第27話 正体露見
ダンッ!!
私は書斎の扉を内側から蹴り開けた。
分厚い樫の木の扉が、外で待ち構えていた警備兵の顔面に直撃する。
「ぐはっ!?」
「な、何だ!?」
鼻を潰して仰け反る兵士たち。
その隙間を縫うように、私は廊下へと躍り出た。
漆黒の喪服が翻り、廊下のガス灯に照らされて、胸元の「上がり藤」が白く浮かび上がる。
「……ごきげんよう。警備ご苦労様」
私は呆気にとられる兵士たちに冷ややかに一瞥をくれ、ドレスの胸元――奪ったばかりの契約書と帳簿を隠した場所――を軽く叩いてみせた。
「あ、貴様……まさか、日野桜子か!?」
「死んだはずじゃ……幽霊か!?」
兵士の一人が、震える声で叫んだ。
無理もない。数ヶ月前、私はこの屋敷から「死人」同然に追放されたのだから。
だが、感傷に浸っている時間はない。
私はヒールを鳴らし、メインホールへと続く回廊を走り出した。
「待て! 逃すな!」
「侵入者だ! 捕まえろ!」
背後から怒号と足音が迫る。
私は角を曲がり、大階段の上にある踊り場を目指した。
そこへ――
「ど、どけ! 邪魔だ!」
向こう側から、息を切らせて走ってくる男の姿があった。
着崩れた紋付袴。脂汗にまみれた額。
私の最愛の敵。
「……あら」
私は足を止めた。
向こうも、私の姿を見て急ブレーキをかける。
「お、お前……」
叔父・重道は、幽霊でも見たかのように目を見開き、口をパクパクとさせた。
彼の視線は私の顔から、背後の開け放たれた書斎、そして私の胸元の膨らみへと忙しく動いた。
そして、全てを理解したのだろう。顔色が土色に変わった。
「さ、桜子……!? 馬鹿な、貴様、生きて……いや、どうやってここへ!?」
叔父の声が裏返る。
私は優雅にスカートの裾をつまみ、カーテシー(膝を折る礼)をして見せた。
「お久しぶりです、叔父様。お元気そうで何よりですわ」
「な、なぜ……」
「地獄の底まで行ってみたのですが、あいにくと満席でしてね。……お土産を持って、這い戻って参りました」
私は胸元の契約書を指先で少しだけ覗かせ、妖艶に微笑んだ。
「九条家への身売り契約書。……随分とお安く買い叩かれましたね、日野家の誇りは」
その言葉を聞いた瞬間、叔父の顔から「恐怖」が消え、代わりに醜悪な「殺意」が浮かび上がった。
彼は私を姪としてではなく、自分の破滅を招く「障害物」として認識したのだ。
「き、貴様ぁぁぁ!! 泥棒猫め! 返せ! それは私のものだ!!」
「いいえ。これは日野家のものです。つまり、正当なる当主である私のもの」
私が冷たく言い放つと、追いついてきた警備兵たちが私たちの周りを取り囲んだ。
銃剣と、術式を構えた十数人の男たち。
逃げ場はない。
叔父は兵士たちの後ろに隠れると、唾を飛ばして叫んだ。
「殺せ! 撃て! こいつは桜子じゃない! 桜子の皮を被った化け物だ! 偽物だ!!」
なりふり構わない嘘。
けれど、兵士たちにとっては発砲許可として十分だった。
「構えッ!」
一斉に銃口が私に向けられる。
狭い廊下だ。物理的に避けようがない。
だが、私は動じなかった。
ここで怯えて命乞いをするようなら、最初から復讐なんて志さない。
私はゆっくりと、背後の「手すり」に背中を預けた。
そこは、一階のメインホールを見下ろすバルコニー状の回廊。
眼下では、まだ私のばら撒いた紙吹雪が舞い、ヒセツが暴れている喧騒が続いている。
「……騒げば騒ぐほど、私の舞台は盛り上がるわ」
私は叔父に向かって、挑発的に手招きをした。
「ここで私を殺せば、その書類も血に濡れて読めなくなりますわよ? ……取り返したいなら、ここまでいらっしゃい」
私は手すりに手をかけ、身を翻した。
「なっ!?」
私は躊躇なく、二階の回廊から一階のメインホールへと飛び降りた。
重力に従い、落下する体。
風切り音と共に、眼下の光景が迫ってくる。
ここじゃ狭すぎるのよ、叔父様。
断罪劇を行うなら、もっと広くて、観客の多い場所でなくては。
「皆様、お待たせいたしました!」
私は空中で体勢を整え、着地と同時に声を張り上げた。
カツッ!
ヒールが大理石の床を叩き、私はホールの中央、シャンデリアの真下に舞い降りた。
視線が集まる。
恐怖に震える招待客たち。傷だらけの私兵団。そして、血に飢えたヒセツ。
全ての役者が揃った。
私は二階から顔を出した叔父を見上げ、ニヤリと笑った。
「さあ、第二幕の開幕よ」
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