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新幹線

作者: 白井寧々



「うわあ楽しみ~」

「そうだね」


今日から3泊4日の修学旅行が始まる。


こう言うと驚かれることが多いが、私は仏閣や街中を散策したりするよりも、こうした移動時間が好きだった。次々と変わる景色を見ながら他愛ない話をしたり、何が楽しみか語る時間は穏やかで、疲れたりすることはないからだ。


「あ、智香、窓側でいいよー」

「えー...?でも景色見るの好きじゃん、由里。」

「あはは、いいんだって。大丈夫大丈夫。酔いやすいんだから黙って窓側に座っときなー」


遠慮する智香を窓側に座らせ、座席について飲み物やお菓子を出す。

新幹線はバスや飛行機よりも安定していて心地いい。

私はワクワクしていた。


「お菓子食べるの?まだ朝の7時だよお」


智香が野暮なことを聞いてくるが、これから三時間で移動するのだから途中でおなかがすくことだってある。


「いいのいいの。ほら、出発するよ。」


新幹線が動き出した。この1号車は私の学校の生徒で座席が占められており、ほかの乗客に気を使う必要がない。

みんなはしゃべったり笑ったりして、車内は騒がしくにぎわっていた。




「ん...、あれ、寝ちゃってた...。」


昨日の夜楽しみで寝れなかったこともあってか、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

智香を見るが席にいない。お茶はホルダーに入ったままだ。トイレにでもいったのだろうか?


通路側に座る私は邪魔になっただろう。申し訳ない気持ちだったが、車内のちょうどいい温度、雑音、揺れが眠りを誘って、また眠ってしまった。





「智香...?」


智香の声が聞こえた気がして目を覚ました。

しかし隣は依然として空席のままだ。そこで、車内から騒がしさがなくなっていることに気が付いた。

みんな寝てしまったのだろうか?

これから修学旅行だというのに、みんなが同じタイミングで眠ることなんてあるだろうか。


「ねえ魁。智香知ってる?」


通路を挟んだ席に座る魁と亮太に声をかけてみるが、二人は肩を寄せ合って小さな声で話している。

私の声は聞こえていないようだ。

もう一度声をかけるのも気が引けて、智香の席を見る。


「酔っちゃったのかな...。」


智香はたしかに酔いやすいが、黙って席に座っているなら酔い止めを飲めばよかったはずだ。

私がどのくらいの時間寝ていたかはわからないが、体感時間的に少し智香が心配だ。


智香の座席に予備としておいてある酔い止め薬を見ながらため息をついた。


「あのさあ、もし智香見てたら...」


魁にやっぱりもう一度声をかけて、止まった。


魁と亮太がいなくなっていた。

座席には修学旅行のしおりとパンフレットが残されている。それにペンとメモ用紙だろうか。


二人が立ち上がる気配や、移動する音は全く聞こえなかった。

車両の音がかき消してしまったのだろうか?


