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旅先の雨と埋もれ火

作者: ぬこぬこ

新婚旅行で九州を巡っていてその日はたまたま田舎に素泊まりの宿を取っていた。

長旅で腰を痛めた夫を宿に置いて、夕方私は早めの夕飯の買い出しに出た。20分ほど歩けば田舎によくある一階建ての小さなモールや居酒屋スナックが集まる町。暇なのでぷらぷら歩きながら色々ちょっとずつお惣菜などを買い集めた。


モールを出てしばらくするとあいにくの急な強い雨。傘を持っていかなかった私は雨宿りができる所を探すと、店員が居ないガソリンスタンドの店内休憩室があったのでそこにお邪魔した。

先客が居たので、椅子に座って夫に「雨宿りしてる、まだ雨はしばらく振りそう」とLINEする。しばらくの後「風邪ひいたらあかんし好きなだけ雨宿りしてなね、俺は腰痛くて寝てるし買ったご飯もお腹すいたら食べてて」

との返事だったので、店内の自販機で水を買い買ってきた地ビールと海鮮丼などを食べていた。


先客は若い男。チャラそうな顔立ちは整っており、ホストの様な少し派手な6つボタンのダブルスーツ、 サイドベント(でもなぜか下品ではない)で女にモテそうやな〜と思っていたら案の定、後から金髪の女の子が入ってきて、その男と痴話喧嘩し始めた。

酒を飲みつつ暇なので痴話喧嘩にこっそり耳を傾けると、どうやら男からの愛情が感じられない!と女の子が怒っていて、へらへら笑って「ごめんね」と言い続ける男に愛想を尽かしたのか、雨の中また出て行った。


急に静かになった店内。男が話しかけてきた。

「うるさかったでしょ、ごめんね、ごめんねついでにここでタバコ吸っていい?外雨降ってるし」「いえいえ、暇してるんで勝手に野次馬しちゃいました、メビ〇スなら匂いに慣れてるんでどうぞ」「そうか〜ありがとう。じゃあ暇つぶしがてら俺の話聞いてくれる?まだ雨も続きそうだし」

私は酒が入ってることもあり、気分が良くなってたので了承した。

「俺ね、いつもあんなかんじなの。俺なりに彼女を大事にしてるつもりなんだけど、なぜかいつも怒られて振られちゃう」「ほう」

「なんでだろうね〜、女の子って難しいね」

「事情はあまり分からないので間違ってたらすみませんが、たぶんその相手が何を大事にするかによって愛情を感じられるのか違うんです。例えば言葉を大事にする人なら真摯な言葉だし、時間なら自分と過ごす時間をちゃんとよそ見せず自分と関わってくれること、

態度や、信頼関係なら嘘をつかないとか大事なことは黙っていないとか、お金なら自分にお金を気前よく使ってくれることなのか、はたまたそれら全部なのか。全部だとしても大事なことの優先順位はあると思うので、愛情の表し方の比重グラデーションの力の入れ加減はどれも全力ではなくても許されますよ、特にお兄さんの様なイケメンさんは。」

と語ってみると、男はちょっと目を見開いて身体をこちらに向けてきた。まだ残っているタバコを灰皿に置いて煙がこちらに来ないように火元を片手で遮っていた。こういう気遣いができるのもモテる要素なんだな〜と思った。

「おねーさん、凄いね!そうか〜、力加減は全力じゃなくても良いんだね、いつも全力だと疲れちゃうしね」

「間違っていたらでしたらすみませんが、たぶん沢山の女の子を相手にされているお仕事をされているでしょうし、全員同時並行で全力だと大変でしょう?」

「え?俺?あーホストってこと?よく言われるw」「でしょうね」「でも違うよ、こんな成りしてるしフラフラしてるけど」


確かに、いつの間にか夜になり営業時間になっていそうな時間だがどこにも連絡する様子もなく週末の夜なのに暇そうにしている。

「黒服でもなく?」「ないよ。うーん、普段はリモートでパソコンぽちぽちしてるね」「へぇ」

適当に返事を返すと男が逆に聞いてきた。

「おねーさんはこの辺りの人じゃないよね?どこから来たの?」「京都ですよ」「京都か〜今出川通りはよく歩いたよ」「京都に住まれてたことがあるんですか?」「大学進学でね。せっかく京都まで出たのに、また地元に戻ってきちゃった。仕事リモートできて良かった」「ふぅん」

