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苦手な方はご注意ください。

星野満の異世界転生・転移シリーズ

魔王の花嫁 俺が奪っちゃいました~!

作者: 星野 満

※とてもお気楽な「異世界転生」です。少しでも楽しんでいただけると嬉しいです<(_ _)>


※ 2025 4/12 追加修正しました。

※   ※   ※


俺は香山雄三(かやま・ゆうぞう)

ひとりっ子なのになぜか雄三と名付けられた。

あ、日本人だ。

年は25歳。彼女なし。

両親も既に亡くなって一人暮らし。

大学を卒業して、大手建設会社の企画部に勤務している。

我ながら孤独な男で毎日働いて、マンションに帰って寝るだけの日々。

俺から仕事を取ったらなにも残らないかもしれん。


今日も遅くまで残業で終電間際の午前0時の帰り道。


会社がある新宿駅付近の歩道橋。

階段を降りる際に、突如ものすごい頭痛が俺を襲った。

俺は目の前が真っ暗となり、階段からまっさかさまに転げ落ちた。





う……なんだ、なんだか頭が濡れてる? 


……ひんやりと冷たい感覚だ。


ああ、頭から血がどくどくと流れているのか?

駄目だ……良く見えん……どんどん意識が遠のいていく。

誰か……駄目だ。誰もいない……


どうやらここで死ぬ……のか。

うん、だがなんだろ……昔よく見た、このシチュエーション。


……だよね。アニメとか漫画やゲームで……


そう、()()()()で俺はこの時、死んだ……のだ。



──暗転。


※ ※ ※


気が付いた時、俺は見知らぬ世界へ転生していた。


そこは鬱蒼(うっそう)とした夜の森の中。


「ホーッ、ホーッ」どこかで(ふくろう)の鳴き声がする。


俺は大の字になって夜空を見上げた。


──おお美しい。ひときわ輝く眩しい満月だ。


空をゆったりと見上げるなんて、何か月ぶりだろうか?


俺はとても巨大な満月に見とれた


現実世界よりも大きすぎる満月だから、こんなにも森を幻想的に明るく照らしているんだ。



成る程、これが(ちまた)で聞く“異世界転生”というやつだな。


なぜだか、俺は自分の身の上にかかった不思議な現実を即座に理解した。


昨日は新宿の歩道橋で歩いてたのに、今は生きて別世界の森中で夜空を見上げてる。


なのに妙に落ち着いた自分が不思議だった。


「はあ、異世界転生って本当なんだな!」


『ご名答、ユーゾー様、気が付きましたか。ピピピ……』


「!?」


──何だ?


何やら空から、丸い円形の光る電子音の物体が突然現れた。


──スライム?


バレーボールくらいの大きさの黄色いスライムが、フワフワと空中遊泳しながら俺の上空でピタリと止まった。


『ご名答。ユーゾー様、気が付きましたか。ピピピ……』


機械的に同じ言葉を繰り返す。


──うむ、スライムが話せるのか?これは僥倖(ぎょうこう)だな。


スライムであれど意思の疎通がはかれのは僥倖だ。


さすが便利な異世界だ。


これは一応挨拶せねばと俺は立ち上がった。


「初めましてスライム君。早速だが君は異世界人の俺と会話ができるのか? そしてこの世界では俺はユーゾーと云う名なのか?」


『はい左様でございます。会話でご命令やご質問ください。──それから恐縮ですが、私はただの森のスライムではありません。これでもれっきとした魔法使いでありんす。勇者ユーゾー様の専用下僕(しもべ)ざんす。名は“天丸(てんまる)”と申します。どうかよろピクピ……』


──ありんす、ざんす、どうかよろピクピ……?


