……で? どうやってあの鉄仮面を殺すんだ?」
ヒセツが林檎の種を飛ばしながら尋ねた。
「昨日の今日だ。向こうも警戒してるだろうし、屋敷の警備は倍増してるぜ。俺が正面から突っ込んでもいいが、軍隊が出てくりゃ面倒だぞ」
「ええ、その通りね」
私は赤ペンで新聞記事の一つを丸く囲んだ。
そこには、九条鷹人が警察庁長官と並んで握手をしている写真が掲載されている。
「彼は五摂家の筆頭であり、この国の『法』そのものよ。叔父の自白なんて、彼が指先一つ動かせば、老人の妄言として処理されて終わり。物理的な暗殺も、政治的な告発も、今の私には通用しない」
私の手札は、叔父から奪い返した空っぽの屋敷と、わずかな現金、そしてこの狂犬のような魔人だけ。
対する相手は、国家権力という城壁に守られている。
「なら、どうする。指をくわえて見てるのか?」
「いいえ。……奴のルールを利用するのよ」
私は地図の一点を指差した。
帝都の西、広大な敷地を持つ一角。
そこは、高い塀と強力な結界に守られた、特権階級の聖域。
「『帝国魔導院』」
私がその名を口にすると、ヒセツが怪訝な顔をした。
「学校か? お前、今さらお勉強でもし直す気かよ」
「ただの学校じゃないわ。ここは帝国のエリート魔導師を育成する最高学府。そして、将来の五摂家幹部候補生たちが集う、権力の孵卵器よ」
私は写真の中の九条鷹人を睨みつけた。
「五摂家の人間には、必ずこの門をくぐり、実力を示して箔をつけるという不文律がある。九条鷹人も例外じゃない。彼は今年の入試に、首席として名を連ねるはずよ」
当主として既に絶大な権力を持つ彼にとって、魔導院への入学はただの通過儀礼かもしれない。
だが、そこは唯一、彼が公の場に姿を現し、同じ「学生」という枠組みの中で評価される場所だ。
「敵の懐に飛び込んで、内側から食い破ってやるの」
私は地図の上の「帝国魔導院」の文字に、爪を立てた。
「私がそこで彼以上の成績を上げ、生徒たちの支持を集め、彼の権威を足元から崩していく。……『法』が通じないなら、『実力』という暴力で彼をひざまずかせてやるわ」
それが、泥水をすすって生き延びた私が導き出した、最短かつ最悪の復讐ルートだ。
「ハッ、面白い」
ヒセツがニヤリと笑い、食べ終わった林檎の芯を握りつぶした。
「優等生ごっこか。悪くねえ。……で、勝算はあるのか? そこには選りすぐりのエリート様たちが集まるんだろ? 氣も使えないお前がどう戦う」
「勝算?」
私はふっと笑い、ペンを地図に突き立てた。
「あるに決まっているでしょう。……魔導院が求めているのは『優秀な魔導師』よ。なら、私が誰よりも優秀であることを証明すればいいだけ」
魔力がないなら、理論で。
才能がないなら、計算で。
全てを論理という鎖で縛り上げ、天才たちを窒息させてやる。
「行くわよ、ヒセツ。……まずは入学願書を手に入れなきゃね」
私は立ち上がり、コートを羽織った。
だが、そこにはまだ、越えなければならない最初の壁があった。
魔導院の受験資格には、「高位貴族による推薦状」が必須なのだ。
没落し、スキャンダルまみれの日野家に、推薦状を書いてくれる物好きなど、今の帝都には一人もいない。
「……さて。少しばかり『営業』に行きましょうか」
私は懐に忍ばせた、叔父の金庫から奪った裏帳簿の束を軽く叩いた。
そこには、帝都の貴族たちの恥ずかしい秘密が、山のように記されている。
「悪魔の訪問販売の時間よ」
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。
作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/
Xアカウント:@tukimatirefrain




