第21話 裏口からの来賓
日野家本邸の勝手口は、戦場のような喧騒に包まれていた。
次々と到着する荷馬車やオート三輪。怒号を飛ばす帳場係。食材の搬入に追われる業者たち。
今夜の宴のために、山のような物資と、有象無象の人員がこの狭い門を通過していく。
「……屈辱ね」
私は物陰で、安っぽい給仕服の前掛けを整えながら吐き捨てた。
サイズは少し大きめだ。だが、そのおかげで、下に着用している「漆黒の戦闘服」を隠すことができる。
頭には手拭いを被り、顔には薄く竈の煤を塗って、華やかさを消している。どこからどう見ても、日雇いで集められた貧しい配膳係だ。
「自分の家に、残飯処理の荷車と並んで裏口から入るなんて」
「文句を言うなよ。……それより、こっちは重いんだぞ」
背後で、作業着姿のヒセツが呻いた。
彼の肩には、四斗樽ほどの大きさがある巨大な酒樽が乗っている。
もちろん、これも酒屋の倉庫から失敬……いえ、調達した小道具だ。
「おい女王様、本当にこれ持っていくのか? 中身、ただの井戸水だろ?」
「ええ。でも、貼ってある銘柄は最高級の祝い酒『天上の月』よ。……手ぶらじゃ怪しまれるもの」
私たちは業者の一団に紛れ込み、列に並んだ。
目の前には、太い石柱に「神魔検問結界」の注連縄が張られた門がある。
門の両脇には、銃剣を持った私兵団と、霊的反応を監視する陰陽師が立っている。
物理的な検問と、霊的な検問。二重の関所だ。
前の業者が通過するたびに、門柱に埋め込まれた水晶が淡く青に光り、通行許可証(手形)の波長を読み取っている。
「……次! 酒屋か?」
警備兵の鋭い声が飛んだ。
私たちの番だ。
「へ、へい! 追加注文の祝い酒でさぁ!」
ヒセツが腰を低くし、芝居がかったダミ声で答える。意外と役者だ。
警備兵はヒセツの顔も見ず、手元の帳面に目を落とした。
「帳面にない顔だな」
「あー、急遽呼ばれたもんで。ほら、旦那様が『酒が足りん!』って騒いだらしくて」
「チッ、またか。……おい、霊的改めを通せ」
陰陽師が気怠げに指を振る。
ヒセツが一歩、門柱の間へ踏み出す。
本来なら、ここで警報の鐘が鳴る。ヒセツは登録されていない羅刹だし、私も追放された身だ。水晶が赤く染まり、サイレンが鳴り響くはず。
――そう、普通なら。
「……失礼しますぅ」
私はヒセツの影に隠れるようにして、門柱に近づいた。
袖口の中で、例の「経文が書かれた白手袋」を装着した右手を準備する。
私は帝都の氣導管を使って予行演習を済ませている。
この程度の旧式結界、構造は丸裸だ。
警備兵がヒセツの荷物を改めている一瞬の隙。
私はよろけたふりをして、門柱に手をついた。
(……捕捉。解析。遮断)
手袋越しに、結界の奔流を感じ取る。
拒絶の意志を持つエネルギーの波。
私はその波長に、自分の式を割り込ませる。
――配線直結。誤認信号送信。
バチッ。
指先で微かな火花が弾けたが、それは誰の目にも止まらない。
門柱の水晶が、一瞬だけノイズのように明滅し――そして、穏やかな「青」に変わった。
「……よし、反応なし。通れ」
陰陽師が退屈そうに顎でしゃくった。
成功だ。術式は私たちを「無害な岩石」か何かだと誤認した。
「あ、ありがとうございますぅ〜」
私はペコペコと頭を下げ、卑屈な笑みを浮かべて門をくぐった。
伏し目がちに振る舞う私の瞳の奥で、獰猛な光が嗤っていることにも気づかずに。
警備兵たちは私を「ただの給仕」として無視した。その油断が、貴方たちの破滅の入り口よ。
「……ふぅ。心臓に悪いぜ」
門を抜け、厨房裏の廊下に入ったところで、ヒセツが小声でぼやいた。
「お前のその手袋、マジでイカれてるな。日野家の結界を素手で騙すとは」
「強制的な術式改竄(外科手術)よ。……さあ、荷物はそこに置いて」
私たちは人気の少ない廊下の隅に、重たい酒樽を下ろした。
ここからが本番だ。
厨房の熱気と料理の匂いが漂ってくる。
屋敷の心臓部は近い。
「行くわよ。……まずは、この屋敷の『目』と『耳』を掌握する」
私は給仕服のポケットから、数枚の紙人形を取り出した。
叔父様の晴れ舞台。
その演出は、私が引き受けたわ。




