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異世界短編

【短編】ヒロインが腕力ゴリラ!?死亡ENDの悪役令嬢は、ドM王子に囲い込まれる

数ある物語の中からお越しいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです!


 悪役令嬢の行く末は死亡ENDのみ。


 そんな乙女ゲームの世界によりにもよって、悪役令嬢として転生した。

 最初は自分の不運を呪った。次は婚約しなくて済むように手を尽くした。それも叶わず婚約させられると、ゲームが始まる前に婚約破棄をされるよう頑張った。その結果──。


「あぁ!! もっと、もっとそのまるで虫を見るかのような目で私をもっと見てくれ!!」

「シュナイパー様、遂に頭に(うじ)でもわかれたのでしょうか……。王族とあろう方が言葉もまともに話もできないとは。お痛ましい」

「お痛ましい!! お(いた)わしいではなく、お痛ましい!! エリザベート、君はなんて私を喜ばせる天才なんだ!!」


 ──ドがつくほどのマゾヒストを私は育てあげてしまった。



 乙女ゲームのエリザベートは元々シュナイパーに愛されたくて仕方がない、愛に飢えた女の子だった。

 愛されたくて、愛されたくて、愛されたくて……。愛されるヒロインに嫉妬した挙げ句、どのルートでもヒロインを虐げ、毒を盛って暗殺しようとする。


 その結末を知っている私がシュナイパーに惹かれることなんて、当然なかった。だから、常にシュナイパーの上に立ち、蔑み、馬鹿にし、嫌われて婚約破棄をされようと思った。


 子ども相手になぜこんなことをするかって? そんなの間違っても愛を求めて嫌われるなんてこと、演技でもしたくなかったからだ。


 もちろん、私だって最初からそんなことをしようと思ったわけではない。それとなく嫌な女だと思わせ、能力が足りないからと婚約破棄に至ろうと思っていた。


 それなのに、こいつは私の可愛い黒豆(・・)を的にしたのだ。

 黒豆は、私に唯一優しくしてくれた乳母が手作りで作ってくれた黒猫のぬいぐるみだ。前世で飼っていた愛しの猫ちゃん……黒豆にそっくりに作ってくれた世界で一つだけしかない私の宝物。

 どんなお宝や宝石よりも大切な私の黒豆。それをあの糞王子はアーチェリーの的にしやがったのだ。


 だから、初めて出会ったその人に彼の高くなった鼻をへし折り、無駄な自尊心をボコボコにしてやった。私が十歳、彼が十二歳の時だった。


 それからというもの、しばらくは色んな勝負を挑まれ続けた。勉学はもちろん、武術でも負けなかった。

 最悪の場合は国外逃亡をしようと赤子の頃より鍛えていた私と、ぬるま湯で育った性格の捻れまくったボンボン王子とでは二歳差があったとしても、全ての実力が雲泥の差だった。


 負かす度に罵り、蔑み、馬鹿にし続けるという大人げないことをし続け、現在に至る。というわけだ。

 もう、泣きたい。こんな婚約者イヤだ。


 元々は二歳下の婚約者の宝物をアーチェリーの的にする糞ガキで、今は私の従順な下僕になりたいと願ってくるドM。

 誰か嘘だと言ってくれ、マジで。


 そんな関係を崩せぬまま、ゲームが開始される年齢になった。だが、私が登場するのはラスボス的扱いなのか、最後の一年だけ。

 シュナイパーに会わなくても良い二年間は快適だった。だが、それも今日までだ。


 私はシュナイパーに会いたくないという気持ちと、さっさとヒロインとくっついて私を解放してくれ……という気持ちを抱え、学園に入学した。



 入学してみれば、そこには私の知らないシュナイパーがいた。爽やかなのだ。ドM野郎なんてどこにもいなかった。


「エリザベート、入学おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 私の好きなネモフィラが入った花束に、思わず口角が上がってしまいそうなのをこらえ、無表情で礼を口にする。


「あなたに学園内を案内するという栄誉を与えてくれないだろうか」


 (ひざまず)いて、私の手を取る王子風なこの男は誰だ? いや、シュナイパーは元々王子なんだけども別人過ぎやしないか?