お酒のせいかテンポ感の良い会話のせいか、なぜか心地良い時間だった。

男が本当に一般人かホストかどうかあまり信じていなかったものの、とりあえず一般人だとして会話を続けた。

「話は戻しますが、ちゃんと一人ずつお付き合いされている彼女さん相手ならば、お兄さんの自分なりの愛情表現?は何なのか、ちゃんと話した方が良いですよ?おにーさんなりの愛情表現もしたいでしょうし」「そうだよね〜、ありがとうね俺の話にここまでちゃんと話してくれてくれて」「いえいえ、私お酒入ってるし適当に喋っているだけなので」

「お礼にお酒の追加持ってくるよ、実は上俺の部屋なんだ、ビールで良い?」「良いんですか?わーい!」


男は奥に消えた。夫にLINEスタンプを送ってみてもなかなか既読がつかず寝ているようだ。

男がジャケットを脱いで戻ってきた。「キリンで良かった?俺キリン派なんだ」「赤☆美味しいですよね、好きですよ」「良かった〜、二人で乾杯しよか」プシュッと缶を開け、軽くぶつける。

ゴクゴク飲んで一息つき、酒も貰ったしもうちょい相手してやるか、と思い聞いてみた。

「上がおにーさんの部屋なんて大家さんですか?」「死んだ親父のだよ、部屋あるしリモートできるから普段はここで暮らしてる。」

安易に私を部屋に誘わないあたり、意外とちゃんとしてるなと思い始めてきた。私の薬指の指輪の効果が出てるのか。

「お父さんが亡くなられて、こちらに戻られたんですね。お母さんは元気ですか?」「元気だよ。ただ、一人で家業で手一杯らしいし俺もたまに手伝ってる」

実家の家業手伝いか、ホストよりマシだなと思った。


「おねーさんはどういう愛情表現が好き?」「そうですねぇ、私が一般的かどうか分からないですけど、私個人としては、言葉が一番優先順位高いですね。嘘をつかないもことばに関連するし信頼関係二番目に大事ですね、共同生活を穏やかに続けていく為にも」

「そうか〜俺同棲とかしたことないわ」「でしょうね」「何ぃ?!w」

「おねーさんは一人旅?」「連れは宿にいますよ、腰いわして寝てますわ」「そうか、じゃあまだ居られるね」


外を見ると夜も更けたが少し雨は弱まったもののまだ降っている。「置き傘はないんですか?」「ごめん、京都と違って車社会だしすぐそこに車あるから傘使わないんだ」

ん?と思ったが、北陸の車社会出身としては車乗ってても傘使うけどそれは1年の3分の2は雨か雪の地域だからか、と思い直す。

「他には?何をされたら愛されてる?って実感する?」

「そうですね〜、共同生活を送る上で思いやりや意思の尊重があるの前提があってこそですけど、例えばこまめな連絡ですね、安心させてほしいし、自分に怖いことが起こった時にできるだけ早く連絡付かないと逆にイライラしますわ」「ほぅ」

「あとは、毎日のスキンシップですね、疲れていたらセックスしなくても良いから肌や体温の触れ合いはほしい」「うんうん」


だらだら飲んでいたけど2本目が空いた。お代わり催促するわけにもいかないので水を飲む。

「あ、空いたね。どうしよっかな〜冷蔵庫のビールもう無いんだよな。傘無いし俺も酒飲んだからもう車乗れないし。ビールじゃなくてもいいならお酒あるけど、どうする?」「何があるんですか?」「親父の残したウイスキーとか」「えっそれは掘り出し物が多そうですね、特にジャパニーズは今はめちゃくちゃ高いですし!」俄然テンションが上がった私を見て男は笑った。

