100 Humans|Episode_001
No.100は、目を覚ました。
白い天井。
無音の空気。
規則正しく瞬くインターフェースランプ。
胸の奥で、何かがまだ "揺れて" いた。
——夢を見た、気がする。
けれど、その記録は存在しない。
記憶ログには“異常なし”とだけ表示されていた。
それでも、皮膚には微かな余韻が残っていた。
温もりでも、痛みでもない。
ただ、確かに "誰かがいた" ——そんな気配。
→Good morning, Human No.100
壁面ディスプレイに、定型の挨拶文。
彼は応じなかった。
ただ、その言葉が"空虚"に感じられた。
今日も世界は変わらない。
だが、彼の内側では、何かが静かに "ずれて" いた。
この違和感が、後に“例外”と呼ばれるものになるとは、誰も予想していなかった。
No.100は静かにベッドを降りた。
足元の床は、体温に応じて柔らかく変化する。
快適さのためではない。
転倒防止と、加齢進行の補助機能。
洗面台の前に立つと、鏡状のモニターが起動する。
SYS: バイタルチェック開始
→心拍数:安定 呼吸パターン:標準 感情波動:検知せず
「……検知せず?」
彼は眉をひそめた。
胸の奥には確かに、波のようなものがある。
だが、AIはそれを “無” と判定した。
——これは、ただのノイズなのか。
No.100は着替える。
グレーのワンピース型ユニフォーム。
個体番号以外の識別はない。
色も、形も、素材も——「感情を刺激しない」ことだけを目的に設計されている。
部屋の扉が、静かに開く。
真っ直ぐに伸びる無音の廊下。
対面から、別の個体が歩いてくる。
No.058
すれ違う、その一瞬だけ目が合った。
言葉は交わされない。
会話は必要とされていない世界。
だが、その短い交差に、何かが通じたような気がした。
彼は思わず振り返りそうになる。
——いや、気のせいだ。
食堂へ。
トレーを受け取り、無味のゼリー状栄養食が配膳される。
味はない。
だが、必要なものはすべて含まれている。
他の個体たちも、黙々と食事をとる。
目も、言葉も、交わされない。
ここには “人間同士” という関係性は存在していない。
ふと、彼の手が止まる。
喉元に、あの "夢" の余韻が、まだ微かに残っている。
夢の中で、誰かが——名前を呼んだ。
そんな気がする。
けれど、自分には名前などなかった。
Human No.100
それが、彼のすべて。
……それで、いいのだろうか?
彼は、自分の胸に問いかける。
そして気づく。
その内側で、確かに "かすかな揺れ" が生きている。
それは、データにも、記録にも残らない。
ただ "存在" の奥底で響いている、名もなき "感情のざわめき" だった。
——Still breathing... → Episode_002——