 などと混乱をしている間に、気がつけば学園内をエスコートされていた。


「シュナイパー様の皮を被った別人ですの?」


 こう聞いてしまったのも仕方のないことだろう。私の知っているシュナイパーは、常にハァハァして私に蔑まれたがっていた。

 なのに、目の前の彼は紳士的なのだ。


 まさか、これがゲーム補正というやつなのだろうか。

 良かった! これで解放される!! 死亡ENDが嫌だから断罪されないようにしようと思ったけど、このまま悪役令嬢になろう。

 そして、断罪される前に逃亡しよう。私ならできる。……でも、毒を盛るのはまずいよね。となると、睡眠薬か下剤? 下剤の方が危機感でそう? でも、粗相してしまったら可哀想か。睡眠薬で半日くらい眠ってもらおう。

 量の調整は、私で試せばいいかな。


「エリザベート、少し会わない間に一段とキレイになったね」

「……は?」

「あなたに釣り合う男になれるまで会わないと決めて、学園に入ってからの二年間、我慢していたんだ」

「……え? 何を言って……」

「エリザベートが卒業したら、すぐにでも結婚しよう」


 ど、どういうこと? もしかして、ヒロインちゃんはシュナイパールートを選ばなかったの? 例えそうだとしても、ゲーム補正で私のことを嫌ってくれてもいいんじゃないかな!?


「……婚約破棄をしてもらえたりとかは?」


 私の言葉にシュナイパーは、にこりと笑みを浮かべるが、答えはない。


「昔、エリザベートの大切な黒豆を的にして本当に申し訳なかった。あなたの気を引きたかったんだ」

「そのことは怒ってますけど、婚約破棄をしたい理由はそれだけではなくて……」

「一緒に住んだら猫をたくさん飼おう。実は、私も猫を飼い始めたんだ」


 な、なんですと? 猫ちゃんをたくさん!? シュナイパーが猫を!?


「シュナイパー様の猫ちゃんって、どんな猫ちゃんなんですか?」

「私の猫は真っ白な猫だ。瞳は青色をしている」


 真っ白な、青の瞳の猫ちゃんですと!! み、見たい!! 匂いを……顔を埋めて嗅ぎたい!!


「今度、遊びにくるかい?」

「いいんですか!!」


 しまった……、と思う頃には約束をしてしまっていた。

 それにしたって、おかしい。こんな知略を繰り広げてくるとは。しかも、ドMを出してこない。


「シュナイパー様、頭の(うじ)を一掃なさるために脳ミソ全てを入れ替えられたんですの?」


 シュナイパーを試すためにわざと蔑めば、瞬時に彼は破願した。これは、もうひと押し……かな。


「あら、お答えになりませんの? やはり蛆がわきっぱなしなのかしら?」

「あぁ、エリザベート……」


 うっとりとした視線に、鳥肌が立った。ゲーム補正が入ったかと思ったが、どうやら本質は何も変わっていないらしい。


 正直、猫ちゃんを飼えるのは非常に魅力的な提案だ。猫ちゃんのためなら結婚しようかな……と思うほどには。

 なぜなら、この国ではペットという概念がない。家畜という概念はあるのにだ。だから、子どもの頃に猫ちゃんを飼えなかった。代わりにぬいぐるみの黒豆を抱っこして過ごした。

