第六話 再起と試練
陽暦二一一一年六月九日。
日白陽開としての人生が潰えた日。
基、初めてあの夢を見た日だった。
この日に見た夢も、僕が死ぬ前触れだと気づいたが。
実は他にも不思議な現象が起こっていた。
それは、目覚まし時計のアラーム音だ。
この絶望とも呼べるアラーム音と共に、僕の運命を変える一日が始まった。
僕の自室にあるベットの枕元に黒色で四角形の目覚まし時計があり。
いつも六時と六時九分にアラームをセットしている。
アラームを二個セットしている理由は、僕の寝起きが心底悪いから。
さっきも言ったが、僕は寝起きが悪い。
一度の覚醒では意識が朦朧としている状態だ。
時には、目覚まし時計を止めたことすら、全く記憶に残ってないほど。
挙げ句の果てに、そのまま寝過ごしてしまい。
学校に遅刻した回数は見当もつかない。
だが、長年の遅刻という名の経験を積み重ね。
僕はある必勝法を思いつくことができた。
それが『六九アラーム朝シャッキーン法』だ。
まず初めに、六時にセットしたアラームによって半覚醒状態になるが。
また眠りに落ちるのはいつものことなので、次は六時九分にアラームをセット。
その機械音が鳴ったと同時に、一気に上体を起こす。
更に、自分の頬を思いっ切り叩くことで強制的に覚醒させる。
例え覚醒する為とはいえ、他者から頬を叩かれるのは絶対に嫌だ。
けど、自分で叩くのは我慢できる。いや、我慢せざるを得ない。
残りの一分間は、学校に行くか行かないかを決める為の時間です。
まあ、九割の確率で行くことになるんだけど、念の為に設けている。
所謂、最後の悪あがきってやつです。
そういう理由から、僕はいつもアラームを二個セットしている。
その日も、いつもと同じようにアラームが鳴った。
【ピー・ピー・ピ・ピー・ピ、ピ・ピー・ピ・ピー】
六時丁度、この音が通常のものだ。
けど、問題なのは六時九分にセットしたアラーム音。
【ピ・ピー・ピ・ピ、ピー・ピ・ピー・ピー・ピ・ピ】
明らかに普段流れているリズムとは異なっていた。
最初は、単純に目覚まし時計が壊れてるのか?
と思ったが、驚くことはそれだけに留まらない。
目覚まし時計の真上にあるボタン。
それを押さなければ、機械音は鳴り止まない。
基本そうだ。
そのはずなのに、なぜか二回ほどで自動的に鳴り止んだ。
その時は朝ということもあって、深く考えず、そのまま学校に行った。
けど、今考えたら、これも死ぬ前触れじゃないかと気づいた。
または、新たな人生の始まりを告げる音。そう思えてならない……。
◼️◻️◼️◻️
僕は学校に行く準備を整え、外に出て目的地に向かって歩き出した。
目的地は、中学生が義務教育を受ける場所。
そう。皆さん察しているであろう、中学校です。
ふと、空を見上げると。
雲一つない青空の中、燦々と輝いている太陽が顔を出しており。
神様が贈ってくれたとしか思えないような快晴だった。
太陽が発する陽光が地面を照らし。
その陽光が刀のように鋭く尖って僕の体を射してきた。
白いほどに冴え返った陽光が僕の体に浸透し。
真っ黒な心を浄化するかのような感覚が全身を駆け回った。
そんな陽光から背を向けて逃げるように背中を丸くし。
目線を下にしながら、のそのそと歩いていた。
側から見たら、老人と間違えられそうなほど猫背になっており。
歩き方も足取りが重く、間違いなく若者とは思えないだろう。
それでも、僕は陽光を浴びたくなかったから。
更に、着ていた黒色のパーカーのフードを深く被り、完全に身を隠す。
因みに、僕が通っている中学校の制服はブレザー。
カバンの指定は特になく、好きなものを持って来ていい。
なので、僕は黒色のリュックを背負っている。
このリュックは、五歳の時から使っているものだ。
可能性は低いが、このリュックを使っていたら。
いつか、あの時に救った女の子とまた会えるんじゃないか。
