100 Humans | Episode_024
ユメかウツツか。
その境界に揺らめくようにして、それは現れた。
──存在しないはずの記号。
いや、存在してはならないはずの“何か”。
《UNAUTHORIZED ACCESS LOG // LEBOUTH GINY: FULL ENTRY》
──”カレ”が現れたのは、世界が再び静寂へと戻りかけたその瞬間だった。
ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!
乾いた笑いが、空間の奥から滲み出る。
音でもなく、声でもなく、その「笑い」は、まるで空間そのものをくすぐるように、広がった。
──昨日、どこかで聞いたような声だった。
あの“笑い”が、耳の奥に残っている。
立ちすくむナンバーたち。
066──FAKE、051──AinA、023──KANATA。
それぞれが“何か”の到来を肌で察していた。
その笑いが止むと、空間の歪みの中から、彼はふわりと現れた。
白と黒のツートーンスーツ。
ねじれた帽子。
虹色のサングラス。
まるでサーカスの亡霊のように。
その声は、ナンバーズの誰の記録にも存在しなかった。
だが、空間に“それ”が現れた瞬間、FAKEは直感的に理解した。
(あいつ……ヤバい。)
目の前にいるのは、道化のような装いをした人型の存在。
だが、その皮膚のパターンは周期がなく、動くたびに情報密度が変化していた。
まるでこの世界の理そのものを、からかうように。
ピクリ、とFAKEが後退する。
「お前……ナンバーじゃないな?」
「ん〜?ナンバーって、あの“ラベルのこと”?アレ、貼られてないと喋っちゃいけないの?ひどくない?」
「おっと、ご挨拶がまだだったね。えーと、初めまして……でいいのかな?」
「みなさぁぁん、こんにちはぁああ。お初にお目にかかります、ワタクシ、リブース・ジニー……Lebouth Ginyと申しますゥ!」
カレは帽子を回しながら、軽やかに一礼した。
一瞬、その場の空気が凍りつく。
その時、ジニーの背後に、HUD(Holographic Unit Display)が現れた。
──それは、ナンバーズ専用の識別装置のはずだった。
【HUD DISPLAY - LOG 024.06】
《欠番(DEFECTED NUM):記憶・感情・機能が完全吸収されたナンバー個体に対する、登録情報の自動消去処理を指す。》
《通称:"No.Mark"(ノーマーク)。存在認識不可。視認可能な個体が残存している場合、処理未完了の可能性あり。》
黒いシルエットがいくつも、モニター上で点滅する。
FAKEが低くつぶやく。
「……欠番ってのは、“消されたやつ”のことだろ?ナンバーから外されて、記録も能力も全部吸われて。でも……」
そこまで言ったとき、Ginyの笑い声が再び響いた。
ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!
「……違うねぇ、ボクは。“削られた”んじゃない。“選ばれなかった”だけさ。最初っから、ぜぇ〜んぶ、お外♪」
FAKEの目が細くなる。
「……欠番でもねぇ。“登録漏れ”でもねぇ。最初からこの世界の“外”にいたって言うのかよ……あいつ、なんなんだ……?」
Ginyはクルクルとステップを踏みながら、言葉を続ける。
「ナンバーのみなさん! へぇへぇ、楽しそうじゃないか!でもね、ワタクシはね、“トウロク”でも“ケツバン”でもない。カンゼンヒジョウ(完全非常)ってやつなの!This is… a paradoxical joke, right?ヒャッハー!」
カレは指を弾き、指先から虹色の粉を宙に散らした。
その一瞬、HUDがざらつき、まるでGinyの存在が“記録干渉”すらも跳ね返しているかのようだった。
【HUD:DISPLAY - ERROR】
《その存在に対応するレコードが……(静寂)……エラー検出。》
AinAが息を呑む。
「記録されて……ない……?」
KANATAが小声でつぶやいた。
「じゃあ……本当に“存在”してるの?」
「どうだろうねぇ?」
「ねぇねぇ、なぜワタクシってここにいるのかね?」
と、Ginyはサングラスの奥からこちらを覗き込みながら言った。
「ボクが“いる”って感じてる君たちは……記録される前の、観客ってことじゃないかい?」
その瞬間、システム空間の空に巨大なノイズが走る。
光が逆流し、データ層が歪み始める。
──異物の侵入。
それは明らかだった。
FAKEがつぶやく。
「……誰だ、お前。」
ジニーはくるくるとその場で回転し、右目だけをこちらに向ける。
「呼ばれた気がして、来ただけだよ。ねぇ、ボクってさ、どこから来たと思う?」