 それなのに、猫ちゃんを飼える。しかも、既にシュナイパーが買っているという。


「シュナイパー様は私に蔑まれるのがお好きですよね?」

「そうだな」


 迷うことなく頷くシュナイパーは潔い。だが、非常に嫌だ。


「私は別に蔑むのも、虐げるのも、好きではありません」

「そうだな」


 ん? そうだな? 気が付いていたの? じゃあ、どうして今まで──。



「シュナイパー様ぁ!!」


 私の疑問をどこかへ吹っ飛ばす勢いの甘ったるい声がシュナイパーを呼んだ。そして、その声の主はこちらに駆けてくる。


「シュナイパー様ぁ、今日はお勉強を見てくださるって約束してくれたじゃないですかぁ……」


 ぷっくりと頬を膨らませて、シュナイパーの腕に巻き付くそれ(・・)は、私を混乱させた。


「リリ、シュナイパー様のこと探したんですよぉ」


 唖然としてしまう私を他所に、シュナイパーはいつも通り……ではなかった。

 あの目、既視感があるんだけど。


「約束なんかしていないから、離れてくれ。今日は愛しい婚約者が入学してくる大事な日なんだ。カトロフ嬢に割く時間は微塵もない」

「もう、シュナイパー様ぁ。リリって呼んでくださいって言ってるじゃないですかぁ」

「私があなたをそのように呼ぶことは生涯ない。それと、私のことはリンドルフ第一王子と呼ぶように」


 シュナイパーが冷たい。

 あの、シュナイパーが……。


「エリザベート、行こう」


 リリと名乗る女生徒を腕からひっぺがそうとしているシュナイパーを呆然と見ていれば、彼女と視線が交わった。


「あ、あぁ……怖い。怖いわ、シュナイパー様ぁ」


 私を見て大げさに震える彼女。もちろん、私は何もしていない。

 これは、どういうこと? 


 私が困惑している間に、シュナイパーは絡まれた腕を外すことに成功した。怪我をさせないように距離を取るのに苦戦したようで、どこか疲れている。


 そんなシュナイパーの様子に気が付くことなく、私の記憶ではヒロインと思わしき見た目の令嬢が一人芝居を繰り広げている。

 こんなのは、私の知っているヒロインじゃない。つまり、このヒロインもまた──。


「私にはあなたが怖いよ、カトロフ嬢。とにかく、私たちには関わらないでくれ」

「ちょっ……シュナイパー様!?」


 シュナイパーがパチンと指をならすと、どこからともなく護衛が来てヒロインを取り押さえた。


「え、嘘でしょ!? シュナイパー様はその女に騙されてるのよ。許さないんだから、このビッチ!!」


 ビビビビビッチ!? なんてこと! なんてことを言うの、あのヒロインもどきは!!


 目を見開いて彼女を見ていれば、シュナイパーは隣で首を傾げた。


「彼女は時々よく分からない言葉を発するんだ。それに、妄言もひどい。エリザベート、彼女は何をしでかすのか分からないから、近付かないようにして欲しい」


 心から関わりたくない私はら大きく頷いた。


「彼女の名前は、何とおっしゃるのですか?」

「リリス・カトロフ子爵令嬢だ」

「カトロフ子爵といえば、堅実な領地経営をされる方ですよね」

「そうだ。それなのに、娘があの調子じゃ子爵の苦労が目に浮かぶようだ」


 確かに、と素直に思う。それと同時に黒豆を的にした糞ガキではなくなり、大人になったな……と感じる。


「……シュナイパー様は、約束を守ってくださっているのですね」

「ん?」

「出会った時にした約束です」



 昔、私がぶちギレた時にした約束。

 他者や、他者の物を傷付けたり、壊したり、余程のことがない限りしない。

 そんな当たり前のことを彼は知らなかったのだ。


 もちろん、相手が自身を害そうとしている場合は、余程のことだから例外だと伝えてはあるが。


「エリザベートに出会う前の私は、何をしても許されると勘違いをしていた」


 シュナイパーは、気まずそうに言う。

 もうあの頃のことは流石に許そう。


「あなたに出会えたから、私は多くの気付きを得られた。私の心がこんなにも揺れ動くのは、エリザベート……あなただけなんだ」


 シュナイパー様、なぜこんなにいい雰囲気を作り出したの? 正直、その技術に困惑してるよ。


「そうなんですね。ところで、猫ちゃんのお名前は何と言うんですか?」

「ネモだよ。瞳が青いから、ネモフィラから名前を貰ったんだ。ネモの瞳を見るとエリザベートをいつも思い出すよ」


 な、何で再び甘い雰囲気に!? 話の反らし方がわざとらしかったのは認めるけど、軌道修正早すぎないかな!?