嫌な胸騒ぎがして、座席から身を乗り出して1号車後方を見た。


みんなは体を折りたたんで、頭と膝を一緒に抱えている。

静寂。


ドクンと心臓が跳ねた。


「ゆーり。」


背後から智香の声がした。

振り返ると前方に智香が立っている。


「どうしたの?」

「え?これ、なに?」

「これってなんのこと?」


ザワッ

車内が途端に話し声や笑い声で満たされる。


「え?だって今。」

「ちょっと由里、まず座らせてよお」


智香がちょっと不満そうに私を見下ろした。

慌てて膝の向きを変えて、智香が通れるスペースを作ってやると智香は「ありがとう」と言いながら座席に滑り入る。


「と、智香。どこに行ってたの?」

「ん?トイレだよお」


なんでもなさそうにお茶を飲む智香に、少しだけ心が落ち着いた。

先ほどから何か変な雰囲気が流れているように感じていたが、智香だけは普通だ。


「あ、あ、そうなの?長く...なかった?」

「え?そうかなあ。そうかもね。なかなか解放されなくて。」

「解放って、あはは、汚いなあ」


笑って智香の顔を見る。


智香は真顔だった。

感情の入っていない瞳で私をまっすぐに見ている。


「と、智香?」

「寝なよ。由里。どうせ覚えてないんだから。いろんなこと。」


智香の声に視界が揺れる。急な睡魔が意識を支配する。

なんなの?これ?智香は知ってるの?そんな疑問が口をつくことはなく、私の意識は落ちた。


智香が立ち上がって、なにかを言っている気がした。








「…り、由里!」


智香の声に意識が覚醒する。

新幹線の中。この席。


「とも、か。何?どうしたの?」


智香は顔を青くしている。小さな口はぶるぶると震えていた。


「まえ、前見て!どうしよう由里。」


智香はなるべく小さな声を心掛けているように叫んだ。その手が前方を指さす。私にも緊迫感が伝染して、背を伸ばして前方を見た。


「え、なにもないじゃん。」


いつも通りの車内。ざわめき。


智香を見ると、普通の顔をしている。

先ほど見た気がしたあの異様な風景は、私の夢だったのだと気が付いた。


「由里。行こう。次の駅で降りるんだって。」


智香はほほ笑みながら言った。

優しい目が私を貫いた。


「次?まだ東京駅じゃないよ。あと、2時間以上あるよ。」


変なことを言っているのは間違いなく智香なのに、有無を言わせぬ雰囲気に少し動揺する。

私にわからないことを言っている気がする。


「なんかね、問題が発生して、急遽次の駅で降りるんだって。」


新幹線の速度が遅くなる。あと少しで止まるのだろう。しかし私はもちろん智香ですら荷物を持っていない。


「え、え、何?なんか買いに行くの?荷物は?」

「荷物なんか持ってたらドアがつっかえちゃうかもでしょ?いいから、行こう。ほらみんな出てるよ。」


魁も亮太も、ほかのクラスメイトもみんな立ち上がっていた。

しかし当然のように誰も荷物を持っていない。

新幹線の扉が開いて、みんなは車両の外に出る。


その瞳は固く、なにかを決意しているように見えた。

分からない。何をしているのか。私が知らないことをみんなは共有している気がする。


私が、のけ者にされている?

頭が揺れて、気分が悪くなった。言いようもない不気味な感覚に支配される。


「由里。早くして。」


智香にせかされて席を立つ。智香が通路に滑り出た。


「ま、待って智香。」


急な吐き気に襲われた。酔った。この感覚を思い出す。

なんで?酔い止めは飲んだのに。


床に手をついた私を、智香は誰もいなくなった車内で一人見下ろしていた。


「そうだよね。由里、酔わないわけじゃないもんね。場酔いもしやすいし、立ち上がったら吐いちゃうもんね。」


智香は他人事のように話した。


「と、智香。」


たすけて、と伸ばした手を、智香は無表情に見下ろした。


「それで、由里は生き残ったもんね。」


何の話をしているのかわからない。

どうして助けてくれないの?ドアが閉まってしまう。


智香は歩き出した。ドアの外に消えていく。


這いつくばって動こうとした。目の前でドアが閉まった。


智香と、クラスメイト達が私を見下ろしていた。

どうして?

何が起こっているの?私だけ生き残ったって、どういうこと?






三号車のドアが開いて、3人組の覆面が現れた。体格がいい。目つきが鋭かった。


「あれえお嬢ちゃん、どうしたの?降りれなかったの?」


一人で席に座る私に気が付いた一人が、私に声をかけた。

にやにやした顔と猫なで声が鳥肌を立たせる。


この新幹線は、ジャックされる。


私はその時も、こうして男に目をつけられて、人質として連れていかれかけた。

ナイフを取り出す男が怖くて怖くて、命の危機だと分かった。


私はとっさに、隣に座る智香を指さした。


智香のほうが酔いやすい。人質として扱いやすい。

そう話す私に目を丸くしていた智香は、黙って連れていかれた。

私を振り向くことはなかった。


そのあと、魁と亮太が智香の代わりになった。


最初は男だからと警戒されていたが、それならばと二人の腕を銃で撃ち、使えなくしていた。

私は偶然か、男の目に留まったか分からないが、警察に要求を伝えるために次の駅で解放された。


私は犯人たちの会話をすべて警察に伝えた。

彼らが話すなと言っていたこともすべて。私は解放された点について、クラスメイトや同級生の命を担う責任感があると思っていたし、正義感に基づいて行動した。


犯人たちは自害した。

三号車の生徒はみな道連れになった。


私だけが生き残った。





両の腕からとめどなく流れる血を見やる。

床には血だまりができて、頭がくらくらしてくる。出血多量という言葉が脳をかすめた。


私はこれからどうなるんだろう。


血が流れて意識がなくなるのが先か、犯人たちは自害するのだろうか?

クラスメイトは、なにかしてくれるのだろうか。

私のように全てを警察に話すのだろうか。


彼らが、仮に、ありえないことだが、記憶をもって死に戻ったとしたら、私は彼らに恨まれているのだろうか?


ただ偶然生き残っただけではなく、友達を売った人間を。


智香の目を思い出された。


私はこれから...








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