俺は目が点になったが見知らぬ異世界。

俺の下僕(味方)というのなら、ありがたく受け入れよう。


「さよか、んじゃよろしくな。ではこれから君を“天丸”と呼ぼう」


「あなた様はマスター、私には“君付け”はいりませぬピピピ……」

と、スライムはのっぺりとお辞儀をした。


「相わかった…では天丸よ。ここは何処(どこ)なのか、異世界あるあるお決まりの説明をよろしく頼むよ」


『はい、ユーゾー様。ここは“異世界ナンバー7”です。ピピピ」


「異世界ナンバー7?」


『そうです。別名「魔王が支配した最悪な暗黒世界」ですピピピ……』


「あれ? それってもしかして……」


『そうです。ピピピ……気が付きました?』


「ああ思い出した、ここって確か俺が10歳の時、友人たちと創った小説の異世界か?」


『ご名答! 貴方様が少年の時にお書きになった小説“7つの異世界”です。ピピピ……』


「という事は、俺が書いた小説の主人公に転生したわけか?」


『ご名答! これからあなたは“勇者ユーゾー様”となって、ある国のお姫様を救出する任務があります。ピピピ……』


「お姫様? ちょっと待ってくれ。お姫様なんか書いたっけ?」


『ブーブーピピ……ご自分で書いた小説の内容を忘れてしまったんですか? ピピ……』


天丸スライムは残念がって口を少し尖らせた。


──あ、スライムでも口があんのね。のっぺらぼうかと思いきや。



「う~ん、なにせ15年もたってるからなぁ。俺も大人になって、とっくに忘れちゃったよ。なぜかタイトルは覚えてたんだが……」

俺はポリポリと頭をかいた。


『まあ、子供の頃に書いたもんですしね、おいおいに行動していけば、多分それとなくご自分で思い出しますよ。ピピ……』


──はは、なんだかこのスライムは、とても人間臭い回答するな。


それにしても10歳の時とはいえ、我ながらよくこんな小説を書いたものだ。


確かあの頃、友人たちと“異世界漫画ごっこ”が(ちまた)で流行って、冗談半分で俺がストーリー書いて友人が絵(漫画)を描いたんだ。


創りながら「良くこのキャラはどうのこうの、この世界はこうしよう」とかワイワイ楽しかった記憶がある。


まさかその小説が現実の『異世界転生』になるなんて夢にも思わんかったがな。


よくよく考えてみればおかしな話だ。



※   ※   ※


今回死んでわかったが、不思議と前世に未練がない。


多分、俺を待ってる人も友人も誰もいないからだ。


仕事だって多忙でも、俺がいなければ成り立たない訳では無い。


子供の頃が一番幸せだった⋯⋯

あの頃は、父さんと母さんも元気だったし。


一人っ子だったけど、小学生の頃は幼馴染の友だちが沢山いた。


変わったのは中学受験からだ──。

エリート系の私立中学に入るために、塾通い、遮二無二(しゃにむ)に勉強して合格した。


だが仲良しの幼馴染はことごとく落ちた。


いつしか彼等と疎遠になり、そのままエスカレータ式の高校と国立大学へ進学した。


大学4年の時悲しい事件が起きる。


両親が海外旅行で交通事故にあい、あっけなく死んでしまったのだ。


それも母が信じていたお釈迦様(しゃかさま)の寺院のあるインドでだった。


あの時──母さんが死んで相当落ち込んだ。

父は単身赴任が多くて、いつも側にいたのは母親だったせいもある。


まあマザコンだったんだろう。


両親は生命保険に入ってたので、生活には全く困らなかったけど心は孤独だった。


家族を失った悲しみを忘れたくて必死で就職活動したっけ。

そのおかげか、一発で第一希望の建築会社に内定。


そのまま家族と暮らした一軒家も売り払い、都内にマンションを借りて就職した。


エリート街道まっしぐらに、仕事は順調。

傍目には順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に見えても弱肉強食の世界で、心はどんどん()びていった。


仕事が多忙すぎて、ビジネス上の付き合い以外は大学時代の友人たちも閉めだした。


気がついたら、飲み友達も遊び友達も俺の周りには誰もいなくなった。



※   ※   ※


『ピピ……どうしました、ユーゾー様。どうか天丸に指示願います。ピピ……』


「あ、すまん。少し考えごとしてた」


──前世の事を考えてたら何だか切なくなっちまったよ。うん考えても仕方ない、気持ち切り替えよう!