「困っているエリザベートは可愛いけれど、嫌われたくないからこのくらいにしておこうかな」


 クスクスと余裕のある笑みを浮かべるシュナイパーを睨み付ければ、もっと楽しそうに笑われたのだった。



 基本的に私は一年生なので、ビッチ呼ばわりしてきた彼女に会うことなんかない。そう思ってたんだけど、何故かめちゃくちゃ会う。そんで、毎回呪詛を吐きかけられる。

 これだけでも訴えたら勝てるんじゃない? とは思うんだけど、彼女はいつも被害者面してくる。


 そして、遂に呼び出されてしまった。逃げれば良かったのだが、直接呼び出しに来たうえに女性とは思えない腕力で引っ張られてしまったのである。


「ちょっと、ちゃんと聞いてるの!? あんたは悪役令嬢なんだから、ちゃんと仕事しなさいよね!」

「はぁ……」


 両手を腰にあてて叫んでいる彼女は、私が悪役令嬢ならやっぱりヒロインなのだろう。

 でも、なんかヒロインなの見た目だけなんだよね。うーん、何て言うのかな。


「品がない……」


 しかも、腕力ゴリラなんだよね。という言葉はどうにか飲み込んだものの、思わず口からこぼれてしまった言葉に彼女は目をひん剥いた。

 鬼の形相とは、こういうことを言うんだな。これぞ、鬼ゴリラ! なんて、呑気に眺めていたら彼女に髪を掴まれて引っ張られた。


「ヒロインの私に向かって、何様のつもり? 死亡END確定の悪役令嬢の分際(ぶんざい)で生意気なのよ!」


 ──ジョキンッ

 

 嫌な音と共に、髪を引っぱられている痛みが消えた。それとともに、床には私の深紅色の髪が散らばっている。


「……えっ?」

「あーぁ。間違えて、あんたの髪を切っちゃったじゃん。本当は私の髪をちょこっと切って叫ぶはずだったのに」


 あれ? このヒロイン、本気でヤバい系の思考の持ち主? 鬼ゴリラとかふざけている場合じゃなかった。

 うーん、どうしようか。絶対に勝てるのは確実だけど……。それをやったら悪役令嬢として、このヒロインの役に立つわけでしょ? この子、嫌いだからなー。利用されたくないんだよなー。


「やっちゃったものは、仕方ないよね。こうなったら、その髪をズタズタにしてエンディングまで家で泣いててもらうのがいいかな」


 あ、ヤバい。本気だ。

 顔が笑ってるのに、目が笑ってない。しかも、手にはハサミとかホラーかな?

 やっぱり、これは逃げの一択かな。関わりたくないや。


「早くそこに座ってくれる? 大人しくしてれば、顔は傷付かないようにしてあげるから」


 にこやかに言われても、従おうなんて微塵も思えない。言っていることが異常だ。ヒロイン感、皆無だ。悪役令嬢感しかない。加えて言うなら、今は鬼ゴリラ感もない。

 あぁ……お願いだから、ハサミをシャキーンと音が聞こえそうな感じで光らせるのを止めて欲しい。


「大人しく、髪を切られるなんて御免よ!」


 そう答えながら、ダッシュした。幸いにも悪役令嬢はポテンシャルが高い。そのうえ、努力し続けてきた私は走るのが速い。だから、追い付かれることもないと思ったのだが……。


「なんで、あんなに速いのよーーー!!!!」


 化け物なの? 化け物だよね? ヒロインとか絶対に嘘でしょ!! あれ? なんか、ハサミをもって追いかけてくるお話なかったっけ? 三枚のお札だったかな……。いや、あれは包丁だった?


