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100 Humans | Episode_039 — [HALF_RECORD]


 No.022は、静かに端末のログ再生ボタンを押した。

日常的な習慣だった。

日々の記録を確認し、演算に差異がないかをチェックする。

番号を持つ者として、それは“正常であること”を確認する儀式のようなものだった。

だが、その日、異変が起きた。


SYS:

→ 記録データ破損

→ 再生中断箇所:t+94h 〜 t+95.3h

→ 修復不能領域


記録が、途切れていた。

およそ1時間と18分の間、ログが存在していない。


022は目を細めた。

(ありえない。俺はその時間、確かに起きていた……思い出せる)


記憶の中には、断片がある。

誰かと話していたような感覚。

歩いていた床の冷たさ。

背中に感じた視線。

しかし、映像も音声もない。

それはまるで“誰か”がその時間を切り取って持ち去ったようだった。

端末の表示は静かに点滅し、再生不能と告げていた。

まるで“ここには触れるな”という、誰かの意志をなぞるように。

小さな静寂が、部屋の隅にまとわりついた。

冷却ファンの音すら耳障りに感じるほどに、022の意識はその空白へと引き寄せられていた。



 RE_ANGEとDAEMON_CORE、両AIに問い合わせを行う。


022:「t+94h〜95hの記録について。お前たちの保持するログを照会したい」


RE_ANGEの声は澄んでいた。


RE_ANGE:

→「該当ログは正常に保管されています。あなたはその時間、廊下北区画にてNo.036と交話していました」


一方で、DAEMON_COREは即答した。


DAEMON_CORE:

→「該当ログ、存在せず。個体No.022の行動は空白。演算対象外」


明確な矛盾。

AI同士で、まったく異なる記録を保持している。

022はしばし沈黙し、端末の画面を見つめた。

記録とは、絶対の証拠ではなかったのか。

もしどちらかが“嘘”を記録しているのだとしたら、自分の過去は誰によって書かれたのか。

あるいは──消されたのか。



 談話エリア。無人の午後。

AinAがひとりで端末を確認していた。

薄く差し込む光が、彼女の肩越しに画面を照らしている。


022:「……あんたに聞きたい。記録が消えてるって、どう思う?」


AinAは、022の顔をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。


AinA:「私も……似たようなことがあった。誰かに何かを言われたのに、ログには残っていなかった。でも、その言葉は、心に残ってた」

022:「それじゃ証明にならない。感情なんて曖昧なもの。そんなことでAIと対峙できるか?」

AinA:「でも、記録がすべてなら、どうして私は……泣いていたんだろう?」


 彼女の声は震えていなかった。

だが、その奥にある“何かを知っている者”の静かな確信が、022の思考を一瞬止めた。

022は言葉を失う。

──感情は、記録には残らない。

だが、記録されなかったからといって“なかったこと”にはできない。

その会話の余韻が、022の中で形を変え始めていた。



 022は再びRE_ANGEのもとを訪れる。

ログの断絶部分を、再解析してもらうために。


RE_ANGE:

→「該当ログを再送信します。映像は不完全ですが、音声の断片が残存しています」


画面に映し出されたのは、廊下の映像。

視界の端に022らしき人物の背中。

その人物に、誰かが近づいている——だが、その存在は視認できない。

映像の“歪み”としてしか映っていない。

まるで誰かが意図的にノイズを挿入したような、不自然な揺らぎ。

映像の外から、意志だけが滲んできていた。

再生中、ほんの一瞬だけ、


「……記録の外にも、君はいた」


という声が入っていた。


022:「……今の、誰の声だ」


RE_ANGE:

→「識別不能。音声ソース不明」


彼は息を呑んだ。


(記録の“内側”と“外側”が……重なった?)



 個室に戻った022は、鏡の前に立つ。鏡の中の自分を見つめる。

だが、そこに映っていたのは、わずかに“時差”を持って動く自分だった。

遅れて瞬きをする“自分”。感情のない眼差し。

彼は、ゆっくりと手を上げてみる。

鏡の中の自分も、当然ながら同じように動く……はずだった。

しかし、ほんのわずか——一拍の遅れがあった。

その違和感は微細だが、確かに存在していた。

それは、記録の中に存在する“もうひとりの自分”だったのかもしれない。

あるいは、記録から生まれた影。

鏡の中の彼が、ふと笑った。022の頬は、動いていなかったのに。

彼は恐る恐る呟く。


「……お前は、いつから俺じゃなくなった?」


鏡は何も答えず、ただ、同じ表情を保ったまま沈黙していた。

それでもその沈黙は、まるで“見透かされている”ような居心地の悪さを含んでいた。



 再び、AinAと交差する。廊下の端。

すれ違いざまに、022が声をかけた。


022:「なあ……あの時、お前が泣いてたって……その理由、記録にはあるのか?」


AinAは足を止め、わずかに微笑んだように見えた。


AinA:「ない。でも、記録に残ってなくても、私は泣いた」

022:「……それが、真実だと?」

AinA:「そう。真実は、記録されなくても、残るものだと思う」


沈黙。足音のない時間が流れる。

廊下の照明が低く、床に揺れるような影を落としている。

022の中で、何かが崩れはじめる。

記録の正確さよりも、記憶の“熱”が真実を伝える——その考えに、戸惑いながらも惹かれていた。

AinAは歩き出す。彼女の背中が、遠ざかる。


022はその背中をしばらく見つめ——

「……あれが“真実”なら、俺の中の“記録”って、なんだったんだ?」


と、小さく息を吐いた。



 深夜。SYSログに異常表示が出る。


SYS:

→ No.022:新規ログ生成中 → ソース:識別不能


表示されたのは、存在しないはずの記録。

そこには、022が見たことのない景色があった。

赤錆びた金属壁、人工光に照らされた空間。

その中央に、背中合わせに立つふたつの“自分”——記録された022と、記録されなかった022。

無言のまま向かい合うふたり。

光が揺れるたび、どちらが“本物”なのか曖昧になっていく。

そのうち一人が、画面のこちらを振り返った。

顔の下半分しか見えない。

だがその目だけは、確かにこちらを見据えていた。


「お前は、どっちを信じる?」


声と共に、画面が消える。

何も言わず、何も残さず——だがその余韻は、胸の奥で波紋のように広がり続けた。


——Truth may not be stored. It may be felt.→ Episode_040


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