「ウイスキー好きなんだ?色々あるけど見る?」私は迷った。スマホを見る。まだ既読つかない。目の前には掘り出し物の宝があるかもしれない。

自分の身の安全のリスクを考え、スマホの録音アプリを出してからポケットにしまう。やばそうになったら録音しよう。

「ほんとに見るだけです!選んですぐここに戻りますよ?それと私得意なので私がお酒作りますね?」「警戒されてるね、仕方ないか」小さく笑って、どうぞと奥に手招きした。


階段を上り2階に行くと、確かに手前にリモート出来そうな人間工学してそうな椅子とデュエルモニターのデスクトップパソコン、

奥にソファとベッドとお酒の棚。茶色を基調としたシンプルなインテリア、綺麗にしている。

「わぁあーーー!ひびき21年あるやん!!山〇18年!!えっスコッチ色々あるやんロッホ〇ーモンド21年か〜迷うわ〜」

「ロッホ〇ーモンドは俺が買ったやつだよ」「ちゃんとウイスキーお好きなんですね〜」「じゃないと自分の部屋にまでこの量のお酒持って来ないでしょ」「確かにw」

「いつも飲み方はロック?ソーダ?」「いつもはソーダだけどそんなにボトル持たれたら危ないし俺も持つけどアイスペールと炭酸ペットボトルも持てないから今日はロックにするよ、おねーさんは?」「私はストレートでもいけるのでストレートにします。グラスはどうします?」「とりあえず危ないからボトルは3本までにして先に降りてて、グラスも持って行くね」「はーい!」


1階に戻ると、夜も更け少し肌寒くなってきたのでカーディガンを羽織る。部屋で襲われなかったことに安心しきって、ボトルを眺めてにやにやしてた。

「あ、ごめん寒かったか、今エアコン付けるね。あともう営業時間外だしカーテン閉めさせてもらうわ」ロールカーテンを下ろして回る姿を横目にみつつ、お酒を作る準備をし始めた。あ、アイスペールの中にロックアイスと丸氷も入ってる!ほんとにウイスキー好きなんやな、と同士を感じて親近感を覚えた。

それぞれにお酒を用意し待つ。おつまみも持って来てくれた。ドライフルーツとクリームチーズとか出来るやつだな。


「じゃあ改めて、乾杯!」夫をさしおいて他の男と良いウイスキーをタダで飲んでるなんて少し罪悪感を覚えながら久々のふくよかな味にうっとりする。酒についてのたわいもない話をし、男の話し方のせいか子気味いいテンポ感のせいか、もう飲み友達の様な気分で飲んでた。

「婚約者さんはどんな人なの?」「あ、もう夫なんです」「それ、婚約指輪じゃなくて結婚指輪なんだね。ダイヤついて可愛いから勘違いしてた」「でしょ?夫はね〜可愛い物好きで夫の指輪もほぼ同じデザインで医師付きよ?」「へぇ〜意外!」「あとは、人の話をちゃんと聴けて大事な話し合いに逃げずにちゃんと向き合える人だね」「話し合いから逃げない、か…」

「おねーさん、じゃなくて奥さんか」「寝子で良いよ」いつの間にかこちらの敬語もとれてるし、飲み友達の感覚で名前を教えた。

「寝子さんか!」なぜか目をキラキラしている。男は名乗らないし、旅行先で出会った一夜限りの飲み友達ということもありこちらから名前は聞かなかった。


「寝子さんはいつ帰るの?」「明日の昼過ぎには発ちます」「そうか…」少し残念そうにしているのが意外で、「あら?寂しいの?」と冗談っぽく聞くと「うん。」と素直に頷かれてちょっと可愛いなと思い始めた。あかんあかん。

「地元だし飲み友達は沢山いるでしょ?明日はまた別の子と飲めばいいじゃない?」「昔の友達は皆早々と家庭子持ちだし時間があまり合わんのよ」「田舎あるあるよね、今時の若夫婦は旦那さんもしっかり育児してるから余計に一緒に飲めないよね〜」「ね〜」

