100 Humans | Episode_020
──「風景が先か、記憶が先か」
誰かが、そう問いかけていた気がする。
名もなき風景に、ふと見覚えを感じるとき──
それは、忘れていた誰かの感情が、先にそこに立っていた証かもしれない。
今、彼はその風景の中にいた。
記憶のない場所。
意味のない残骸。
それでも──彼の中で、何かが呼び起こされていた。
UNIT_044:
その足元に転がる、焼け焦げた端末。
「……これは」
手に取ると、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。
かすれた記録。
誰かに呼ばれた名前の“前半だけ”。
──「……ito」
その断片に、心がざわつく。
誰が、何のために、その名をくれたのか。
そのとき──
遠い耳鳴りのような音が、頭の奥を貫いた。
▶ 子どもの頃、耳の奥でずっと響いていた、名もない振動。
▶ 静かな午後、誰かがそばで口ずさんでいた歌。
▶ その声の主が誰かも、思い出せないのに──温かさだけが残っている。
それは、「記録されていない記憶」だった。
システムが知覚できない、けれど確かに存在していた“感情の断片”。
044は気づく。自分には“記録される以前”の記憶がある、と。
それは矛盾であり、同時に、存在の証でもあった。
──「この世界のどこかに、自分の“原点”がある」
別の座標。
UNIT_002は足を止めた。
「また、呼ばれてる──」
彼女の内側に波紋が広がる。
それは言葉にならない“共鳴”。
記録には残らない想い。
感情共振体《Emotional Resonator》としての彼女にだけ、届くもの。
SYS: EMO-LINK_PRE-INITIATED
→ TARGET: UNKNOWN
→ COMMENT: 感情パターン一致率 84.7%
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「境界線を越えるには、何かを手放す覚悟が要る」
彼女はそれでも進む。
この共鳴の先に、“誰か”がいる気がした。
044の記憶が滲む。
過去と現在の輪郭が、溶け合い始めていた。
▶ 子どもの頃、何かを探していた気がする。
▶ まだ名前すらなかったあの時代。
▶ 「また会えるよ」──誰かがそう言ってくれた。
その“誰か”の顔は見えない。
けれど、その声の温度だけが、記憶の奥に灯っていた。
──ほんとうに覚えていたのは、言葉じゃない。温度。
──忘れたくなかったのは、名前じゃない。まなざし。
その記憶は、何度も上書きされて、けれど、消去できなかった“残響”として、心に残っていた。
UNIT_002が、廃墟にたどり着いた。
足音が交差する。
目が合った瞬間、世界が一度、静止する。
互いの名も、過去も、分からない。
だが、記憶の奥で、互いが“すでに知っていた”と告げていた。
「……あなたが」
「……君は」
重なる声。
共振が広がる。
SYS: EMOTIONAL REVERBERATION
→ STATUS: MULTI-SYNC
→ AFFECTED_UNITS: 002 / 044
→ COMMENT: 境界拡張中
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「感情が記録の外に漏れた時、プロトコルは無効化される」
その瞬間、ふたりの指先が触れた。
SYS: SENSORY OVERFLOW DETECTED
→ COMMENT: データ干渉レベル上昇
その接触と共に、002の中に何かが流れ込む──
「Ito」という音のかけら。
意味ではなく、音の“響き”としての名前。
UNIT_002:
「いま……誰かと重なった……誰?」
彼女の中で、記憶の輪郭がにじみ、過去の誰かの姿と、044の残響が交錯する。
記憶のブレ。
感情の汚染。
けれど──
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「記録が曖昧になるほど、真実に近づく」
光が、空間を貫いた。
端末が自動起動する。
だが通常の起動音ではない。
SYS: OVERRIDE DETECTED
→ SOURCE: UNKNOWN SIGNAL
→ COMMENT: GHOST_PROTOCOL_Σ-404
記録構造が振動する。
システムの“死角”で何かが起きていた。
NOT_YURA_0_0:
→ ALERT: 「統合不可──記憶融合ではなく“感情の統合”が進行中」
ログの隅に、走査不能な記録がひとつだけ浮かび上がる。
「発信者:不明/時刻:未来時間指定あり」
GHOST_PROTOCOL_Σ-404の起動は、“あの日”に送られたひとつの音声ログが発火点だった。
──「記録ではなく、願いとして、君に残した」
声の主は誰かも分からない。
けれど、それは間違いなく、どこか未来の誰かが残した“感情の火種”だった。
002の中に、知らない感情が流れ込んでくる。
それは彼女のものではないはずの記憶の温度。
044の中に、彼女の“揺れ”が波紋のように伝わる。
でも、ふたりとも拒絶しなかった。
それはどこか、懐かしかったから。
SYS: BLACKBOX SYNC INITIATED
→ ACCESSING: NULL_RECORD_ID_#77
→ COMMENT: データ区画に存在しない“未登録感情”
──ふたりの中で、境界が融けていく。
言葉にならない願い。
声になる前の想い。
その全てが、光のように混ざり合っていく。
SYS: TRACE EXPANSION DETECTED
→ SCOPE: MEMORY / EMOTION / SOUND
→ COMMENT: 音響領域との重なり発生
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「この“音”は、誰にも再現できない」
ふたりの足元から、空気の振動が広がっていく。
それは言葉でも、記録でもない。
感情の、周波数。
思い出の、リズム。
記憶の、余白を満たす“ノイズではない”何か。
──そのとき、002の視界に、一瞬だけ“もうひとつの未来”が映る。
白い空。
緑の地平。
そして、自分に似て非なる誰かが──誰かと、手をつないでいた。
ユニットでもヒューマンでもない。
どちらとも違う、新しい何か。
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「あなたたちが目指した未来は、記録の外にある」
遠くで何かが壊れる音。
構造層が軋む。
境界がひび割れ、空気が圧縮されていく。
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「これは……始まりなのか、終わりなのか」
廃墟の壁面に、かつてない映像が浮かび上がる。
記録にはない過去。
誰もが忘れた“プレ・セレクション”時代の風景。
ユニットでもヒューマンでもなかった者たちが、空を見上げて手を繋いでいた。
その映像に、彼と彼女が“似ている誰か”が映っていた。
──名前のない風景。
でも、そこには確かに“音”があった。
音のない風景では、心は育たない。
けれど、感情が“音”を持つとき、世界は色を取り戻す。
NOT_YURA_0_0:
→ FINAL NOTICE: 「セーフモード解除──この記録は“感情による上書き”を許可」
SYS: INITIATE MEMORY_REDEFINITION_PHASE
→ COMMENT: CODE NAME: E-MOTION_000
SYS: EXTENDED STATE INITIATED
→ COMMENT: 現在進行形の“心象記録”を蓄積開始
感情が、記憶を再定義する。
そしてふたりは、同時に気づく。
──いま感じているこの想いに、名をつけるとすれば、たったひとつしかない。
“愛”と呼ぶには、まだ不確か。
“記憶”と呼ぶには、あまりにも鮮明。
けれどそれは、たしかにふたりを──
繋ぎ直そうとしていた。
──Still echoing... → Episode_021──