そう考え、いつも身に付けるようにしていた。
だから、いつもこのリュックという一つの希望を背負い。
絶望という名の学校に向かっている。
衣服は、白色のカッターシャツの上に黒色のパーカー。
その上に黒色のジャケットを着ている。
灰色のズボンとローファーを履き。
首元には、赤色のネクタイを付けている。
僕には関係ないけど、女性は青色のリボンを付けているらしい。
学校までは、およそ五十分くらいあるが。
仮に自転車を使えば、二十分くらいで辿り着く。
当然だけど、自転車を使った方が速い。
けど、僕は極力自転車は使いなくなかった。
その理由は、疲れるからです。
陰キャとしての人生を歩んで行くと、段々無気力になり。
無意識に疲れることを避けるようになった。
ということで、例え時間が掛かっても。
自転車より疲れない徒歩で向かうようにしています。
そのまま歩いていると、右側に電柱が目に映った。
なんの変哲もないただの電柱だが、僕にとっては一種の目印だ。
なぜなら、この電柱から約百メートル程先に横断歩道がある。
流石に下を向きながら横断歩道を渡るわけにはいかないから。
その時だけは前を向くことにしている。
なので、僕は顔を上げて前に目線を向けると。
真っ先に僕の目に飛び込んできたのは、一人の女性だった。
僕はその女性を目の当たりにし、パッと目を見開いて酷く驚愕した。
前を歩いていたのは、白色のフードを深く被っている。ごく普通の女性。
それだけなら特に問題はない。白色の大きなリュックを背負っている。
白色のフードを深く被った一人の女性が朝早くから歩道を歩いているだけ。
けど、僕が驚いたのはそこじゃない。
僕が注目したのは、その女性が着ている制服だ。
なぜかというと、その女性も僕が通っている中学校と同じ制服を着ていた。
一応言っておくが、決して僕が陰キャすぎて驚愕している訳ではない。
流石にそこまで重症じゃないよ? 多分。
なにせ、この道を通る同じ中学校の生徒を初めて見かけたんだ。
なら、驚愕してもおかしくないはず……だ。
僕は咄嗟に歩幅を狭め、歩く速度を落とした。
このままでは、前方を歩いている女性に追いついてしまうと直感したからだ。
もしも、前にいる女性に追いついてしまったら気まずい。
最悪の場合、気持ち悪がられたら、もう一生立ち直れないかもしれない。
そう思っただけで胃を刀で刺されたみたいに痛くなり。
流れるように、また下に目線を向けてしまった。
……。
けど、これはあれか?
もしかして、友達になれるチャンスなのでは……?
そんな微かな勇気が脳裏を過った。
というのも、僕はずっと考えていたことがある。
自分から何もしなくても、自然に友達ができ。
尚且つ彼女ができて、きっと色彩やかな青春を歩んで行くのだと……。
ずっと、そう思っていた。
けど、違った。やっと、僕は気づいたんだ。
このままでは駄目だってことに……。
今まで思っていたことは、僕の身勝手な幻想にすぎなかったんだ。
だから、もう幻想は辞める。
これからは変えていく。僕も変わりたいんだ。
色々考えて、経験して、やっと答えを導き出せた。
それは、『自分から何かを行動しないと、何も変わらない』ということ。
これが、今までの人生経験から導き出した答えだ。
もちろん、またあの時(十二歳の時)と同じように。
誰かを……。何かを失ってしまうかもしれない。
その考えは消えないし、それは今でも怖い。
けど、今まで通り白色の……。単色の日常を歩み続けるはもっと怖い。
このまま自分から何もしないで、ただ平凡な日々を歩んで行くのは嫌だ。
しかも、今は他に誰も居ない。僕とその女性だけだ。今しかない。
「よしっ……!」
決意を固めるように右手をギュッと強く握りながら掛け声を掛け。
直ぐに行動に移し、僕は歩幅を広げて歩く速度を少し速くした。
丁度その頃、女性は横断歩道の前に立っていた。
