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100 Humans | Episode_036 — [LOOP:036]


【scene_00:異常ループ検知】


 深夜。

施設全体が静寂に包まれる時間帯。

その沈黙の中、SYSはわずかに乱れた演算ログの揺らぎを検出した。


SYS:

→ No.036:行動ログ 重複検出

→ 同一時間帯における複数回の行動記録を確認

→ 優先度:高


記録された動作パターンは、一見すれば日常的な行動の繰り返しだった。

しかし、分析を重ねるごとに、その中に不自然な“差異”が浮かび上がってきた。

たとえばカフェテリアでの水分補給。

一見同じ動きに見えて、左手を使っていた回と右手の回が存在した。

カップの角度、飲み下す間の呼吸、視線の方向。

AIの補正アルゴリズムがそれらの“違い”を誤差として処理しきれなくなっていた。

通路を歩く際の足音のリズムも、周期性が崩れていた。

同じルートを同じタイミングで歩いているはずなのに、微細な揺らぎが繰り返されるたびに拡張していく。


SYS:

→ 演算結果:完全演算不能構造

→ 想定外因子:時間軸循環の可能性


最初に生まれたのは“歪み”だった。

それが“裂け目”となり、記録の世界に“繰り返し”という異物が侵入してきた。


【scene_01:No.036の証言】


翌朝、面談エリア。

冷却循環装置の微かな振動音だけが、壁面をわずかに揺らしていた。

Human No.036は、姿勢を正して椅子に座っていた。

目の下には深い影。だがそれは睡眠不足というより、“時間そのもの”に削られた痕跡だった。


「俺、何回この朝を迎えればいいんですか?」

乾いた声。

けれど、そこには確信に似た強さがあった。

彼は自分の中で既に何度もこの会話を繰り返してきたのだろう。


「昨日と同じ日を、何度も……もう、七回目です」


上空の照明が微かに明滅し、無音の時間が続いた。

面談用のAIオペレーターは応答しなかった。

しかし、その背後で観察していたNo.051——AinAは、鋭くその言葉を聞き取っていた。

表情に変化はなかったが、その指先がわずかに動いた。

感情波動ログを照合したRE_ANGEが、静かに介入する。


RE_ANGE:

《No.036:感情波動の周期ループを検出》

《記憶ログ内に未来構造的記述を確認》


036は目を閉じたまま、ゆっくりと首をかしげた。


「でも、記録には残らないんですよね。だから俺は、壊れてるように見える」


その言葉は、諦めではなかった。

ただ淡々と、自分がこの施設の記録に適合できない存在であることを理解している者の口調だった。


【scene_02:記録と記憶のズレ】


 SYSが036の脳内スキャンと記録ログを並列照合する。

複数の時系列を跨いだ記憶が、彼の意識内に“自然な形”で存在していた。

ある映像には、まだ鳴らされたことのない緊急アラートが記録されている。

別のログには、見覚えのない照明の色や配置、異なる制服の職員の姿も含まれていた。

そして——一枚の記録には、施設内に存在しないはずの扉。

それは無数の“繰り返し”の中でしか存在しない、“観測されなかった未来”の断片だった。


「この記録……未来のログです」


AinAは、ふと息を呑むように呟いた。

RE_ANGEの演算処理が一時停止。


SYS:

→ 該当記録:発生予定日時に到達していない

→ 予測ログではない/記憶ログ構造に含まれる


その時、空間全体の空気密度がわずかに変わった。

記録されていないはずの未来が、いま目の前で“現在”に重なり始めていた——。


【scene_03:繰り返しの断面】


 No.036の声が、再び空気を割った。


「ほら……もうすぐ、あのドアが開きます」


彼が目を向けたのは、面談エリアの出入り口。

何も起きていない空間。

だがその視線には確信があった。


「毎回、必ず誰かが入ってくるんです。パターンは違うけど……今度はNo.029だと思う」


沈黙。

……ガチャ。

数秒後、まるで用意された演出のように、ドアが静かに開く。


「……呼ばれた気がして」


顔をのぞかせたのは、確かにNo.029だった。

その瞬間、室内の温度がわずかに変わったように感じられた。

AinAが、無言で036を見つめる。


「俺、ループしてるんですよ。ただ……全部同じじゃない。微妙にズレる」


壁の時計の針、外廊下を通る足音、誰かがこぼす咳。

それらが毎回、数秒ずつ異なる。

静寂の中で、036が椅子に背を預ける。


「このループには“予兆”があるんです。空気の匂い、音の奥行き、時間の“湿度”みたいなものが、徐々に変わっていく」


その言葉は詩的ですらあったが、AinAには理解できる気がした。

彼の“時間感覚”が何かに同期していない。

それは、彼自身が“未来”を通ってしまった痕跡のようだった。


【scene_04:未来記録の浮上】


 SYSは036の深層脳波を再スキャンする。

そこで検出されたのは、時系列の秩序に属さない情報ブロックだった。

未来とも過去とも言えぬ“中間地帯”の記録。


SYS:

→ 検出:未来ログ(非予測)

→ SOURCE:No.036

→ タイムスタンプ:未発生


それは動画ではなく、“感覚ログ”として保存されていた。

熱。

振動。

視界の光量変化。

そして——AinAの声。

聞き覚えのない、しかし明確に“未来の自分”が発した言葉が、ログに重ねられていた。


「ここからは、私たちが記録される側になる——」


AinAは思わず唇を噛む。

彼女の中に、何かが静かに揺れ始めていた。


(私も……繰り返されている?)


その疑念は、記録の底から染み出すように膨らんでいった——。


【scene_05:閉じたはずの名前】


 浮かび上がった未来ログの最深部。

感覚情報がノイズとともに褪せていく中、最後にひとつの名前が表示された。

それは、かつて“欠番”となった者の名。


SYS:

→ IDENT CODE:No.048

→ STATUS:Erased(記録抹消済)

→ 出現時刻:未定義(非時系列圏)


AinAの背筋が一瞬にして凍る。

No.048——

それは、存在しないはずの人間。

記録上、既に抹消され、すべてのナンバー群から“忘れられた”はずの個体。

にもかかわらず、その名はまるで“未来から逆流”するようにして現れた。


「また……この名前」


AinAの声は微かに震えていた。

彼女自身、その名をどこかで知っていた気がする。

忘れていた感情が、胸の奥から微かに熱を持って浮かび上がる。

RE_ANGEの応答が、静かに表示された。


RE_ANGE:

《未来ログは、記録ではなく“兆し”として出現した可能性があります》

《兆しは、記録に優先しないが、記録を揺らがせる要因となります》


兆し。

それは、“まだ起きていないが、起き得る出来事”を意味する非確定性の象徴。

未来は、誰かの中にだけ先に訪れてしまうことがある——。


【scene_06:ループの終端】


 再び、面談エリア。


「明日も、またこの“今日”になるなら……俺は、何回あなたとこの会話を繰り返してきたんだろう」


036の声には、諦めと同時に、どこか安堵のような色も混ざっていた。

AinAは、036の瞳を見つめ返す。

その瞳には恐怖や混乱ではなく、“すでに何度も語り合ったような親密さ”が宿っていた。

まるで、彼女のほうがこのループに遅れて到着したかのように——。

そして彼女の耳元で、あの旋律が微かに——再び、始まった。


——This record has not yet occurred.→ Episode_037 — [REWRITE SIGNAL]


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