「で、天丸よ、俺の恰好ってリーマンスーツじゃん。異世界らしい服とか武器のアイテムとかくれなの?」


(かしこ)まりました。ピピキューン!』

と天丸は変てこな鳴き声をした途端、俺の周りは金色に光りだした。


そして俺の姿は一瞬で勇者風のスタイルに変身した。


若草色のシャツと、ぴっちり足腰にみあった同系色のパンツ。

その上から厚手の茶色のロングジャケットを纏っていた。

手も黒皮のグローブをはめていた。

腰には銀のピカピカ光るショートソードを、黒ベルトでカッコよく差している。

足には膝まである、こげ茶のロングブーツを履いていた。


勇者にしては全体的に軽装備だが身軽でいい。


俺は気に入った。


「ウン、服装はいいが、このショートソード(小剣)だけでは魔物と戦う時は心許(こころもと)ないなぁ」


不服そうにいうと『ピピ……大丈夫です、ユーゾー様。一度、腰からショートソードを抜いてみてください。ピピ……』


「ん、こうか?」


云われた通り、腰ベルトの(さや)からショートソードを抜いてみた。

グリップには赤青の宝玉が、はめ込まれていてキラキラと光彩が美しい。


「おおっ!」


抜いた途端にショートはロングソード(長剣)となり、剣の幅も一回り大きくなった。


両手で剣を持つと「ビイイイィンン……」と刃から電子音の振動が手にジンジン流れた。


意外だったのはロングソードになっても、重さはショートソードと同じで変わらない。


俺は嬉しくなって軽々とロングソードを片手でビュンビュンと思いっきり振った、


──楽しい、なんて軽いんだ!


すっかり俺は子供のようにはしゃいでしまう。


「おお、なんだか昔みた映画「スタア・ウォーズ」のルーク・スクーターオーカーになった気分だな!」

とケラケラと愉快に笑った。


そしてロングソードを元の鞘にしまうと、またショートソードに戻った。


「天丸、これはいい!抜くとロングになってしまうとショートか。なかなか携帯用に適している。それに抜くと風を切るように軽くて速い!軽いが固いモノも一瞬にして切れそうだな」


『ピピピ……お気に召されて良かったです。魔物を退治する時は、刃色が銀から金褐色に燃えて美しいですよピピピ……』


天丸がとても自慢げに説明した。


「ああ、そうだった、思い出したよ。強敵と戦うたびにソード自体が強くなっていく。“生きた剣”という設定にしたんだったな。魔物を斬れば斬るほど剣自体が強くなっていく!」


『左様でございます。ピピ……お話ばかりしてると夜が明けてしまいます。ユーゾー様。時間がありません。そろそろお姫様の救出に出かけましょう。ピピピ……』


「分かったよ、それでどうやっていくんだ?」


『私にお任せください、ピピピ……ピピピ……出発~つ!』


「え──おいおい?」

と、突然、足元に六芒星(ろくぼうせい)の銀色に光る魔法陣が地面に現れて、そのまま体の周りをぐるぐると上に旋回していった。


そのまま、俺たちは一瞬で、その場から消えた。




※   ※   ※


黄色いスライムの“天丸”が転移魔法を使用したのか、視界が真っ暗になった途端、ほんの何秒かで、あっという間に、暗く薄気味悪い古城の高い塔の中にいた。


『ピピピ……到着しました、到着しました。魔王の城の中です。ピピピ……』


「お、もう着いたのか?」


『はいピピ、ですが着いてものんびりできません。私のピクチャーには6匹の魔獣が部屋に居ますので、ユーゾー様は転送バリアーが外れたら、直ぐに剣を振って即、魔獣を殺してください!ピピピ……それでは、ハイッピピ!』


「ええ〜、何だって!?」


天丸に聞き返した途端、真っ黒い狼の姿の魔獣が、目の前に6匹も一度に現れた!


「うわああああ魔獣かい~、転送しょっぱなからか~!!」


「ガルルるるぅ……」


「ガルルるるぅ……」


「ガルルるるぅ……」


(おおかみ)魔獣たちは、ギラギラと赤い眼を光らせて、俺を威嚇(いかく)するように唸っている。


「「グオォーーッ!」」と、一度に6匹共に襲いかかってきたが、俺は素早くロングソードを抜いて、目にも止まらぬ速さで、狼魔獣たちをバッタバッタとあっという間に斬り殺した!


「キャーンッ」

「クゥ……ッ」

「クゥ……ッン」


俺が斬った途端に、狼の魔獣たちは子犬のように可愛く泣き叫ぶ。

狼魔獣は俺の剣に斬られたところから、金赤色にジリジリと燃えて塵となって消えた。


『ピピ……いやぁユーゾー様、お見事です。ピピ……パチパチパチ……』


天丸は拍手しているのかとても喜んでいる。


「いやぁ、それほどでもないが、うん、はあはああ⋯⋯」

と口では軽くいったが、顔面は冷や汗ダラダラだった。


──げえ、天丸の奴、到着するの余りにも早すぎんだよ、()()()()から到着した途端、魔王の城?──おまけに狼魔獣まで出てきやがった!