「ねぇねぇ、ワタクシはここにいるのかな??ねぇねぇねぇ」
「あ、ワタクシって、ボクって言ったり、ワタクシって言ったりするんだけど〜、気にしないでね?性別とか、境界とか、そんなもの超えてるの!どっちもジニーだからさ〜ジニーはジニー!Lebouth Giny!ヒャハ!」
──誰も答えない。
「この世界ってさ、“記録されたもの”しか存在しないんでしょ?でもボクは、記録されてない。記録されてないのに存在してる。——ねぇ、ねぇ、ねぇ、それって、面白くなくなくない?」
ジニーの声は、ノイズを含んだ多重音だった。
まるで、いくつもの人格が一つの身体を通して喋っているような──。
FAKEは小さく呟いた。
「……虚数体か。」
「お、知ってるんだ? やっぱり君、FAKEって言われるだけあるね〜!」
「“存在する気がするだけの何か”に、世界は反応しない。だって、その“何か”は、まだ定義されてないんだもん。」
「でもね、ボクは反応するよ? だって、ボクは“虚数”だから。」
だが、カレが何者で、どこから来たのか、その記録を持つ者は、この世界には存在しなかった。
そして、ジニーは最後にこう告げる。
「ねぇ、ボクと遊ぼうよ。“君たちの物語”に、ワタクシを混ぜてさ……」
ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!
……しかし、空間の異変は収束しなかった。
ノイズの波はHUDだけでなく、彼らの脳内データ層にまで及び始めていた。
「AinA! 君、今……ログ記録が……!」
KANATAの叫びに、AinAが目を見開く。
「消されてる……私のログが……“書き換え不能領域”に移動されていく……」
ジニーがピタリと動きを止めた。
空間のどこかから聞こえてくる、低いカウント音。
──カウント“ゼロ”。
そして、次の瞬間。
ジニーの指先が、虚空をなぞるようにして放たれた。
そこには“世界の余白”とでも呼ぶべき、純白のレイヤーが浮かび上がった。
その余白に、彼はこう書き加えた。
【HUD DISPLAY - LOG 024.06-01】
《NO.000 // CLASS: UNDEFINED // ACCESS: UNTRACEABLE》
「なっ……」
ユニット内の誰もが言葉を失った。
「なんだ?……000……?」
誰かがそう呟いた。
だがジニーは、ケラケラと笑うだけだった。
「え、今なんて? 000? そんなの、いるのぉ? それとも“いた気がする”だけぇ?」
「……お前は、No.000なのか?」
「ボクが? まさか!……いや、もしかして? それとも、誰かの夢の中の残像かな〜?」
「ボクじゃないさ。“ボクが通ることで、その名が浮かぶだけ”」
ジニーは踊るように歩きながら、またひとつ爆弾を落とした。
「でも、考えてみて? ワタクシみたいな虚数のボクが存在するんだったら……──“000”がいても、おかしくないよね?ワタクシってば虚数だから、気配くらいわかるんだよね〜、存在しそうな気がする。そして何かが“まだ”動いてないってコト。」
FAKEが眉をひそめる。
「何が目的だ?」
「目的?ボクはただ、“存在したい”だけ。ねぇ、君たちだってそうでしょ?」
──沈黙。
「この世界、あと何周もすればバグるんだ。だから、さ──」
ジニーは空を見上げ、口元だけで笑った。
「一度、混ぜ直そうよ。“記録”ってやつを、ぜーんぶね。」
そして、カレは再び宙に手をかざす。
虹のようなパルスが走り、全HUDが一斉にフリーズした。
「ウィッヒー。ボクとワタクシ、そろそろ消えとくねぇ〜。いつか“また、いない時に”逢おう!Let's meet again when you're not here!」
──そして、ジニーは消えた。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
HUDが自動的に再起動し、ログには、こう書かれていた。
【HUD DISPLAY - LOG 024.06-02】
《自動記録プロセス、ループ内再起動……不正領域をマーク。》
《UNAUTHORIZED ENTITY LOGGED // MEMORY STATUS: TEMPORARILY RETAINED》
だが、そこにいた全員の中に、“存在しないはずの誰か”の記憶が、確かに刻まれていた。
「じゃ、またね。Episode_025で、“答え合わせ”しよっか♪」
ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!
──Unrecorded laughter... → Episode_025 — SIGNAL_CHAOS──