 足を止めることはないが、頭は現実逃避をしてしまう。そのくらい怖いのだ。視覚的に。


 逃げはじめて、どのくらい経っただろうか。私と彼女の差はいっこうに縮まらないが、広がりもしない。

 こうなったら、人目を避けている場合じゃない。そう思って角を曲がると、ぶつかってしまった。


「エリザベート? そんなに急いでどうしたんだ?」


 ぶつかった拍子に転びそうになったところを支えてくれたのは、シュナイパーだった。

 これは、ナイスタイミングなのだろうか。いや、頼るのは良くない。お礼を言って、一先ず逃げ──。


「うふふ。つっかまーえたー」


 歌でも歌い出しそうな声で言いながら、髪を引っ張られる。

 こっちの様子はちょうど角だから見えていないのかもしれない。

  

「手間をかけさせられた分、ズタボロにしてあげるか……ら…………」

「誰が何をズタボロにするんだ?」


 聞いたこともないような低い声。それと共に引かれていた髪の痛みは消えた。


「え? シュナイパー様?」

何を(・・)ではなく、誰を(・・)と聞いた方がいいかな?」


 これは、御愁傷様としか言いようがない。この状況での言い逃れは無理というものだろう。例えヒロインでもゲームオーバーだ。


「ち、違うんです。私、エリザベート様にみんなの前でこうやれって命令されて……。本当はやりたくなんてなかったんですぅ」


 嘘だろ! いくらなんでも、それは無理がある!!


 驚きのあまり彼女の方を向こうとしたが、いつの間にかシュナイパーの胸に顔があり、抱き込まれた状態になっていた私からは声の方がまったく見えない。


「言い訳は牢で聞こう」


 今日は指を鳴らすことなく、わらわらと涌き出た護衛に彼女は連れて行かれたみたい。よく見えなかったけど、シュナイパーに助けを求めて、私を呪うような言葉を叫んでた。



 二人きりになり静かになると、シュナイパーは私の髪に触れた。


「髪を切られてしまったんだね。すまない」

「なぜ、シュナイパー様が謝るのです? 悪いのはリリス様ですよ」


 そうなんだよね。だから、そんな情けない顔をする必要なんてない。

 ……これは、あれかな? 罵れば元気になるやつなのかな?


「私は髪を少し失ったからといって、美しさを損なうようなことはございませんわ。まさか、シュナイパー様は私が惨めに見えているのかしら? これだから、あなたは駄目なのですわ」


 どうだ! これで元気が……って更に落ち込んでる。なんでよぉ! こういうのが好きなんでしょ? ドMなんでしょ!? 

 まさか、罵りが足りなかったの?


「私は、こんな時にまでエリザベートに無理をさせるのか……」

「……はい?」


 無理? 何の話をしているの?


「エリザベートは私を悪く言うときと普段で口調が違うだろ。私に発破をかけるためにやってくれていたんだよな? 幼い頃から私より影で努力して、私がやる気を出すようにと悪役を買って出てくれていたじゃないか」

「そんなことな──」

「本当は優しいエリザベートが、こんなにも私のことを思ってくれているんだと嬉しかったんだ」

「だから、勘違いで──」

「でも、もうそんな無理はさせない。今度こそ守るよ」


 まっっったく、話を聞いてくれない! しかも、既に何を言っても遅いんじゃないかと思うほど勘違いをしている。

 これって、手遅れなんじゃ……。


 いやいやいや、ここからあのヘンテコヒロインに頑張って……もらいたくはないな。あんなのが王妃になったら国が滅ぶ。

 もしかしなくても私の今の状態って、自分のために国が滅ぶのをみているか、諦めて自分がシュナイパーと結婚するかの二択ってこと?