それにしても、今の俺の剣さばきはチートすぎじゃね?


勇者とはいえ、訓練もせずに獰猛な魔獣をやっつけるなんてチートという以外ない!


俺にとっては、狐に化かされたように、異世界あるある不思議なジェットコースター体験だった。


──それにしても10歳の俺ってなかなかの想像力豊かじゃないか。

あの頃流行ってたアニメを勉強そっちのけで友達とみてたせいだろうな。


俺ってすげー!

子供の発想すげー!

今の社畜の自分には思い付きもしないぞ。


※   ※   ※


狼魔獣がいなくなり、今度は部屋の中から「う、うう……」と人の(うめ)き声が聞こえてきた。


部屋の中は薄暗くて、最初良くわからなかったが、目が部屋の暗さに馴れると、そこは石造りの頑丈な牢屋だった。


天窓はずっと上の方にあって、普通の人間では届かない。

まさに内からは逃げ場のない牢獄部屋であった。


奥の隅から(きし)む音がしてみるとベッドがあった。


ベッドに近づくと、まっ裸の若い女が横たわっていた。


両手首には、重い鎖でベッドの柵に(つな)がれていて、女の口には白い布の猿轡(さるぐつわ)()められていた。


腰下まで長い豊かなブロンド髪のおかげで、女の胸と下半身の大切な箇所が隠されていた。


「!?」


──うわあ、これってどういう状況なんだ!


俺はビビった!

恥ずかしながら俺は前世でも若い女性の裸など親以外、見たことがない。

ぶっちゃけ25歳にもなっても恥ずいが未だに彼女もいない。


言い訳になるが、中高と男子校だったし大学も勉強第一で合コンすらいかない堅物だった。


とにかく女性が苦手だった。意識しすぎた。


大学時代も女の子たちを見てるとカチコチになった。


昔から漫画やアニメのイメージで「女神」だの「お姫様」だのと女の子を神聖化しすぎたのかもしれない。


とどのつまり、俺は女を知らない“童貞”なのだ。


その俺がこんな裸のブロンド美女見たらさぁ、頭に血が上昇して“鼻血ブー”じゃん!


──あ、ヤバ……まずいぞ! 

と俺はとてもじゃないが、彼女の裸体から慌てて目をそらした。


『ピピ……ユーゾー様、顔がとても真っ赤ですが、どうされました?ピピピ……ウフ…ピピピピ』


──天丸の奴、なんだよ「ウフ」て、それにいつもより「ピピ」も多いぞ!


どうやらこいつ俺の心を読んでやがる、スライムのくせに面白がってんな!


「おい、天丸、彼女はなぜ裸体(はだか)なんだ……さすがに目の保養というか──いや目のやり場に困るだろうが」


『ピピピ……(笑)ユーゾー様。彼女がシルビア姫様です。ホレ早く助けてあげてください。ピピピピ……』


け、天丸は俺の質問を無視した。


こいつ、ますます俺をおちょくって楽しんでいやがる!


「ああ、わかったよ」


──そうだ、俺は異世界では勇者ユーゾーだったんだ。


現代人の童貞男、香山雄三ではない。


ここではお姫様を助けにきた勇者なのだ、俺は俺の任務を果たさねばならない!


よこしまな気持ちは捨てろ!


