第五話 真夜中の責任と絶望
陽暦二一〇八年六月十三日。
僕が十二歳の時に起きた出来事。
丁度、シャドウが六歳くらいになった時だった。
その頃のシャドウは、飼い始めた頃よりも大きく成長し。
僕の頭くらいの大きさになり、両手で抱えるのがやっとの重さになった。
最初はできる限り触れ合っていたかったから。
いつでも一緒に居られるように、室内で飼っていた。
特に夜は僕の布団で一緒に寝るのは定番。
それが一番幸せな時間だったかもしれない。
そして、朝起きると、僕の布団にシャドウのウ○コがあるのも定番。
その掃除をするのは、一番不幸せな時間だったかもしれない。
まあ、それでも一緒に寝たいんだけどね。
けど、シャドウは成長するにつれて、行動範囲が格段に増えてしまった。
どれくらいかというと、階段を自力で登って僕の部屋に突撃するくらいだ。
突撃と言っても、ただの頭突きなんだけど、かなりの威力を誇っているんです。
しかも、これがめっちゃ凹んでるんですよね。
その証拠に、今も扉にシャドウの顔の形がくっきりと刻み込まれている。
当然、そのあと母親に怒られてました……。
――僕が。
もちろん、母親は恐ろしいほど怖い笑顔になり。
体を中心に禍々しいオーラを醸し出している状態でした。
なので、その頃から庭に小屋を作り、外で飼っていた。
いや、わかってる。
僕だって、シャドウと一緒に居られないのはとても悲しい。
けど、このまま室内で飼い続けたら、家が崩壊してしまう。
シャドウはそれほどの破壊力を身につけてしまったんだ。
それに、シャドウが頭突きして残した無数の跡。
その跡を見た母親の怒りは、すべて僕に矛先が向く。
このままでは僕の命も危ないのだ。
だが、正直庭で飼うのも不安はある。
それは、車道に出ないかという不安だ。
というのも、庭で飼い始めて数日が経った頃……。
なぜか妙に胸騒ぎがして、シャドウの様子を見に行った時のことだった。
突然シャドウが颯爽と小屋から飛び出し、車道に向かって走り出したんだ。
シャドウは名前通り、本当に車道が好きらしい。
その時は僕が近くに居たから、間一髪でそれを阻止できたが。
いつ車道に出るか気が気じゃないという理由から、不安な訳です。
当然、両親は仕事で忙しいし、僕も日中は学校に行かないといけない。
だから、次に同じような状況が来た場合、絶対に阻止できるとは限らない。
ということで、小屋本体と扉に金具を取り付け。
ダイヤル式の南京錠を掛けるようにした。
これなら流石のシャドウも抜け出せないはず。
そう思っていた……。
けど、事件は起きた。
◼️◻️◼️◻️
その日の夜――。
シャドウに夕食をあげようと外に出ると。
完全に陽は沈み、辺り一面に深い闇がたちこめており。
空を見上げると、真ん丸で卯の花のように真っ白な月が顔を出していた。
僕は左手でペレットフードをたっぷり入れたボウルを持ち。
シャドウが居る小屋へと向かい、呼びかけながら覗いた。
「シャドウ。ご飯だよー」
けど、そこにシャドウは居なかった。
そこに居るはずなのに、影も形もなかったんだ。
「シャドウ。どこ行ったんだ……。まさか……」
僕はボウルを地面に置き、目を凝らして小屋の周辺を見渡した。
そして、小屋の変化に気づいた。
小屋の扉に取り付けていた金具が錆びて外れていた。
しかも、南京錠が小屋本体に取り付けている金具にぶら下がり。
シャドウが通れる広さくらい扉が開いていたんだ。
それを見て僕は唖然とし、あることを確信した。
シャドウが家の外に出たのだと……。
そのことを確信した途端、全身に恐怖が駆け巡り。
慌てながら、一目散に家に入って両親に報告した。
「母さん! 父さん! シャドウが居ない!」
「え!? 本当、陽」
最初に反応したのは母親だった。
直ぐに父親も気づいてくれて、僕の元へ駆け寄ってくれた。