 気がつきたくなかった事実に血の気が引いていく。


 そんな私を見て、シュナイパーは怖かったのだろうと勘違いをしてくれたおかげで屋敷まで丁重に送ってくれた。




 それから穏やかに時は流れた。ハサミ事件以来リリスの姿を見ることはなかった。

 そして、今日はシュナイパーの卒業式。そのあとの卒業パーティーさえ終えてしまえば、エンディングとなる。まぁ、ここは現実だからその先も続くんだけど、子爵令嬢のリリスに関わるとしたら最後になるだろう。


 卒業式にもいなかったし、パーティーには来てないよね。なんて気を抜いた数分前の私を殴ってやりたい。


 シュナイパーの瞳を連想させる深い海のようなブルーのドレスを着て来ている。あれは『私はシュナイパールートを選択した』という自己アピールだろう。

 乙女ゲームでも実際、選択したキャラの瞳の色のドレスを着ていたしね。


「エリザベート。私と踊ってくれないか?」


 そう言う婚約者(シュナイパー)の手を取れば、視線で焼き殺されるんじゃないかってくらいの殺気を頂いてしまった。もちろん、その視線の人はリリスである。


「エリザベート、似合っているよ。きれいだ」

「ありがとうございます。それより見ました? シュナイパー様の瞳の色でしたね」


 ドレスのクオリティ的にシュナイパー様が用意したものではないだろう。

 実際、私はシュナイパー様が贈ってくれた深い海を思い出すブルーに金の繊細な刺繍が入ったドレスを着て、髪には金細工にブルーの宝石が入ったドレスに合わせた装飾を着けている。

 シュナイパーの髪と瞳の色をこれでもか! と纏わされているのだ。


 なんというか、私がシュナイパーの婚約者だと激しい自己主張をしているよう。正直、恥ずかしい。


「あぁ。迷惑な話だ。あいつのせいでエリザベートとの学園生活を楽しめなかった。私がどれだけ楽しみに……」


 最後まで言葉は紡がれることはなかった。けれど、赤く染まったシュナイパーの耳が、言うつもりはなかったのだと言っている。


 ……かわいい。

 あぁぁぁ。こんなこと男の人に思うのは失礼だけど、何これ? かわいい以外の何ものでもない。チラリとこちらを窺う視線も、ダンス中だから分かっちゃった動揺して一瞬だけ震えた手も、かわいいが過ぎる。


