第28話 ショータイム
私はホールの中央、シャンデリアの真下に着地した。
カツッ、と鋭いヒールの音が響くと同時に、周囲を取り囲んでいた招待客たちが、蜘蛛の子を散らすように距離を取る。
彼らの目は、恐怖と好奇心で揺れていた。
死んだはずの未亡人が、喪服のようなドレスを纏い、屋敷の二階から飛び降りてきたのだ。これ以上の余興はない。
「桜子……! 貴様、そこで何をしている!」
二階の回廊から、叔父が顔を真っ赤にして叫んだ。
その隣には、銃を構えた私兵たちが並んでいるが、ヒセツが下からニヤリと殺気を飛ばしただけで、誰も引き金を引けずにいた。
「何をしているか、ですって?」
私はドレスの埃を払い、優雅に髪をかき上げた。
そして、ホールの中央に設置された演台――叔父が先ほどまで演説に使っていた場所――へとゆっくり歩み寄った。
「決まっているでしょう。……正統なる当主としての、『所信表明演説』ですわ」
私は演台のマイクを指で弾いた。
キィィィン……というハウリング音が会場に響き、水を打ったように静まり返る。
「皆様、本日は日野家の新しい門出にお集まりいただき、ありがとうございます。……ですが、この屋敷にはまだ、清算されていない『ゴミ』が残っておりまして」
私は胸元から、先ほど金庫から奪った書類の束を取り出した。
そして、演台の脇にある操作盤――照明や音響を管理する魔導端末――に、その書類を押し当てた。
第23話で掌握したシステム権限が、私の意図を読み取る。
「ご覧ください。これが、そこにいる叔父様がひた隠しにしてきた『契約書』です」
バッッ!!
ホールの照明が落ち、代わりに数台の幻灯機が一斉に起動した。
壁一面、天井、そして虚空に、巨大な光の文字と図面が投影される。
それは、叔父が金庫に隠していた「機密契約書」の中身だった。
「な……!?」
会場からどよめきが上がる。
映し出されているのは、日野家に伝わる門外不出の秘伝書――『日野の奥義書』を、外部へ譲渡するという内容。
そして、その取引相手の名前は――。
『九条家』。
「で、デタラメだ! それは合成だ!」
叔父が悲鳴を上げるが、私は無視して冷徹に言葉を紡ぐ。
「日野家の当主とは、この『奥義書』を守り、継承する者のこと。……ですが、才能のない叔父様にとって、この書物はただの『読めない古文書』でしかなかった」
私は憐れむような目で、二階の叔父を見上げた。
「だから貴方は取引をした。五摂家の筆頭である九条家に、この奥義書を差し出す代わりに――政治的な力で無理やり『当主の座』を認めさせた。そうでしょう?」
図星を突かれたのか、叔父の顔が引きつる。
「貴方が欲しかったのは、日野家の『中身(奥義)』じゃない。当主という『肩書き(ガワ)』と、それに付随する利権だけ。……そのために、家の魂を切り売りしたのよ」
私は光の指し棒で、書類の末尾にある署名を示した。
そこには、叔父の署名と並んで、**『承認者:九条 鷹人』**の文字がはっきりと刻まれている。
「呆れた俗物。……中身のない空っぽな男に、この家を背負えるはずがないわ」
会場の空気が一変した。
ただのスキャンダルではない。名家の人間として最も恥ずべき、「家名の私物化」と「伝統の放棄」だ。
招待客たちの間に、軽蔑の色が広がる。
「あ、ああ……ち、違う……ワシはただ、日野家を大きくしようと……」
叔父は手すりにしがみつき、言い訳を口にしようとしたが、その声は誰にも届かない。
秘密が漏れたことへの恐怖。そして何より、「飼い主」である九条家との密約を白日の下に晒してしまったことへの絶望。
「そして……」
私は叔父を睨み上げ、声を一段低くした。
「この売国契約を成立させるために、邪魔だった『正統な後継者』――つまり私を殺そうとした」
数ヶ月前の襲撃事件。
あれは、奥義書を守ろうとする私を排除し、九条家へ現物を引き渡すための、計画的な犯行だったのだ。
「私の夫・彰は、貴方のその浅ましい物欲の巻き添えになって死んだのよ」
私はマイクを握り直し、目の前の敵に引導を渡した。
「いかがですか、皆様。このような『泥棒』に、日野家を名乗る資格があるとお思いで?」
私の問いかけに、誰も答えない。
だが、その沈黙こそが答えだった。
客たちは一斉に叔父を冷ややかな目で見始め、あるいは関わり合いになるのを避けて出口へと殺到し始めた。
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