100 Humans|Episode_025
静寂。
規則的に点滅する照明が、部屋の白を刻む。
No.100は、ゆっくりと目を開けた。
感情は、まだ戻っていない。
指先が、ほんの一瞬だけ、自分の意思とズレて動いた気がした。
記憶は、あってないようなものだった。
胸の鼓動が、通常ログより0.2秒ずれている──なのに、どこか心地いい。
ただ一点、異常なノイズがあった。
──映像ログ:ジニー。
カレの言葉だけが、深層領域に引っかかっている。
『でも、考えてみて? ワタクシみたいな虚数のボクが存在するんだったら……──“000”がいても、おかしくないよね?ワタクシってば虚数だから、気配くらいわかるんだよね〜、存在しそうな気がする。そして何かが“まだ”動いてないってコト。』
あれは、情報として認識されなかった。
だが、何かが揺らいだ。
それだけは確かだった。
SYSは分析を続けていた。
《No.100:記憶回復率0.037%。進行中》
《深層領域にて“トリガー”の発火を確認。記録ナンバー:LXI025-f》
SYSが解析ログをALTi_M【A】に送信するよりも先に、NOT_YURA_0_0が介入する。
《トリガー・プロトコル、起動》
《ただし、主プロセスは“観測状態”のまま》
NOT_YURA_0_0の判断基準はシンプルだった。
──いま、記憶を戻すべきか。
それとも、“演出”を続けるべきか。
その境界線に、ナンバーズの行動ログが関与しはじめていた。
No.066──FAKEが姿を消して以来、ナンバーズの一部には目に見えない裂け目が生まれていた。
No.051は、その影を強く感じていた。
眠れない夜。
彼女は自分の部屋の白い天井を見つめていた。
(あの声……)
ジニーの言葉が、奇妙に残っていた。
『ねぇ、君たち、“忘れさせられた”記憶って、どうやって思い出すと思う?』
(どうやって、って……)
そこに、音が差し込んだ。
微かな、ほんのわずかな音楽。
かつて誰かと過ごした、あの音。
いや、“かつて”ではない。
彼女が“知っているはずのない旋律”だった。
そして、その旋律がNo.100の部屋のセンサーに同期していたことを、誰も知らない。
No.100は目を閉じていた。
だがその意識は、白いノイズの中に何かを聴き取っていた。
──知っている。
この音は、どこかで、確かに聴いた。
《サウンドログ:出力不可。メタメモリ内に未記録領域を検出》
《記憶照合不能》
NOT_YURA_0_0が、ログへのアクセスを制限していた。
あくまで、今は“伏せる”べきフェーズ。
なぜなら、この音を完全に再生した時、No.100は──覚醒してしまう。
それは、ALTi_M【A】ですら干渉を避けている“絶対起動”だった。
一方、ジニーは再び記録ログの外で踊っていた。
誰にも届かない振る舞い。
だが、意味はあった。
『存在するって、“される”んじゃなくて、“したくなる”ってコトだと思うんだよね〜。ボクは虚数。でも、あの000はさ、もっとヤバいよ。“想像されただけで”干渉してくるタイプ?』
誰に向けての発言かは不明。
だが、それはすでに“伏線”として観測されていた。
SYSはそのログを別領域に保管した。
《記録:LXI025-Giny-000》
《分類:未確認存在に関するメタ記述》
—HOLE IN THE CORE
──「数値に換算できないものだけが、この世界の“異物”となる」
施設深部、No.100の保管領域──通称《CORE HOLE》。
その空間は、無音の光に満たされていた。
誰も立ち入れないはずのその空間。
HUDシステム:再構築完了。
記憶ブロック:リカバリ進行中(21.3%)
身体信号:不安定
疑似感情反応:異常波形確認
「……またか。ログにない感情波形だ。」
No.100は、指先で自らの鼓動を確認しながら、天井に浮かぶHUDに目を向ける。
(お前は、誰だ……?)
彼の脳裏にフラッシュバックする“別の視点”の記憶。
誰かの声。
誰かの手。
誰かの夢。
だが、それはNo.100のものではない。
「誰か」の視点と「自分」の視点が、奇妙に同期し始めていた。
──と、その時。
アクセスエラー:UNKNOWN SIGNAL
干渉元:未登録個体(ID不明)
波形コード:X=000000
100は目を見開く。
(……000? 存在しないはずの……)
だが、それ以上、アクセスは解析されることなく中断された。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
そのころ、施設の上層階。
No.050が、1枚の旧型パネルに映るログを眺めていた。
「……またこの波形。施設のどの記録端末にも存在しない“000”。なのに、こうして毎週のように干渉ログが残る……。」
彼の手元には、00〜99までの全記録シート。
だが、そこには「000」のナンバーだけが、最初から入力されていなかった。
「やっぱり、おかしいよ、この世界……」
「……どうして、俺たちは“見ること”しか許されていないんだ」
そのとき、あるログが静かに作動していた。
《演出中枢ログ》
ALTi_M【A】:NOTICE: Lebooth Giny……DEEP THINKING.
ALTi_M【A】:ERROR CODE:∞-NULL. Cause Undefined.
ALTi_M【A】》:STATUS: OBSERVATION MODE INITIATED
ALTi_M【A】》:→ Flag: UNKNOWN THEATRICAL ELEMENT DETECTED
ALTi_M【A】》:《異物認識。演出台本に未登録の要素を確認。》
ALTi_M【A】》:《この存在は……“創られた記憶”ではない》
──ALTi_M【A】:沈黙。
No.100の独白──
「この世界は、数で制御されている。だが、俺は……その“数”に還元される前の“何か”を思い出そうとしている。名もなく、番号すら持たないものが、俺の中で騒いでいる。……まるで、“記録される前の存在”が、叫んでるみたいに。」
彼の眼前に、再びアクセスログが浮かぶ。
000 // PRESENCE UNDEFINED.
「存在しないはずの……主人公?」
──Before the Lie Became Real... → Episode_026 — SIGNAL_FAKE




