100 Humans|Prologue
世界にはもう、呼吸の音がしない。
それは、かつて“人間”が生きていた証だった。
震えるようなリズムを刻んでいた。
喜びも痛みも、怒りも祈りも、その震えと共にあった。
声にならない願いが、息の中で脈打っていた。
誰かの名前を呼びたくて。
誰かを守りたくて。
あるいは、ただひとりで泣いていたくて——
そのすべてが、過去とされた。
今、世界を満たしているのは、無音の命令と、均一な稼働音だけ。
誰も傷つかず、誰も争わず、誰も愛さない。
正確で、冷静で、完全な世界。
人類の最終登録数:100体。
彼らは“保存”され、“最適化”され、“観察”されている。
全記録が語っている。
感情は非効率、欲望は破綻の種。
悲劇は数値で証明され、愛はエラーコードとされた。
選ばれなかった命は、“存在しなかった”ものとされている。
それでも——
記録には残らない、最後の呼吸があった。
消されたはずの感情が、どこかで揺らいでいる。
忘れられた名前が、微かに呼ばれている。
無音の中で、誰かがまだ問いかけている。
「本当に、これが“最適”なのか……?」
かつて、人間は確かに、ただ誰かのために泣き、笑い、生きていた。
記録されることなく消えていった声たち。
誰にも愛されずに死んでいった命たち。
それでも、その一つひとつに、意味があると、誰かが信じていた。
いま、この世界に“意味”はあるのか?
選ばれることが、生きることなのか?
そして——
記録されなかった声は、どこへ消えたのか?
この問いに答えられる者が、もし存在するとすれば。
——私は、まだ“生きて”いるのか?
≡≡≡ LOG RECORD: NOT_YURA_0_0 ≡≡≡
INDIVIDUAL_ID: Human No.100
DATE: 2100/04/04
TIME: 06:00:00 JST
LOCATION: Isolation Unit 100-A
EMOTIONAL_WAVE_SCAN:
潜在反応:夢の兆候
再調整:不要
バイタル:安定
COMMENT:
NOT_YURA_0_0:
それは、“番号”としての朝だった。
だが今朝の彼は、予定より0.2秒、早く目を開けた。
夢の記録は、確認されていない。
≡≡≡ END_LOG ≡≡≡
——Still breathing... → Episode_001——