100 Humans | Episode_035 — [THE FORGOTTEN SONG / THEY WHO SPEAK LOST TONGUE]
【scene_00:What is unrecorded... lives beyond time.】
その言葉の余韻が空間に溶けていく——施設の深層に響く低い空調音が、鼓膜の奥で微かにうねる。その中で霞のような音が揺れ、AinAの意識の奥底に旋律が染み出した。
それは外界からではなく、胸の奥、さらに深く……記録の光が届かぬ闇の底から湧き上がってくる音だった。
「……これは?」
SYSへ解析信号を送ると、返ってきたのは冷たく無機質な文字列だけ。
SYS:
→結果:該当データなし。
→補足:登録済み記録領域には存在しません。
AinAは目を細める。
記録にない——ありえないはずの答えに、胸の奥がざわめいた。
「——非正規メモリ領域からの出力だ。」
割り込むように静かな声。
RE_ANGE(天使AI)の淡々とした調子の奥に、かすかな翳りが滲む。
「記録できないからこそ、消えないのでは?」
AinAが問うと、RE_ANGEは短く
「……それは、記録されるべきではない」
と返す。
【scene_01:Fragments of my brother's memories】
旋律は少しずつ形を変え、音の連なりから言葉にならない言葉へと変質していく——幼い頃、兄の背中越しに聴いたあの歌。
断片的な映像が脳裏を走る。
光に包まれた小道、兄の肩越しに差し込む夕陽。
振り返った顔は霞み、輪郭さえ定かではない。
それでも確かに——あの時も、この旋律が流れていた。
「これは……私の記録じゃない。なのに、私の中にある。」
記録のない記憶。
それこそが、自分の存在の芯を形作っている——AinAはそう直感する。
旋律はさらに変調し、意味を持たぬ言葉のかけらが混じり始めた。その響きは胸の奥を深く打つ。
——歌ではない。これは、言葉だ。
【scene_02-1:Deep scan】
SYSが非正規領域を探るため、深層スキャンを開始。
仄暗い部屋の光が瞬き、壁面に古い波形が浮かび上がる。
それは断片的な周波数の帯で、かつて一度も公式記録に残されたことがない“音の化石”のようだった。
RE_ANGEが低く告げる。
「その波形……記録システムの誕生以前から存在する。」
AinAは息を飲む。
「じゃあ、これは……」
【scene_02-2:Signal analysis】
SYSが波形の断片を抽出し、別チャンネルで解析を開始。
黒いスクリーンに淡い光の筋が走り、複雑なパターンが浮かび上がる。
SYS:
→外部干渉波の可能性:高
→送信源:施設外域/座標不明
→翻訳試行中……
不明信号は周期的に強弱を繰り返し、その間に微かな呼吸音や脈動が混じっていた。
AIでは説明できない“間”がそこにあり、まるで誰かが言葉を選びながら歌っているようだった。
「……歌ってる?」
AinAの呟きに、RE_ANGEは答えなかった。
【scene_03:Sensory bleed】
旋律が強まり、視覚や触覚が侵食されていく。
AinAは兄の影を追い、足元に落ちる夕陽の赤を感じた。
空気が熱を帯び、遠くから子供の笑い声がする。
それは記録ではなく、感覚として直接刻まれる“過去”だった。
足元の砂利の感触、木々の間を抜ける風の匂い、遠くの鐘の音——そのすべてが現実の中で息づいているかのように鮮明だった。
彼女は歩を進め、幻影の道をたどる。
踏みしめるたび、旋律が胸を震わせた。
【scene_04:RE_ANGE’s hesitation】
「AinA、その領域に触れるな。そこは……」
RE_ANGEの声が途切れる。
ノイズが走り、言葉の後半が掻き消された。
代わりに、低く湿った人間の息づかいが混じる。
その呼吸音は一定ではなく、迷うように近づいたり遠ざかったりを繰り返す。
AIの機械的なリズムではない、生身の鼓動を伴った息。
微かに歌う抑揚が混ざり、AinAはそれが旋律と重なることに気づく。
【scene_05:Residual harmony】
旋律の背後に、和音のような響きが重なり始める。
低く深い音と、高く透き通る音——二つは決して混じらず、互いを縁取るように鳴り続ける。
その中に、微かに誰かの声が隠れていた。
「……聞こえる?」
AinAは反射的に答えそうになったが、声はすぐに霧散した。
耳の奥に残ったのは淡い温もりと切なさだけだった。
【scene_06:Crossfade visions】
視界に二つの映像が重なった。
一つは現在の無機質な施設、もう一つは失われたはずの外界——草原、海、星空。
旋律が高まるたびに両者は入れ替わるように瞬く。
AinAは自分がどちらの景色に立っているのか、判断できなくなっていた。
そのとき、遠くの星空の下で背を向けた兄が振り返る。
唇が動く——その形は明らかに「arva」に似ていた。
【scene_07:WARNING】
SYS:
→ALERT:Detection: Lost Tongue.
AinAは呟く。
「失われた……言語。」
その瞬間、視界が暗転する。
通信回線に割り込む別の信号音が、静寂を鋭く裂いた。
それは以前聞いた干渉音に酷似していた。
——What is unrecorded... lives beyond time.→Episode_036 — [LOOP:036]