「寝子さんは旦那さんのこと愛してる?」「そうね、結婚前にやらかされたからのもあって熱い恋愛感情は夫にはもてないけど、家族として穏やかな愛情はあるよ」

「嫌なところはある?」「う~ん、普段疲れきってるのか休みの日でも家事を全然しないことかな。子どもいないし私の方が勤務時間短いし家電買ってくれるから許せてるけど、私が動いてる横でソファでスマホいじられてるとイラッとくる時がたまにある」


彼はグラスを置くと、

「ねぇ、俺はダメ?俺意外とちゃんと働いてるしお金あるし、家事得意だし、俺寝子さんになら沢山愛情表現できるし、何より顔良いでしょ?」と冗談っぽく言われてしまった。

「人妻を何誘ってんの!」と軽く怒ると「そうだよね、ごめんね」としょんぼりしてる。

はぁ、ちょっとでも可愛いと思ったらもう危ない危ない。内心久しぶりにときめいたのを隠しつつ、お酒を飲みきった。

「そろそろもう帰るね、お酒ご馳走様!」自分の出したゴミを片付け荷物をまとめ始めた私を見て愕然とした表情でいる。でも意外にも引き留められないな、どこかで期待しちゃったのかと思った。

しかし最後扉の前でさっと軽く抱き締められた。すぐ離してくれて「実は傘あったんだ、あげるよじゃあね」と微笑まれた。


微かにまだ雨の降り少し冷えた夜の中、久しぶりに感じた夫以外の男の匂いと体温で正直ドキドキして身体が火照っている様だ。

二つの酔いを覚ますために振り返らずゆっくりと歩き宿に戻った。

宿に戻って冷蔵庫に残りのお弁当を仕舞い、シャワーを軽く浴び煙草の匂いを落として、寝ている夫の横に来た。大丈夫、ハグされただけだしキスもしてない。そう内心言い聞かせ布団に入り酔いに任せて眠りについた。


翌朝遅めに起き、昨夜のお弁当を朝ご飯にした。彼の私物を宿に置きっぱなしにするのも宿に迷惑だし折りたたみじゃない傘があってもこの先の旅程に邪魔なので、散歩した後昼ごはんがてら店の前まで返しに行くことにした。夫には「昨日飲んだ店の人から借りた」と話した。

昨日のガソリンスタンドの辺りにご飯屋さんがあったのでそこが開いているか聞いてきて?と夫に行ってきてもらう間に二人にバレずに傘を返すことができた。


ご飯屋さんに入り、もうこの土地で食べるご飯はこれで最後か〜としんみりしつつ食べていると、

夫がトイレに立った間に、店員のおばちゃんから「○○んとこの息子からあなたにこれ頼まれたのよ」と名刺を手渡された。

彼は地主の息子だったらしい。名前バレするほどの田舎でしがらみが嫌で京都に進学し就職したものの、親のことを考えてリモートできる仕事に転職しこちらに戻ってきたのだろう。

私のことは、もしこの辺りの人間じゃない茶髪のロングヘアで丸眼鏡の子が来たら渡してくれ、と朝に頼まれたそうだ。

名刺には、確かに今出川通りにある有名な場所の名前。あんなチャラそうな外見してるのなお堅い職場だった。裏には良ければ…とLINE IDも書かれていた。

「あの子が珍しくあんなに切羽詰まって私に頼んできたたからどうしたのかと思ってたけど、こりゃ無理ね」とおばちゃんはカラカラ笑っていた。私は名刺を隠すようにバッグの奥底に入れ、何事もなかったように食べ終えた。


その後はなんとか予定通りに旅行をし、京都に戻ってきた。

今出川付近に行く度に彼を思い出す。彼はどこからどこまで本気だったのか、連絡先を渡すくらいだからワンナイトのつもりでもない。いつかはまた会ってしまうのかもしれない。その時はどんな顔をすれば良いのだろう。そんなことをつらつら思いながら京都を歩くのだ。



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