どうやら、今は歩行者用信号機が赤色らしく青色になるのを待っているみたい。
というのも、僕の場所からは車両用信号機しか見えない。
だから、予想することしかできなかった。
こっちが今は青色から黄色に……。
あ。ちょうど赤色に変わったな。
ということは、歩行者用信号機は時期に青色に変わるはず。
すると、タイミング良く女性は横断歩道を渡り始めた。
よし、予測通りだ。
今の歩く速度だと女性が横断歩道を渡り終えたぐらいで追いつけると思う。
「……ん?」
だが、僕はあることを疑問に思い、不意に声を漏らした。
それは、前方右側から走行していた一台のトラックについてだ。
車道だからトラックの一台や二台見かけても不思議ではない。
だけど、そのトラックはなぜか猛スピードで走行していた。
自動車の最高速度は六十キロと法律で定められている。
そのトラックは、明らかに六十キロ以上の速度で走行していた。
しかも、さっき言ったように、今は歩行者用信号機が青色。
ということは、車両用信号機は赤色のはず。なら、停止しなければならない。
となれば、車の速度を落とすのが普通だろう。
これは車の免許を取得していない中学三年生の僕でもわかる。ごく常識的なこと。
そのトラックを不思議に思い、じっと見つめていると。
徐々に左側に寄り始め、ガードレール擦れ擦れまで接近していた。
僕が今いる場所からでは、トラックの運転手の姿がはっきり見えない。
だから、運転手の身に何が起こっているのかはわからない。
けど、これだけはわかる。
これは異常事態だ。
このままでは間違いなく前方にいる女性に突っ込む。
だが、女性はまだトラックに気づいてないように見える。
おいおい、やばい。
このままだと、あの女性はトラックに轢かれてしまう。
もし轢かれてしまったら、恐らく助からない。死んでしまう……。
そう思ったと同時に、僕の脳裏に浮かんだ。
それは、助けたい。そして、救いたい。
その瞬間、体が勝手に動いていた……。
◼️◻️◼️◻️
僕は無我夢中で走り出した。
自分でも驚くほど、必死に走れることができた。
例え足が捥げても、それでも走れ。そう自分に言い聞かせた。
僕がどうなろうと、絶対にあの女性を助けたい。本気でそう思った。
なんで? そんなの決まっている。後悔したくないからだ。
もう二度と……。あの時(十二歳の時)のことを繰り返したくない。
だから、助けたい。今度こそ救いたいんだ。
今行動できなかったら、僕は絶対に後悔する。
きっと、もう二度と前を向けない。
例え、向けたとしても、そこにはもう何も残っていない気がする。
だから走る。必ず、あの女性を助けて、救ってみせる。
その時、トラックと女性との距離が残り数センチまで迫っていた。
けど、僕もあと三歩程度で追いつける距離まで来ている。
あと、少し! 僕は女性を前に押し出そうと、左手を前に突き出した。
そして、遂に女性が背負っている白色のリュックに触れた!
その瞬間、目の前が真っ黒な影に包まれた……。
◼️◻️◼️◻️
え、なんだ。何が起こった。
何も見えない。真っ暗だ。
さっきまで、眩いほどの陽光が射していた。
そのはずなのに、今はその陽光さえも全く存在しない。
誰かに助けを呼ぼうと、久々に大声を出した。
つもりだったが、なぜか声が出ない。
もしかして、日頃から親としか会話しないから、声帯が老朽化したのか?
……いや、そんなことあるかい。
ていうか、声帯って老朽化するの?
……。
いやいや、落ち着け。
こんな時になに意味わからないこと考えてるんだよ。
声帯が老朽化するわけないし。
とにかく、全く声が出ないのは明らかにおかしい。
しかも、気のせいか、全身の力が抜けていく感じがする。
いったい何が起こっているのか訳がわからない。
まさか死んでいるわけでもあるまいし。
……。
え、もしかして……。
――僕はもう、死んでいるのか?
