100 Humans|Episode_002
No.100は、また目を覚ました。
白い天井。
無音の空気。
規則正しく点滅するインターフェースランプ。
そのすべてが、昨日と同じであるはずだった。
——だが、一瞬。
壁面ディスプレイの起動が、わずかに遅れた。
明滅のタイミングが、0.5秒——いつもより遅い。
→Good morning, Human No.100
表示は定型通り。音も、光も。
だが彼の胸には、昨日からの“何か”が、まだ微かに残っていた。
——あれは、本当に夢だったのか?
名前のない自分を、誰かが呼ぶ声。
意味も記憶も定かでないその音が、今日も胸の奥に "残って" いる。
鏡のようなディスプレイが自動で起動し、バイタルを読み取る。
SYS: バイタルチェック開始
→心拍数:安定 呼吸パターン:標準 感情波動:検知せず
昨日と同じ数値。
……そのこと自体が、彼には妙に感じられた。
——本当に、何も起きていないのか?
食堂区画へと続く廊下を進む。
今日も、誰の足音も響かない。
No.058
昨日と同じように、正面から歩いてくる。
——だが今回は、すれ違いざまに一瞬、No.058の動きが乱れた。
まるで "何かを言いかけて" 立ち止まりかけたように見えた。
それはすぐに打ち消され、AIの監視ディスプレイにも何の異常も表示されなかった。
No.100も、足を止めはしない。
だが、胸の奥で何かが揺れた。
視線
確かに目が合った。
その一瞬で、“記録に残らない”何かが、確かに通じた気がした。
——だが、記録には残らない。
食堂での配膳も、昨日と同じ。
番号を入力し、無味無臭のゼリー状栄養食が提供される。
だがその後——
彼は、トレーを手にしたまま、立ち尽くしていた。
目を閉じ、何かの記憶を探ろうとしていた。
そのとき。
——何かが、聞こえた。
……気がした。
部屋に戻って行動ログを確認する。
SYS: Log No.100|行動記録:11:20–11:38 欠落
→補足コメント:該当時間帯はシステムメンテナンス中
彼は、誰とも話していない。
どこにも行っていない。
何もしていない。
——記録上は、そうなっていた。
だが、彼の内側には確かに "何か" が刻まれていた。
それは、夢でもノイズでもない。
かすかに——しかし、はっきりと "存在した" という感覚だった。
——記録されなければ、私は本当に“存在しない”のか?
その問いは、ログには記されない。
だが遥か遠く。
観測装置の奥深くで、微弱な揺れが感知されていた。
≡≡≡ LOG RECORD: NOT_YURA_0_0 ≡≡≡
INDIVIDUAL_ID: Human No.100
DATE: 2100/04/04
TIME: 11:39:04 JST
LOCATION: Unit_100A / Return Path
EMOTIONAL_WAVE_SCAN:
感情波動指数:0.004%(非定義共鳴)
判定:分類不能(再検出保留)
追跡フラグ:未設定
COMMENT:
NOT_YURA_0_0:
まだ揺れている……。
あれは、夢の残響か、それとも…
≡≡≡ END_LOG ≡≡≡
——Still breathing... → Episode_003——