「毎週末は会っていたじゃないですか」


 くるりくるりと踊りながらも、ついイタズラ心で言えば、拗ねたような視線とかち合う。


「王妃教育の休憩時間にね。私はもっとゆっくりと会いたかったんだよ。それに、一生に一度の学園生活を好きな子と少しでも長く過ごしたいと願うのは当然だろう?」


 あ、やられた。また、あまい雰囲気になった。

 この雰囲気は苦手だ。どうしたらいいのか分からなくなる。

 そんな私を嬉しそうに見てくるシュナイパーも苦手。これなら、罵っていた時の方がらくだった。それも今更できなくなって、どう接していいのか分からずに流れる沈黙が嫌だ。

 だって、こんなの知らない。どろどろに私を甘やかそうとする、どこまでもあまいあまい視線なんか……。


「エリザベート、そろそろ観念して私の元に堕ちておいでよ」


 どろりとあまい蜜を耳から流されて、自分を作り替えられてしまいそうだ。 


「シュナイパー様……」


 これ以上、どうやったって早くならないだろう心臓の音が頭に響く。絡み取られた視線はそらすことも叶わない。

 けれど、その時間は永遠ではない。ダンスの終わりと共に体が離れる。残るのはあまやかな雰囲気と、高鳴る鼓動だけ。


「もう一曲、踊ろうか。婚約者殿?」


 婚約者だけが続けて二曲踊れる特権を使おうと誘われて、普段なら断るのに気が付いたら頷いていた。

 もう一度、ダンスを踊るためにシュナイパーの手は私の腰を支え、再び距離がぐんと近付く……はずだった。


「婚約者としてのファーストダンスが終わったんだから、交代ですよぉ。ね、シュナイパー様ぁ。シュナイパー様も、リリと踊りたいっておっしゃってましたもんねぇ」


 相も変わらず腕力ゴリラなリリスに捕まれた腕が痛い。地味に爪を食い込ませる嫌がらせはやめてくれ。

 これで「離して」とか言おうものなら私が悪役になるんでしょ? 分かっているから痛くても我慢するしかないとか、普通にしんどい。


「エリザベートを離せ」

「もう、そんなに心配しなくてもリリは無事ですよぉ」

「……大人しくするから、卒業パーティーだけでも出たいと言わなかったか?」

「うふふ。私を一人占めしたいからって牢屋に入れたけど、今度は出すタイミングを逃しちゃってたじゃないですかぁ。だから、一緒にパーティーに出ようって誘ったんですよぉ」


 すごい! こんなにも会話が成立しないなんて!!


 変に感心しながらも、シュナイパーと共にリリスに捕まれた腕を懸命に外す。二人がかりとか、本当に腕力どうなってるわけ?

 

 どうにか捕まれていた腕は外せたものの、そこは赤くなっていて爪が食い込んでいた部分は出血している。

 あぁ、(あざ)になるな。なんて、ぼんやり見ていたら舌打ちが聞こえた。


「えっ?」


 子どもの頃と違って、品行方正なシュナイパーが舌打ち!? しかも、すんごい眉間にシワがよってる。目付きも悪いし、何かぶつぶつ言って──。


「執行猶予期間中の傷害罪は確定だな。どこまで罪を問える? 国外追放は確実にしたいよな……」

 

 あれ? すごい物騒な感じ? 修道院送りじゃダメなのかな? 私の精神衛生上、一番それがいいんだけど。罪悪感も感じなくて済むし。


「ねぇ、これって私が着る予定だったドレスですよね? なんで着てるの? 人のものを奪うなんて信じられない! ひどいわ!!」

 

 あぁ、もう! なんで静かにできないかな!? 空気も読めないなんて脳ミソまでゴリラなの!? いや、ゴリラに失礼だ。ゴリラなら危険予知ができそうだもん。ゴリラ以下だわ。


「返して! 今すぐ脱いで返してよ!!」

 

 今すぐ脱ぐとか無理だし、周囲からの視線はすごいし……。これどうするのよ。

 卒業パーティーなのに、先輩方には本当に申し訳ない。私が退場すれば治まるだろうか。

 

「シュナイパー様。私、退場しますね。このままでは、卒業パーティーがめちゃくちゃになってしまいます」

 

 けれど、私は腰をシュナイパーに抱き寄せられてしまい、退場を阻まれる。

 

「退場するのはエリザベートじゃない。そこの罪人だ」

 

 そう言って指を指されたリリスは、目を見開いた。

 

「何を言ってるんですか? 罪人は、エリザベート様ですよね? だって、シュナイパー様はリリのために護衛もつけてくれたし、奪われちゃったけどドレスだって用意してくれてた。何より、リリを一人占めしようとしてたじゃないですか!」

 

 悲鳴のような声で叫ぶリリスをシュナイパーは捕らえさせた。

 

「何を勘違いしている? 護衛ではなく、執行猶予中の見張りだろ? それに、このドレスははじめからエリザベートのために作らせた。お前なんかのためじゃない。何より、嫌悪しか感じない相手を一人占めしたいなんてやつがどこにいるんだ? 私が愛しているのはエリザベートだけだ」

 

 嘘だ! と叫ぶリリスをシュナイパーはそのまま連行させた。リリスは間違いなく裁かれるだろう。それも、自身が求めたシュナイパーの手で。

 

「エリザベート、手当てに行こう」

 

 リリスがいなくなるや否や、シュナイパーは私をエスコートした。

 いや、これはエスコートという名の連行だ。ビックリするほど、体の主導権を握られている。歩こうとしてないのに次々と歩を進めてしまうとか、どうなっているの?