僕の脳裏に最悪が過った。
それは、死の予感だった。
正確には、死ぬ一歩手前ってところかな。
それを裏付けるのには十分すぎる。
昔、なにかの本で見たことがある。
確か……、そうだ。
人間が死ぬ時に起きる症状についての本。
その本には、徐々に言葉が話せなくなり。
目が見えなくなっていくって書かれていた。
丁度、今僕に起きている症状に全て当てはまる。
なるほど……。
これが死ぬっていう感覚か。
もうどうでもいいと諦めていた人生だったが。
いざ終わると思ったら、なんだか悲しい気分になるな。
あ、やばい。
とうとう意識が朦朧としてきた。
僕は最後に二人の人物について考えた。
まず一人目は、あの女性のこと。
僕はあの女性を助けることができたのか。
今はそれが気がかりでならない。
顔も名前もわからないけど。
もし助けることができなかったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
それが一つの心残りだ。
それに、僕が唯一度……。
いや、違うか。
確か五歳の時にも同じようなことがあったな。
あの時はちゃんと助けて、救うことができた。
なら、今回は二度目か。
最後に僕が勇気を出して起こした行動。
もしそれで、あの女性を助けることも。
救うこともできなかったとしたら……。
きっと僕には、ずっと絶望が残り続ける。
全身が絶望に浸るくらい、真っ黒に染まると思う。
まあ、確実に僕はこのまま死んでしまうが。
それでも最後に憧れの存在に一歩近づいた気がする。
この感覚だけは一生忘れない。
例え、命尽きようとも。
絶対に……。
二人目は、僕の父親だ。
僕は脳内で父親の姿を想像し、語りかけた。
ねえ、父さん。
あの時(二歳の時)、父さんが言っていたことが。
なんとなくだけど、ようやく少しだけわかった気がするよ。
あの時、僕に伝えたかったこと。
それは、失敗しても前を向いて、勇気を出して前に進もうとした行為。
例えば、何かを成そうと、誰かを助けようとしたした行為は、必ず次に繋がる。
自分にとっても。
その誰かにとっても。
そういうことでしょ?
もっと早くに理解できていれば、僕の人生も変わっていたのかもしれないな。
……。
いや、そんなはずはないか。
絶対に変わらないに決まっている。
こんなのただの言い訳だ。
例え理解できていたとしても。
人間の本質はそう簡単には変えられない。
僕はそのことを痛いほどわかっている。
てか、どう考えても二歳児には難しすぎるでしょ。
理解するのに約十三年かかったよ。
それでも理解できた僕って凄くない?
けど、自分でいうのもなんだが、僕はそんなに頭がいい訳ではない。
となると、理解できたのは、やっぱり親子だからかな。
そう考えると、血の繋がりって凄いね。
終わるのがわかっていても、つい考えてしまう。
こんな僕でも、努力したら父さんのような人間になれたのかなって……。
僕も父さんのようなかっこいい人間。
えっとー、なんて言うんだっけ?
……。
そうだ、英雄。
でも、ただの英雄じゃなく、最高の英雄だ。
そんな人間になりたかったな……。
これがもう一つの心残りであり、最初で最後の僕の憧れだ。
淡い期待かもしれないけど……。
もし次の人生があるとしたら、その時は必ずなるよ。
その世界でみんなが認める。
沢山の人を救う。
最高の英雄に……。
――それを最後に、僕は完全に意識を失った。
◼️◻️◼️◻️
これで僕の人生は幕を閉じる。
……と思ったのだが。
なんと、僕が死に際に願った淡い期待が叶ったのか。
現在、月影浸夜として新たな人生を歩んでます。
ただ、それでも唯一つだけ悔いが残った。
それは、あの女性のことだ。
前世の僕が死んでるってことは、恐らくあの女性も……。
結局、僕は誰も救うことができなかった。
その結果だけが残ってしまったのだ。
そのことがわかった時、僕の中に絶望が広がっていく感じがした。
けど、さっきも言ったように。
今はその絶望を仕舞い込み、心の奥底に置いておくと決めた。
それに、あの時の女性を完全に救えないわけじゃない。
まだ、一つの希望が残されている。
というのも、恐らく……。
いや、間違いなく。
この世界にも、あの時の女性は存在している。
その理由は……。
――この世界が、並行世界だからだ。