俺は覚悟を決めて開き直った。


そのまま何事もなかったかのようにシルビア姫に近づいて、着ていた自分のロングジャケットを脱いで彼女の裸体に(かぶ)せた。


そして両手首の(くさり)もソードで切って、口の布の猿轡(さるぐつわ)もそっと外す。


──勇者らしく騎士らしく、内心心臓は高鳴りつつ、淡々とやること専念した。


「ゴホ、ゴホ、ゴホっ」

とお姫様は何とか起き上がった途端、咳き込んだ。


とても苦しそうだ。


「あ、水か……」

俺が言った途端に、不思議と片手には水筒が突如現れた。


『ピピピ……早く飲ませてあげてくださいピピピ……』


天丸スライムが用意してくれたらしい。


「わかったよ。お姫様、お水です。良かったら飲んでください」


シルビア姫は起き上がり、俺の差し出した水筒を持ちごくごくと飲んだ。


かわいそうに……よほど喉が渇いていたと見える。


「ああ、美味しいですわ。見知らぬ殿方。喉が渇いていたので助かりました!」


シルビア姫は水を飲んで落ち着いたのか、俺の顔をじっと凝視した。


彼女の瞳は深いブルーアイズで、唇はバラ色、身近でみると増々若くみえて、吸い込まれそうになるくらい綺麗だった。


俺は、見つめられて目を逸らした。

ドキドキしながら聞いた。


「あの⋯⋯大丈夫ですか、それにしてもなぜ貴方は裸でいる?」


「あ……魔王が私を裸にしたんです。ドレスを着てるとナイフや毒薬を袖に隠し持ってると判断したのでしょう。私が(すき)をみて自死させないためです──実際、私は魔王の花嫁になるくらいなら死ぬつもりでいましたの。魔王はそのことも心得ていて、私の服を脱がせ裸にして猿轡(さるぐつわ)もさせたんです」


「その……あ、あなたの()()はもう……魔王に⋯⋯」


『ピピピピーーピー、ユーゾー様、お言葉を慎みなさい。ピピピピーー』


すかさず天丸が「ピーピー」うるさく注意喚起した。


「あ、悪い。つい……」


「いいえ、かまいませんわ。幸いまだ何もされてません。なぜか魔王も結婚の儀式をした後でないと、私に手をだせないようなのです。それでも服を脱がされて裸になった私の体をジロジロと舌を垂らして厭らしげに見てました──私はそれだけでも死にたいくらいの屈辱でした」


シルビア姫は両手で紅い頬を触り、長いまつげを伏せて瞳は潤んでいた。


「そうだったのですね。辛い話を聞いてしまい、どうかお許しください。私はユーゾーと言います。これでもここでは勇者だ。詳しい話は後にしますが、貴方を助けに来ました」


「私を?」


「ええ、早くここから退散しましょう」


「でも下には魔王の手下の魔獣たちが、沢山いて私を見張ってるのです。とてもこの高い塔からは脱出は……あっ!」


シルビア姫は、ここで初めて気がついた。


俺はニヤリと笑った。


「そうです『転移魔法』でここへ来ました。出る時も同じ方法だから心配ありません」


「転移魔法なんて……凄いですわ」

シルビア姫は大きな目をパチパチさせた。


「ま、私でなくここにいる“へんてこスライム”が転移魔法を使えるんだけどね」


『ピピピ……ユーゾー様、私をヘンテコとはけしからん! シルビア姫様、はじめまして天丸と申します。貴方を助けに来ましたピピピ……』


ちょっと怒った天丸。


「ユーゾー様、天丸様、ありがとうございます。私はこのクリスタル王国の第一姫のシルビアです、どうか訳は後でお話し致しますので、貴方様方の魔法で私を脱出させてください。あの醜悪な魔王に凌辱(りょうじょく)されたくありません。どうかどうか私をお助けくださいませ。お願い致します」


シルビア姫は深々と頭を垂れた。


「姫よ、ご安心なさい。俺たちはその為に此処へ参ったのですから」


『ピピピピ……ユーゾー様、急ぎましょう。階下から魔王たちがやってきます。ピピピ……!』


「お、相わかった、姫様失礼!」


「キャッ……」


 俺はシルビア姫をヒョイッと抱きあげて、来た時と同じように天丸が転送魔法を発令して、足元に六芒星(ろくぼうせい)の銀色に光る魔法陣が出た途端に一瞬で消えた。


同時に重い扉がバーンと開いて、大きな牛の角を両脇に付けた悪魔の化身のような、恐ろしい形相の魔王が現れた。


「!? 姫は何処へいった?」



魔王が見たのは、金色にキラキラと光る金の(ほこり)だけが舞っている誰もいない部屋だった。



※   ※   ※


シルビア姫の説明はこうだった。


「我がクリスタル王国に先週、突然魔王が出現したんです──魔王は、辺境領の村や町を一瞬にして焼き尽くしました。多くの平民や農民が亡くなりました。そして魔王は大きな黒い翼で飛んできて、王都の宮殿の玉座に降りたちました。──物凄い形相で父王の前にやってきて

「この王都を破壊させたくなかったら、この国で一番高貴で美しい娘を私の嫁に指し出せ」といったのです。そして私が父王の命で魔王の花嫁(生贄)となって魔王の城へ連れられてきました」


