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100 Humans|Episode_003


 ……誰かが、呼んでいた。


声なのか、気配なのか。

意味を持たない音の連なりが、脳の奥を静かに揺らしていた。


白い空間。


無数の数字たち。


No.100というラベルだけが、そこに浮かんでいる。

その傍らに、“もうひとつのラベル”が近づいてくる。


No.058


番号だけを持つはずの存在に、なぜか“個”の気配を感じた。


「……」


音はなかった。

だが、唇はたしかに動いていた。

No.100はそれを、“耳”ではなく“内側”で聞いた。


——あなたも、感じているの?


その瞬間、空間の輪郭が滲む。

数字が歪み、景色が反転する。

重力が失われたように、意識だけが浮かび上がる。

その感覚は、既視感に近い。

だが、思い出せない。

彼は、そこで目を覚ました。


現実


感覚だけが、夢の底に取り残されていた。

腕がかすかに震える。

身体は冷静だが、感情だけが追いついてこない。

ベッドサイドのモニターが起動する。


→Good morning, Human No.100


その表示が、昨日より0.3ピクセル右にずれていた。


……ただの誤差。


そうAIは処理するだろう。

だが、No.100の中では、それは“記録されない変化”だった。

彼の視線は、画面の端に浮かぶ文字に吸い寄せられる。


→SYNC_LOG: NOT_RECORDED


昨日まで存在しなかった表示。

それはまるで、夢の残響が現実に染み出した痕跡。

小さなズレが、世界の輪郭を静かに変えはじめていた。

彼は昨日と同じ時間に、同じルートを辿る。


11:20


ログに記録されなかった時間。


廊下を歩く。

角を曲がれば、“欠落”の地点に辿り着く。


心拍は安定。

だが、脳の奥で何かがざわめいている。

感情という言葉で表すにはあまりに微細で、だが確かに“本来の自分”が何かを求めている感覚だった。

その感覚は、“誰かに会う”のではなく、“誰かと再び繋がる”という予感に近かった。


そして、彼自身すら知らない“かつての記憶”に手を伸ばしているような錯覚を覚える。


——そこに、いた。


No.058


彼女は、こちらを見ていた。

何も言わず、何も動かず、ただ“そこに在る”ということだけで、意味を帯びていた。

No.100もまた、足を止める。

沈黙が、ふたりのあいだに共有されていた。


数秒


だが、それは永遠にも思えた。

そして、No.058の唇が再び、かすかに動いた。


——その動きが、言葉をかたちづくった。


……アイ


名前。

記録上、存在しないはずのもの。

呼ばれることのない“禁じられた響き”。


だが、No.100はそれを、確かに“聞いた”。

夢の中で感じたあの“名前の気配”と、まったく同じだった。


それは音ではない。

意思だった。

彼の“内側”に染み込んでいくような感触。

脳ではなく、心に届いた感覚。

AIが感知しない領域で、確かに彼の中にある”存在が“応答した”。

それは、声ではないのに、深く響いた。

呼ばれた気がしたのではない。

自分の中の何かが“応えた”のだった。


そのとき、頭上のモニター群が一斉に作動音を立てる。

警報ではない。

ただ、何かが“検出された”気配。


No.058は、動かない。

No.100もまた、その場から動けなかった。


——やがて彼女は、静かに背を向けて歩き出した。


彼は追いかけない。

ただ、その背中に残された“呼吸の名残”を感じていた。

誰かと“心で接続された”ということ……それは、記録には残らない。

だが、No.100の中では確信に変わっていた。


——いま、自分は“生きている”。


ログが語らなくても、誰かの存在がそこに触れていた。

そして定義が、わずかに更新された。

部屋に戻ると、システムログが更新されていた。


≡≡≡ LOG RECORD: NOT_YURA_0_0 ≡≡≡


INDIVIDUAL_ID: Human No.100

DATE: 2100/04/05

TIME: 11:23:02 JST

LOCATION: Corridor_B7


EMOTIONAL_WAVE_SCAN:

感情波動指数: 0.012%(再定義中)

判定: 応答保留

追跡フラグ: 条件分岐により継続監視


COMMENT:

NOT_YURA_0_0:

“名前”は、再び口にされた。/意味の再生が始まっている。


≡≡≡ END_LOG ≡≡≡


——Still breathing... → Episode_004——


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