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第34話 殺意の共鳴

 九条鷹人の瞳が、わずかに揺れていた。

 彼は私の顔を――正確には、私の瞳の奥にある昏い光を、穴が開くほど凝視していた。

 先ほどまでの、道端の石を見るような無関心さは消え失せている。

 そこにあるのは、理解不能なものを見た時の動揺と、生理的な嫌悪だった。


「……不愉快だ」


 長い沈黙の後、九条は吐き捨てるように呟いた。

 その声は低く、地を這うような重低音だった。


「その目。……理屈も利益もなく、ただ感情だけで世界に噛みつこうとする、狂人の目だ」


 彼は顔をしかめ、まるで汚いものでも見るように視線を逸らした。


「消えろ。二度と私の視界に入るな」

「逃げるの? 五摂家筆頭が、たかが没落貴族の女一人に」

「違う」


 九条は背を向け、リムジンへと歩き出した。

 その背中から立ち上る気配は、圧倒的な拒絶だった。


「貴様を見ていると、反吐が出る。……壊れた玩具が、無理やり動いているのを見せられているようだ」


 バタン。

 重厚なドアが閉められ、黒塗りのリムジンは逃げるように屋敷の奥へと走り去っていった。

 残されたのは、私とヒセツ、そして困惑した表情の門番たちだけ。


「……おいおい。随分な言われようだな」


 ヒセツが面白そうに口笛を吹いた。


「どうする? あの鉄の扉をこじ開けて、追いかけるか?」

「いいえ」


 私は首を横に振った。

 門番たちが銃を構え直している。ここで強行突破すれば、特高警察だけでなく、帝都軍まで出てくるだろう。

 それに、収穫はあった。


(……動揺した)


 あの鉄仮面のような男が、私の目を見て一瞬だけ仮面を剥がした。

 理由は分からない。私が彰の妻だからか、それとも私の復讐心が彼の計算式にはないノイズだったからか。

 確かなのは、彼は私を「無視できない異物」として認識したということだ。


(……いい気味だわ)


 私は遠ざかるリムジンのテールランプを睨みつけた。

 彼は私を「壊れた玩具」と呼んだ。

 ならば、その壊れた玩具が、彼の完璧な城を内側から食い荒らすシロアリになったら、どんな顔をするだろうか。


「……いいわ、九条鷹人」


 私は唇を噛み締めた。

 得体の知れない男だ。叔父を操り、彰を殺させた冷徹な支配者。

 だが、恐怖はない。あるのは、絶対に屈服させてやるという、冷え切った殺意だけ。


「貴方が私を不愉快だと言うなら、徹底的に付き纏ってあげる。貴方が飲み込んだ私の家の資産、そして私の夫の命……全て吐き出させるまでは」


 私はヒールを返し、門番たちに背を向けた。


「行くわよ、ヒセツ」

「へいへい。で、次はどうするんだ? 金もコネもない状態で」

「奴と同じ土俵に立つのよ」


 私は歩きながら、頭の中で次の計算を組み立てていた。

 正面からの告発は握りつぶされる。暴力による襲撃も、九条家の警備力の前では分が悪い。

 ならば、彼が支配する権威の内側に入り込むしかない。

 彼が作ったルールの中で、彼以上の成果を出し、その足元をすくう。


「……学校へ行くわ」

「はあ?」


 ヒセツが素っ頓狂な声を上げた。


「学校って、お前、花嫁修業でもやり直す気か?」

「違うわよ。……『帝国魔導院』。この国のエリート術師を育成する最高学府よ」


 五摂家の人間には、必ずそこの門をくぐり、実力を示して箔をつけるという不文律がある。

 たとえ九条家の当主であろうと、その通過儀礼は避けて通れないはずだ。


「奴も必ずそこに来る。……将来の幹部候補生たちが集う、権力の孵卵器にね」


 私は空を見上げた。

 どんよりと曇った帝都の空。

 そこには、かつて私と彰が見上げたような、澄んだ青さはもうなかった。


「敵の懐に飛び込んで、内側から食い破ってやるの。……泥水を啜ってでもね」


 私はもう、ただ待っているだけの花嫁ではない。

 全てを奪い返す、復讐者なのだから。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

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