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第15話 喪服のリメイク

 雨上がりのスラム街。

 万屋に戻った私たちは、手に入れた屋敷の図面を作業机に広げていた。


「……なるほど。叔父様、警備システムを最新式に入れ替えているわね」


 私は図面に書き込まれた複雑な結界のラインを指でなぞる。

 正面玄関は論外。裏口も厳重。だが、搬入用の通用口にある神魔検問結界だけ、構築の更新が遅れている箇所がある。

 ここなら、私の技術で干渉できる。


「侵入ルートは決まった。次は装備ね」


 私は立ち上がり、自分の姿を見下ろした。

 雨と泥にまみれた、安物の服。髪もボサボサだ。

 これでは、どんなに巧みに結界を抜けても、会場に入った瞬間に警備員につまみ出される。


「ドレスがいるわ」

「買えばいいだろ。……ああ、金がないんだったな」


 ヒセツが意地悪く笑う。

 そう、資金は底をついている。情報屋に払ったのが最後だ。

 今からドレスをオーダーする金もなければ、仕立てる時間もない。


「……あるわよ。とびきりの生地が」


 私は押し入れの奥へ向かい、ずっと封印していた風呂敷包みを取り出した。

 埃を払い、結び目を解く。

 中から現れたのは、漆黒の絹織物。

 日野家の家紋が白く染め抜かれた、最高級の正絹しょうけん


 ――あの日。

 夫の葬儀の日、私が着ていた「黒紋付(喪服)」だ。

 家を追い出され、スラムに落ちた時も、これだけは金に換えずに持っていた。


「……おい」


 ヒセツが怪訝な顔をする。


「まさか、それを着ていくつもりか? 葬式でもあるまいし」

「ええ、着ていくわ。……ただし、このままじゃ踊れない」


 私は作業台の上に喪服を広げた。

 そして、裁縫箱から大きな裁ち鋏を取り出す。


 ジョキッ。


 躊躇なく、絹の袖に刃を入れた。

 裂ける音と共に、美しい着物が切り刻まれていく。


「はあ!?」


 ヒセツが目を見開いた。

 彼は私の手元と、私の顔を交互に見て、あからさまに引いている。


「お前……正気か? それは旦那の弔い着だろ? それを切り刻むとか、死者への冒涜というか……見てて気味が悪いぞ」


 神魔である彼から見ても、私の行動は異常らしい。

 夫を愛していると言いながら、その夫のために着た喪服を、鼻歌交じりに解体しているのだから。


「♪〜」


 私は鋏を動かし続ける。

 重たくて長いたもとを切り落とす。

 足捌きを邪魔する裾を斜めにカットする。

 首元が詰まった襟を切り開き、背中を大胆に露出させるラインを作る。


「あら、エコ(再利用)よ。それに……」


 私は切り取った布切れをヒラヒラとさせた。


「地獄から戻ってきた亡霊には、死装束が一番お似合いでしょう?」


 これは冒涜ではない。決意だ。

 いつまでも泣いているだけの未亡人は、今日で終わり。

 この黒い絹は、悲しみを包むためのものではなく、敵を葬るための闇になる。


「……うえっ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」


 ヒセツは呆れて肩をすくめ、畳に寝転がった。

 私は一晩中、手縫いと安全ピン、そして布用接着剤を駆使して針を動かし続けた。


          *


 翌朝。

 カーテンの隙間から朝日が差し込む中、私は完成したそれを広げた。


 ベースは和装の黒紋付。だが、そのシルエットは西洋のイブニングドレス。

 背中は肩甲骨の下まで大きく開き、白い肌を晒すデザイン。

 スカート部分は、着物の前合わせを生かした深いスリットが入っており、動くたびに太腿が見え隠れする。

 帯は解いて、コルセット風に腰を締め上げるベルトに改造した。


「……これが、私のドレス」


 私は指先で、胸元に残した「日野家の家紋」を撫でた。

 叔父様。五摂家の皆様。

 見ていらっしゃい。

 貴方たちが追い出した「未亡人」が、どんな姿で帰ってくるか。


「起きなさい、ヒセツ。試着の時間よ」


 私は寝ている羅刹を蹴り起こし、鏡の前で黒いドレスを体に当てた。

 鏡の中の私は、もう泣いていなかった。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

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