「それは酷い。なぜ王様や親族は貴方を簡単に手放したのです?」


「私の母は10年前に他界し、父の国王は直ぐに側室を王妃にしました。私の異母姉妹が二人いますけど、王妃や妹らは私を虐げたのです。父王も王妃にべったりでいつしか私を疎んじるようになりました。なので王妃の頼みで私を魔王の生贄にしたのです」


「それは酷い、父王は実の娘を生贄にするなんて!」


「ええ、私は父を憎みました」


──とは言え魔王は国一番の美女をご指名だからな。

異母姉妹よりもシルビア姫が一番美しかったのやもしれんな。


俺はシルビア姫には酷だろうが、父王はあながち間違った選択ではなかったのだろうと想像した。


『そうピピ、シルビア姫が一番美しいピピ…』

天丸も俺に同調した。


シルビア姫の話は続いた。


「残念ながら父王も他の家臣も、誰一人として私を守ってくれなかった事に絶望しました。王宮は魔王の言いなりになってしまった。父王は傀儡の王に成り下がった。既に魔王の支配するこの国は、貴族も民も心を失い白法隠没となって全てが闇に閉ざされてしまいました──私はもう闇に堕ちたこの国の人々を救えない、自分自身消えてなくなりたいくらいです⋯⋯」


シルビア姫は涙をこぼし嘆いた。


俺は思わず泣いているシルビア姫の肩に手をあてた。


「事情はわかりました。シルビア姫、貴方を魔王から救えて本当に良かった。そして俺は心から貴方を救いたいと思う。もう一度聞くが祖国に未練はありませんか?」


「ええユーゾー様、私はもう祖国には未練はありません。母も亡くなり、配下の者も誰も私を救おうとはしてくれませんでした。今、私は助けてくれた貴方様と何処へでも参りますわ──ただ、一つだけ希望があります。もう王族や貴族の世界はこりごりですの。平民で貧しくてもいい、のどかで平穏な暮らしが私はしたいのです」


「了解しました、ならば姫。貴方を“異世界ナンバー4へお連れしよう!」


「異世界ナンバー4?」


「ええそうです。天丸、異世界ナンバー4は別名なんていったけかな?」


『はい、ユーゾー様。別名“緑と花里の世界”です。ピピ……』


「おお、そうだった。『緑と花里の世界』だ。俺も子供心に随分とロマンチックな名前を付けたもんだ」


「緑と花里の世界ですって?」


シルビア姫は目を輝かせて聞き返した。


「ええ、そうです。そこは美しい山々に囲まれた国です。湖と村があって四季折々の花々が一年中咲いているのどかさだ。子供の時、俺の母が寝る前に毎晩、読んでくれた異世界の“桃源郷”をモチーフにしたのです」


桃源郷(とうげんきょう)?」


「ええ、死んだ母が毎晩幸せそうに俺に教えてくれました──母がいうには『雄三や、そこは住んでいる人間も穏やかで、魔物や魔王なんて言葉すらない世界よ。国と国で『戦争禁止条約』を結んでいる世界よ。其の条約は絶対に崩れないという(おきて)を決めたの。ねぇ雄三わかるかしら? もしもその条約を破ったら『自界叛逆難(じかいほんぎゃくなん)』といって、お釈迦様の説いた説法があるのだけど、里が内部から破滅する運命に導かれる恐ろしい国難が起きるの──だから他国を侵略する国は、この世界には一国たりともないのよ』と母が教えてくれました」


「まあ、なんて素敵な世界なのでしょう、それになんて素敵なお母様のお話でしょう──」


シルビア姫の笑顔は花のようだった。


「その中でも俺の一番好きな国があって、牧畜業と野菜や花々の丘陵地帯が美しい。田畑と水車小屋の村が転々と周りにある、のどかな古城のある美しい。──ほぼ自足自給生活でもいいならシルビア姫、もしよろしければ、俺と一緒にそこでのんびりと一生暮らしませんか?」


──あれ? 


これってまるでシルビア姫にプロポーズしてるみたいじゃんか?


