「淋しの【魔】」-續・ロボテオ顛末記-
〈春闌けて物音もみな春の音 涙次〉
【ⅰ】
わたしは孤獨に苦しんでゐる。-この「空間」を訪れる人はゐない。
わたしは宿命に苦しんでゐる。そんなわたしの事を皆は「はぐれ【魔】」と呼ぶ。
たつた一人でこの「空間」に閉ぢ込められ、哀しみを友とし、生きてきた。
わたしは「淋しの【魔】」。何故なら孤絶に喘いでゐるから...
【ⅱ】
安保さん、ロボテオの誕生日パーティを開く、と云ふ。もうあれから一年経つのだなあ、時の移ろひの速さを、テオは感じた。
安保「どうせ妻・勝子はその日も留守だらう。本当に此井くんちみたいに、夫婦仲よい人は羨ましいよ」。一抹の淋しさを、ロボテオが拭ひ去つてくれる。そんな大事な存在-
さうだ、とテオ。安保さんに、ロボテオ2號機の發注、してみやう。僕がタニケイ業で忙しい時用の、スペアのテオ。案外、小説も彼・ロボテオ2號が書いてくれたりして... くひゝ。テオは内心、笑つたが、猫には表に表す、笑ひ、と云ふものはない。
「安保くんとこは、丁度1年ぶりになる」ロボテオ誕生、そして「ボウガン惡魔」退治。じろさんは、安保さんとは古い付き合ひ。じろさんが大藏官僚をしてゐた頃、優良中小企業の視察團の中に混じり- それ以來の仲だ。安保さんは当時は職人たちのヘッド。若くして、天才技術屋の名を恣にしてゐた。「刺青入れてる、気合ひの入つたお役人がゐる、と云ふ。貴方の事か?」さう云つて安保くんは接近してきたのだつたつけ、この俺に。その株式会社貝原製作所も、今年東証一部上場を果たした。
【ⅲ】
さて、それでもパーティはなかなか賑々しいものだつた。カンテラ一味、カンテラ、じろさん、テオ、悦美、杵塚、牧野、由香梨、でゞこ... 今では8人(?)を數へる一味。いつの間にやら人數が増えた。それも、年月のせゐだらうか。
ロボテオは、本物のテオみたいに、グレイの猫用タキシードを着せられ、鎮坐してゐる。テオのことは「兄サン」と呼ぶので、テオには可愛くて仕方がなかつた。
じろさんには然し、一つ氣になる事があつた。安保さん宅には、あの日「ボウガン惡魔」を引き摺り出した、あの三面鏡がまだ現存してゐた。安保さんには内緒で、じろさん、カンテラに顎でそれを指し示した。カンテラ「うむ」-妖氣は、相變はらず、漂つてゐる。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈【魔】と生まれその境遇を嘆くより人間界に身を投じてみよ 平手みき〉
【ⅳ】
わたしのこの「空間」を眺めてゐる、四つの目- カンテラ、と此井の目。
わたしを救ふ為? いやそんな筈はない。
わたしをきつと退治する... 滅びの唄を歌ふ者ら。わたしの孤獨感は癒へず、わたしを成佛させやうと、刀を拔き、あの恐ろしい體術を使ふ... そんな二人。
あゝ恐ろしい。わたしは「空間」に一人、閉ぢ籠る。
【ⅴ】
結局、その夜は何も惡い事は起きなかつた。安保さんは強か酔ひ、「美酒なり」と云ひざま、寢てしまつた- ロボテオは心配さうである。「ダイジョブ、ダイジョブ。ちよつとお酒が過ぎたゞけだよ」テオはロボテオに云つた。
「問題は- 」「奥さん、か」「さうだ。三面鏡を使ふ者と云へば、勝子さん以外にはあるまい」そんなカンテラとじろさんの囁き。「注視して置くに、強くはないな」
【ⅵ】
わたしの、この身の原型となつてゐるのは、勝子-
安保宙輔の妻だ。
あちこち飛び回る、忙しい身を誇つてはゐるが、内心恐るべき孤絶感に悩まされてゐる。
夫婦仲? わたしを生み出したぐらゐだから、惡い、と云つてもよい。
たゞそれに、互ひに、(腫れ物に触る如く)触れないだけ。
嗚呼、亭主族の鈍感な事よ! 妻はいつも勞ひの言葉を待つてゐる。
そして、わたしも獨り。勝子を攫つてやらう。わたしは、そんな「淋しの【魔】」。
【ⅶ】
勝子は久し振りに安保の家でゆつくりしてゐた。安保さんはぐうぐう寢てゐる。だうせ、酒が過ぎたのだらう。
それにしても、あの「ロボテオ」。氣持ち惡いつたらありやしない。あんな、機械の猫に、人間以上に愛情を注いでゐるなんて-(勝子は飽くまで、自分が淋しいなどゝ、ゲロしない。)
と、
にゆうつ、と彼女が向かつてゐた三面鏡から、腕が伸びてきた。「あ、た、助けて!!」
その聲に目醒めた安保さん。然し、勝子の姿は、消え失せてゐた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈桃李下よ忘却は即人の性 涙次〉
【ⅷ】
安保「た、大變だ、勝子が...」じろさん「安保くん、落ち着いて。我々はウォッチしてゐたんだ。本当は、勝子さんだつて淋しいのさ。そこを、【魔】に付け入られた」
さて、とじろさん。「カンさん、行こか」カンテラ「ラジャー!」
【ⅸ】
わたしを... 滅ぼすのか、それは一種の救ひかもね。カンテラたちが、來る。足音がわたしには聞こえる。
勝子は大事で、わたしの身の上などは、全然訊いてくれない、人間たち。
それぢや、わたしは、だうなるの? 問ふても、一向に答へはない。
勝子はわたしが殺す。一蓮托生とは、この事だ。
【ⅹ】
「安保くん、やはりこの三面鏡を放置したのは、あんたの間違ひだつた」とじろさん。「だうやらそのやうだ... 面目ない」カンテラ「まあ、俺たちに任せて下さい。依頼料替はりに、テオにロボテオ2號を造つてくれゝば、それで(いゝ)」
カンテラ、印を結び、何やら經の一節を唱へる... たちまち、カンテラ・じろさん、二人の姿は、鏡に吸ひ込まれた。
「【魔】よ、おとなしく勝子さんを返せば、お前の命は取らない」とカンテラ。【魔】「嘘だ! お前たちには『滅びの唄』の臭ひがぷんぷんする」じろさん「さう云ふのなら致し方ない。強硬手段だ」
勝子の身はじろさんが無事、保護した。カンテラ、拔刀し、「そんなに淋しいのなら、地獄で仲間を見付けるがいゝ。しええええええいつ!!」
【ⅺ】
やはりわたしは何処までも一人。生きても、死んでも、獨りきり。
だうやらその命數も盡きたやうだ。さやうなら、わたしの「空間」よ。
ぷつ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈時空なる廣がりのみが名殘りたりお前生きよと脊中を押すさ 平手みき〉
The end of the story.