第30話 悪夢の幻術
鉄の焦げた臭いがホールに充満していた。
私の号令とヒセツの暴力によって、叔父が切り札とした軍用人造邪鬼の群れは、いまや沈黙した鉄屑の山と化していた。
蒸気がシューシューと漏れる音だけが、墓場の静寂のように響く。
「ひ……ひぃ……っ」
二階の回廊。
叔父・重道は手すりを背にしてへたり込み、ガチガチと歯を鳴らしていた。
武器はない。兵隊もいない。権威も地に落ちた。
彼に残されたのは、自分のしでかした罪の重さと、これから訪れる報復への恐怖だけだ。
カツ、カツ、カツ。
ヒセツが階段を上がり、ゆっくりと叔父に近づいていく。
その燕尾服には返り血一つついていない。だが、その銀色の瞳は、獲物をいたぶる捕食者の喜びに歪んでいた。
「……終わりか? もっと楽しませてくれると思ったんだがな」
ヒセツは叔父の目の前で立ち止まり、つまらなそうに見下ろした。
「くるな……来るなァ! 化け物め!」
叔父が錯乱して何かを叫ぶが、ヒセツは意に介さない。
彼はふと、何かを思いついたように口角を吊り上げた。
「そう怯えるなよ。……ああ、そうだ。お前はこの顔の方が見覚えがあるんじゃないか?」
ヒセツが指を鳴らした。
パチンッ。
その瞬間、彼の周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、彼自身の「氣」の波長が変質した。
神魔特有の固有能力――『変身』。
骨格が軋み、銀色の髪が黒く染まり、獰猛な顔立ちが穏やかな青年のものへと作り替えられていく。
羅刹級以上の神魔の神業だ。
数秒後。
そこに立っていたのは、銀髪の魔人ではなかった。
黒髪に、縁無しの眼鏡。優しげで、線の細い青年。
叔父が殺し、私が愛した夫。
「……こ、近衛彰……?」
叔父の目が限界まで見開かれた。
ヒセツが化けた「彰」は、悲しげに眉を下げ、ゆっくりと叔父に手を差し伸べた。
その肌は土気色で、首には生々しい紫色の索条痕(ロープの跡)が浮かび上がっている。
死に際の姿だ。
「……どうして……」
ヒセツの声帯模写は完璧だった。
生前の彰そのものの声が、叔父の鼓膜を震わせる。
「痛かったですよ、……どうして私を殺したんですか?」
「ち、違う! 違うんだ!!」
叔父は頭を抱え、床を転げ回った。
彼に見えているのは幻覚ではない。目の前に「質量」を持って存在する、彰の死体だ。
罪悪感と恐怖が、彼の脆弱な精神を内側から食い荒らす。
「九条だ……! 九条鷹人がやれと言ったんだ! ワシは言われた通りにしただけだ! 奥義書を渡せば、当主にしてやると……!」
叔父は泡を吹きながら、誰も聞いていない真実を絶叫し始めた。
自分は悪くない。自分は命令されただけだ。
その醜い自己弁護こそが、何よりの自白だった。
「許してくれ! こっちに来るな! 恨むなら九条を恨めェェェ!!」
ヒセツ――彰の姿をした魔人は、冷淡に笑った。
「……はあ小心者め。魂まで腐ってやがる」
一瞬で幻術が解け、元の銀髪の姿に戻る。
ヒセツは失禁し、白目を剥いて痙攣している叔父を見下ろし、興味を失ったように鼻を鳴らした。
「おい、女王様。こいつ、もう壊れたぞ」
一階のホールから、私はその光景を静かに見上げていた。
叔父の精神は崩壊した。社会的な地位も、人間としての尊厳も、すべて剥ぎ取られた。
もう、殺す価値すらない。
「……十分よ、ヒセツ」
私は叔父の自白――九条鷹人の関与を認める叫び――を、会場にいる全員が聞いたことを確認した。
これでいい。
物理的な死よりも重い、社会的な死。
そして何より、彼が最も恐れた「彰」によって断罪されたという事実が、一生彼を苛み続けるだろう。
「幕を下ろしましょう」
遠くから、特高警察のサイレンの音が聞こえ始めていた。
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