俺はいった側から顔がどんどん火照ってきた。


内心ヤベ〜なと今更気づいた。


だがシルビア姫はブルーアイズの瞳を輝かせて


「まあ、そんな夢のような平和な世界があるのなら、是非とも私はそこで貴方様と暮らしたいですわ!」


「え、本当ですか?」


「ええ、もちろんですとも!」


「シルビア姫⋯⋯」


俺の顔は真っ赤になった。


すかさず天丸がフワフワ俺の側に近づき、俺の耳元で囁く。


『ピピ……ユーゾー様。ようやく自分の書いた小説の世界を思い出したんですね。ヒューピピ……』と冷やかした。


俺もこっそりと天丸に小声で呟いた。


「そうだな……天丸やっと思い出したよ。多分俺はシルビア姫と暮らす為にナンバー4の異世界を作ったんだろうな」


シルビア姫の瞳は明らかに俺だけを見つめていた……と、その時俺は思った。


後から考えると、俺と天丸しかいないんだから当然なんだが。


だが、この時は有頂天で“姫は俺を好いている”と簡単に勘違いしたのだ。


「よし決まった、天丸。俺たちを異世界ナンバー4へこのまま転送してくれ!」

と、勇気凛々で命令した!


『ピピピ……ラジャー、ユーゾー様。承知しました。ピピピピ……出発~つ!』


そのまま俺たちは異空間の光の閃光へ溶け込んでいった。



──そうさ、自分勝手な思い込みは、恋愛を推進するには必要な時もある!


俺はシルビア姫となんとしても添い遂げたかった!


もう香山雄三時代の女の子と話もできない味気ない“童貞男”とはオサラバしたかった。


万が一勘違いで一度や二度撃沈したとしても、勇者ユーゾーは諦めずにシルビア姫にアタックするのみ!


俺は初めて恋愛する喜びを知った!


※   ※   ※


あの異世界転生した日から10年が経過した。


今、俺たちは異世界ナンバー4の『緑と花里の国』で幸福に暮らしている。


俺は木こり兼建築技師となり、この里で頑丈な家をたくさん村や街に作った。


そして魔王の花嫁にされそうになったシルビア姫は、晴れて俺の花嫁となり元気な子供を6人も生んでくれた。


10年経ってもシルビア姫はとても綺麗で、俺は姫を見るたびにニヤケっぱなしのデレデレ野郎だ。


そんな姿を目の辺りにする子供たちが、やたらと父親をひやかす。

とても幸福な日々だ。


※  ※  ※


この異世界は全て手作りで賄った。

住処も食べ物も着る服も靴も、職人はまだはっきりとは決まってなかったから、皆で知恵や力を出しあって協力した。


21世紀の完全分業の現代とはまるきり違う異世界。


村や街の仲間同士で助け合わないと、生きていけない世界だった。

村人や農民、街民たちは自然の厳しさと常に背中合わせだ。

それでも皆、朗らかに笑い心豊かで和気あいあいとしていた。


俺はふと考える──。


10歳の俺は他の近未来科学の異世界や、石器時代の異世界、宇宙戦争の異世界、海底秘宝を奪い合う海賊の異世界等々。

子供心にも、ありとあらゆる7つの異世界を夢見て構築したんだろう。


だが、今の俺は実際に住んでいる異世界ナンバー4の『緑と花里の世界』だけで十分満足してる。


ちなみに異世界ナンバー7は魔王が激怒して、シルビア姫の異母姉妹たちを無理やり花嫁(生贄)とした。


だが美しくない姉妹に激怒した魔王は、カンカンに怒りクリスタル王国を滅亡させてしまったと、天丸の全異世界カメラに、写しだされたとの報告があった。


『ナンバー7は7つの異世界の中でも最悪な世界ですピビ……』と天丸は口をとがらせた。


それにしても10歳の俺よ、お前はなぜこんな異世界を作ったんだ?


魔王が書きたかったのか?


多分、そうだろうな。


自分が勇者になってロング・ソードで魔王と思いきり力の限り戦いたかったのだろう!


10歳の俺よ──。

いま、何よりもお前が俺の妻になったシルビア姫を創り上げたことに心から感謝するぞ!


お前は最高に賢く偉かった!

グッジョブだぜ!

謝謝だぜ!

サンキューフォーエバーだぜ!



──完──




※ いかがだったでしょうか?

今、読んでいるなろう作家さんのスライムの作品がとても面白かったので、私も何だかスライム描きたくなりました。

勇者や異世界転生は、敷居が高くて無理かな?と思ったけど短編だったので何とかまとめられました。

少しでもなろう読者様に楽しめたらとても嬉しく思います。

※長編「クリソプレーズの瞳」も異世界恋愛だけどよろしかったら1話だけでもいいので読んで見てください。

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