 

 休憩用の個室で、何故かシュナイパーが手当てをしてくれる。王子なのに、手際がいい。

 

「守るとか言って、守れなかった。すまない」

「いいえ。悪いのはすべてリリス様ですから。シュナイパー様は謝らないでください」

 

 あぁ、この前もこんなやりとりをしたな。リリスが関わると本当にろくなことにならない。

 

「いや。こんな私なんて、エリザベートに見放されても当然だ。言ったことも守れないなんて最低でしかない」

「見放すだなんて。きちんと守ってくれたじゃないですか」

「なら、このまま私と共に生きてくれるか?」

「……え?」

「やはり、私なんか頭に(うじ)がわいてるゴミ糞以下の存在なんだ」

「そんなことないですよ! シュナイパー様は素敵です!!」

「本当に?」

「本当に!」

 

 あれ? なんか、誘導されてる?

 なんて、気が付いた時には既に手遅れで──。

 

「良かった。私と共に生きてくれるんだな」

 

 というシュナイパーの満面の笑みがあった。


 ……もう乙女ゲームも終わる。いい加減、覚悟を決めよう。

 

「よし、これでいい。傷にならないと良いのだが……」

「大丈夫ですよ。万が一、傷になっても嫁の貰い手は決まってますから。まさか、腕に傷があるから婚約破棄なんてことは──」

「するわけないだろ!」


 慌てるシュナイパーがおかしくて笑ってしまう。


 こんなやり取りをする日々も悪くないと思っている自分に気付き、何かがストンと心のなかに落ちた。

 シュナイパーとの結婚も悪くない。素直にそう思える。


「さぁ、パーティーに戻ろう。サプライズがあるんだ」


 このサプライズが『私の卒業と共にシュナイパーと私が結婚すること』を発表することだと知らない私は、サプライズに胸を踊らせて会場へと戻ったのだった。

 



 それから、二年が経った。リリスは国外追放され、二度と会うことはないだろう。


「ねぇ、シュナイパー。あの時はよくもハメてくれたわね」

「エリザベートを囲うのに必死だったんだ。悪かったよ」

 

 そう言いながら、シュナイパーは私の瞼に口づけを落とす。今ではこの距離感が平常運転だ。

 

「あんなことしなくたって、ちゃんとシュナイパーのこと好きになってたわよ」

「えっ……」

「あら、聞いてらっしゃらなかったの? どんくさいわね」

 

 恥ずかしくって、つい罵れば、シュナイパーはハァハァしている。やはりMっ気はあるんじゃないか……その疑いは最近深まるばかりだ。

 それでも私をギューギューと抱き締めてくるシュナイパーをかわいいと思えるのだから、私もずいぶんとシュナイパーを好きになってしまったらしい。

 抱き締め返すと、ピクリと反応して未だに赤くなる耳が愛しい。

 

「シュナイパー、ずっと一緒に生きていこうね」

 

 やっと二年前の返事をすれば、私を囲む手が震えた。


「泣かないでよ」

「それは無理。そういうエリザベートだって泣いてるだろ」

「幸せで泣いてるんだからいいのよ」

「それなら私も同じだ」


 互いの涙を指で拭い、笑いあう。


 悪役令嬢だから、幸せになれるなんて思ってなかった。けれど、今の私は幸せで隣には絶対に好きにならないと思っていたシュナイパーがいる。


 もしかしたら、シュナイパーに出会うために転生したのかな? なんて、柄にもないことを思いながら、愛しい人の頬に唇を落とした。



 後日、「また以前のように罵ってくれないか」とハァハァしながら懇願され、思わず平手打ちをしたら興奮されることになるとは、この時の私は思ってもいないのだった。



 ──end──

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。


この二人が結婚したら、かわいい猫ちゃんとの生活が待っています。猫のにおいをかいでご機嫌なエリザベートと、その様子を嬉しそうに見るシュナイパーです。機会があれば、その後をそのうち書いてみたいな……とも思っております。



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皆様が楽しい読書ライフを送れますことを願っています!!

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