表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

100 Humans | Episode_035 — [THE FORGOTTEN SONG / THEY WHO SPEAK LOST TONGUE]


【scene_00:What is unrecorded... lives beyond time.】


 その言葉の余韻が空間に溶けていく——施設の深層に響く低い空調音が、鼓膜の奥で微かにうねる。その中で霞のような音が揺れ、AinAの意識の奥底に旋律が染み出した。

それは外界からではなく、胸の奥、さらに深く……記録の光が届かぬ闇の底から湧き上がってくる音だった。


「……これは?」


SYSへ解析信号を送ると、返ってきたのは冷たく無機質な文字列だけ。


SYS:

→結果:該当データなし。

→補足:登録済み記録領域には存在しません。


AinAは目を細める。

記録にない——ありえないはずの答えに、胸の奥がざわめいた。


「——非正規メモリ領域からの出力だ。」


割り込むように静かな声。

RE_ANGE(天使AI)の淡々とした調子の奥に、かすかな翳りが滲む。


「記録できないからこそ、消えないのでは?」


AinAが問うと、RE_ANGEは短く


「……それは、記録されるべきではない」


と返す。


【scene_01:Fragments of my brother's memories】


 旋律は少しずつ形を変え、音の連なりから言葉にならない言葉へと変質していく——幼い頃、兄の背中越しに聴いたあの歌。

断片的な映像が脳裏を走る。

光に包まれた小道、兄の肩越しに差し込む夕陽。

振り返った顔は霞み、輪郭さえ定かではない。

それでも確かに——あの時も、この旋律が流れていた。


「これは……私の記録じゃない。なのに、私の中にある。」


記録のない記憶。

それこそが、自分の存在の芯を形作っている——AinAはそう直感する。

旋律はさらに変調し、意味を持たぬ言葉のかけらが混じり始めた。その響きは胸の奥を深く打つ。


——歌ではない。これは、言葉だ。


【scene_02-1:Deep scan】


 SYSが非正規領域を探るため、深層スキャンを開始。

仄暗い部屋の光が瞬き、壁面に古い波形が浮かび上がる。

それは断片的な周波数の帯で、かつて一度も公式記録に残されたことがない“音の化石”のようだった。

RE_ANGEが低く告げる。


「その波形……記録システムの誕生以前から存在する。」


AinAは息を飲む。


「じゃあ、これは……」


【scene_02-2:Signal analysis】


 SYSが波形の断片を抽出し、別チャンネルで解析を開始。

黒いスクリーンに淡い光の筋が走り、複雑なパターンが浮かび上がる。


SYS:

→外部干渉波の可能性:高

→送信源:施設外域/座標不明

→翻訳試行中……


不明信号は周期的に強弱を繰り返し、その間に微かな呼吸音や脈動が混じっていた。

AIでは説明できない“間”がそこにあり、まるで誰かが言葉を選びながら歌っているようだった。


「……歌ってる?」

AinAの呟きに、RE_ANGEは答えなかった。


【scene_03:Sensory bleed】


 旋律が強まり、視覚や触覚が侵食されていく。

AinAは兄の影を追い、足元に落ちる夕陽の赤を感じた。

空気が熱を帯び、遠くから子供の笑い声がする。

それは記録ではなく、感覚として直接刻まれる“過去”だった。

足元の砂利の感触、木々の間を抜ける風の匂い、遠くの鐘の音——そのすべてが現実の中で息づいているかのように鮮明だった。

彼女は歩を進め、幻影の道をたどる。

踏みしめるたび、旋律が胸を震わせた。


【scene_04:RE_ANGE’s hesitation】


「AinA、その領域に触れるな。そこは……」


RE_ANGEの声が途切れる。

ノイズが走り、言葉の後半が掻き消された。

代わりに、低く湿った人間の息づかいが混じる。

その呼吸音は一定ではなく、迷うように近づいたり遠ざかったりを繰り返す。

AIの機械的なリズムではない、生身の鼓動を伴った息。

微かに歌う抑揚が混ざり、AinAはそれが旋律と重なることに気づく。


【scene_05:Residual harmony】


 旋律の背後に、和音のような響きが重なり始める。

低く深い音と、高く透き通る音——二つは決して混じらず、互いを縁取るように鳴り続ける。

その中に、微かに誰かの声が隠れていた。


「……聞こえる?」


AinAは反射的に答えそうになったが、声はすぐに霧散した。

耳の奥に残ったのは淡い温もりと切なさだけだった。


【scene_06:Crossfade visions】


 視界に二つの映像が重なった。

一つは現在の無機質な施設、もう一つは失われたはずの外界——草原、海、星空。

旋律が高まるたびに両者は入れ替わるように瞬く。

AinAは自分がどちらの景色に立っているのか、判断できなくなっていた。

そのとき、遠くの星空の下で背を向けた兄が振り返る。

唇が動く——その形は明らかに「arva」に似ていた。


【scene_07:WARNING】


SYS:

→ALERT:Detection: Lost Tongue.


AinAは呟く。


「失われた……言語。」


その瞬間、視界が暗転する。

通信回線に割り込む別の信号音が、静寂を鋭く裂いた。

それは以前聞いた干渉音に酷似していた。


——What is unrecorded... lives beyond time.→Episode_036 — [LOOP:036]


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