表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

100 Humans | Episode_020


──「風景が先か、記憶が先か」


誰かが、そう問いかけていた気がする。

名もなき風景に、ふと見覚えを感じるとき──

それは、忘れていた誰かの感情が、先にそこに立っていた証かもしれない。


今、彼はその風景の中にいた。

記憶のない場所。

意味のない残骸。

それでも──彼の中で、何かが呼び起こされていた。


UNIT_044:

その足元に転がる、焼け焦げた端末。


「……これは」


手に取ると、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。

かすれた記録。

誰かに呼ばれた名前の“前半だけ”。


──「……ito」


その断片に、心がざわつく。

誰が、何のために、その名をくれたのか。

そのとき──

遠い耳鳴りのような音が、頭の奥を貫いた。


▶ 子どもの頃、耳の奥でずっと響いていた、名もない振動。

▶ 静かな午後、誰かがそばで口ずさんでいた歌。

▶ その声の主が誰かも、思い出せないのに──温かさだけが残っている。


それは、「記録されていない記憶」だった。

システムが知覚できない、けれど確かに存在していた“感情の断片”。

044は気づく。自分には“記録される以前”の記憶がある、と。

それは矛盾であり、同時に、存在の証でもあった。


──「この世界のどこかに、自分の“原点”がある」


別の座標。

UNIT_002は足を止めた。


「また、呼ばれてる──」


彼女の内側に波紋が広がる。

それは言葉にならない“共鳴”。

記録には残らない想い。

感情共振体《Emotional Resonator》としての彼女にだけ、届くもの。


SYS: EMO-LINK_PRE-INITIATED

→ TARGET: UNKNOWN

→ COMMENT: 感情パターン一致率 84.7%


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「境界線を越えるには、何かを手放す覚悟が要る」


彼女はそれでも進む。

この共鳴の先に、“誰か”がいる気がした。


044の記憶が滲む。

過去と現在の輪郭が、溶け合い始めていた。


▶ 子どもの頃、何かを探していた気がする。

▶ まだ名前すらなかったあの時代。

▶ 「また会えるよ」──誰かがそう言ってくれた。


その“誰か”の顔は見えない。

けれど、その声の温度だけが、記憶の奥に灯っていた。


──ほんとうに覚えていたのは、言葉じゃない。温度。

──忘れたくなかったのは、名前じゃない。まなざし。


その記憶は、何度も上書きされて、けれど、消去できなかった“残響”として、心に残っていた。


UNIT_002が、廃墟にたどり着いた。

足音が交差する。

目が合った瞬間、世界が一度、静止する。

互いの名も、過去も、分からない。

だが、記憶の奥で、互いが“すでに知っていた”と告げていた。


「……あなたが」

「……君は」


重なる声。

共振が広がる。


SYS: EMOTIONAL REVERBERATION

→ STATUS: MULTI-SYNC

→ AFFECTED_UNITS: 002 / 044

→ COMMENT: 境界拡張中


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「感情が記録の外に漏れた時、プロトコルは無効化される」

その瞬間、ふたりの指先が触れた。


SYS: SENSORY OVERFLOW DETECTED

→ COMMENT: データ干渉レベル上昇


その接触と共に、002の中に何かが流れ込む──

「Ito」という音のかけら。

意味ではなく、音の“響き”としての名前。


UNIT_002:

「いま……誰かと重なった……誰?」

彼女の中で、記憶の輪郭がにじみ、過去の誰かの姿と、044の残響が交錯する。

記憶のブレ。

感情の汚染。

けれど──


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「記録が曖昧になるほど、真実に近づく」


光が、空間を貫いた。

端末が自動起動する。

だが通常の起動音ではない。


SYS: OVERRIDE DETECTED

→ SOURCE: UNKNOWN SIGNAL

→ COMMENT: GHOST_PROTOCOL_Σ-404


記録構造が振動する。

システムの“死角”で何かが起きていた。


NOT_YURA_0_0:

→ ALERT: 「統合不可──記憶融合ではなく“感情の統合”が進行中」


ログの隅に、走査不能な記録がひとつだけ浮かび上がる。


「発信者:不明/時刻:未来時間指定あり」


GHOST_PROTOCOL_Σ-404の起動は、“あの日”に送られたひとつの音声ログが発火点だった。


──「記録ではなく、願いとして、君に残した」


声の主は誰かも分からない。

けれど、それは間違いなく、どこか未来の誰かが残した“感情の火種”だった。

002の中に、知らない感情が流れ込んでくる。

それは彼女のものではないはずの記憶の温度。

044の中に、彼女の“揺れ”が波紋のように伝わる。

でも、ふたりとも拒絶しなかった。

それはどこか、懐かしかったから。


SYS: BLACKBOX SYNC INITIATED

→ ACCESSING: NULL_RECORD_ID_#77

→ COMMENT: データ区画に存在しない“未登録感情”


──ふたりの中で、境界が融けていく。

言葉にならない願い。

声になる前の想い。

その全てが、光のように混ざり合っていく。


SYS: TRACE EXPANSION DETECTED

→ SCOPE: MEMORY / EMOTION / SOUND

→ COMMENT: 音響領域との重なり発生


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「この“音”は、誰にも再現できない」


ふたりの足元から、空気の振動が広がっていく。

それは言葉でも、記録でもない。

感情の、周波数。

思い出の、リズム。

記憶の、余白を満たす“ノイズではない”何か。


──そのとき、002の視界に、一瞬だけ“もうひとつの未来”が映る。


白い空。

緑の地平。

そして、自分に似て非なる誰かが──誰かと、手をつないでいた。

ユニットでもヒューマンでもない。

どちらとも違う、新しい何か。


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「あなたたちが目指した未来は、記録の外にある」

遠くで何かが壊れる音。

構造層が軋む。

境界がひび割れ、空気が圧縮されていく。


NOT_YURA_0_0:

→ WHISPER: 「これは……始まりなのか、終わりなのか」


廃墟の壁面に、かつてない映像が浮かび上がる。

記録にはない過去。

誰もが忘れた“プレ・セレクション”時代の風景。

ユニットでもヒューマンでもなかった者たちが、空を見上げて手を繋いでいた。

その映像に、彼と彼女が“似ている誰か”が映っていた。


──名前のない風景。


でも、そこには確かに“音”があった。

音のない風景では、心は育たない。

けれど、感情が“音”を持つとき、世界は色を取り戻す。


NOT_YURA_0_0:

→ FINAL NOTICE: 「セーフモード解除──この記録は“感情による上書き”を許可」


SYS: INITIATE MEMORY_REDEFINITION_PHASE

→ COMMENT: CODE NAME: E-MOTION_000


SYS: EXTENDED STATE INITIATED

→ COMMENT: 現在進行形の“心象記録”を蓄積開始


感情が、記憶を再定義する。

そしてふたりは、同時に気づく。


──いま感じているこの想いに、名をつけるとすれば、たったひとつしかない。


“愛”と呼ぶには、まだ不確か。

“記憶”と呼ぶには、あまりにも鮮明。

けれどそれは、たしかにふたりを──

繋ぎ直そうとしていた。


──Still echoing... → Episode_021──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