二人とも、僕が言い放った一言に驚き、ハッと目を見開いていた。
「うん……。小屋の中にシャドウの姿がないから周りを見渡したら……。金具が錆びて取れてて、扉が少し開いてたんだ……」
両親から向けられる視線を避けるように、咄嗟に下へ目線を向け。
自分が確認した小屋の状況を説明すると同時に、自分自身に問いかけた。
『いつから金具が錆びていた?』
(わからない)
『いつもシャドウに餌をやる時に、なぜ確認しなかった?』
(金具が錆びるっていう考えがなかったから)
『じゃあ、シャドウが外に出てのは、誰のせいだ……?』
(僕だ……)
僕のせいで、シャドウは外へ出てしまったんだ。
そう思い、僕は焦燥感を限界まで高めながら。
両手をギュッと握り、己の愚かさを身に染みて感じていた。
「大丈夫。まだそんな遠くへ行ってないはずだ。手分けして探そう」
そんな僕の姿を見て、父親が提案してくれた。
父親が言うように、直ぐに探してあげないといけない。
それは僕もわかっているんだけどさ……。
「うん……。ごめん、僕がきちんと確認してなかったから……」
本当に、何をやってるんだ僕は……。
金具を取り付けたからって、いずれ劣化するのは当然だ。
なら、ちゃんと確認するべきだっただろ。
僕は自分自身を責め続け、次第に呼吸が荒くなっていた。
当然、責任を感じても、起こってしまったことを変えられるわけじゃない。
それでも、今の僕には自分を責めることしかできなかった。
「いや、陽のせいじゃないよ。父さんや母さんも気付くべきだった。ごめんな」
「そうよ。母さんたちだって、シャドウの小屋の確認を怠ってたもの。だから、陽だけが、一人でその責任を背負うことないのよ」
父親はスッとしゃがみ、僕の両肩を両手で優しく掴み。
母親も同じようにしゃがんだ後、右手で僕の頭を撫でてくれた。
「父さん……。母さん……」
恐らく僕の姿を見て、そうするべきだと思ったのだろう。
けど、なんで二人が謝るんだ……。
いつもシャドウに餌をあげてたのは僕だ。
こうなる前に僕が気づかないといけなかった。
だから、これは僕だけの責任だ。
なのに、二人とも自分たちも悪かったって、なぜか謝っている。
その責任を、僕一人に背負わせないようにしてくれているんだ。
それに、こんな時でも父親は僕を怒らないのか……。
思えば、父親は僕を怒ったことは一度もない。
いつも僕を心配し、憧れを抱かせてくれる。
母親だって怒ることは多々あるけど。
それは僕を案じているからこその行動だ。
いつも二人は僕のことを思ってくれている。
本当に立派すぎる両親だと改めて認識した。
そう思うと、のしかかっていた責任が和らいでいき。
徐々にではあるが、荒くなっていた呼吸が整い始めた。
「よし。早くシャドウを見つけてあげよう。もしも怪我でもしていたら大変だ」
そうだ。
早くシャドウを探してあげないといけない。
けど、その前に……。
「うん。ありがとう」
僕は最後に、両親へ感謝の気持ちを伝えた。
◼️◻️◼️◻️
僕たちは急いで外に出て、三人で手分けして近辺を探し回った。
具体的な方向は、父親が東側から西側を探し。
母親が南側から北側で、僕が西側から東側を探すことになった。
時間は刻々と過ぎていき、気づけば真夜中になっていた。
周囲は完全に闇が立ち込んでおり、視界が当てにならないほど真っ暗だった。
つまり、もしシャドウが近くに居たとしても、視界に捉えることは絶望的すぎる。
となれば、シャドウを見つける方法はこれしかない。
その方法は至ってシンプル……。
「シャドウ!」
そう。シャドウの名を呼ぶんだ。
シャドウはいつも僕が名前を呼んだら直ぐに寄り添ってくれた。
だから、きっと今回もいつものように僕の声に反応してくれるんじゃないか。
僕の近くに来てくれるんじゃないかって思ったんだ。
そう信じつつ、僕は休むことなく走り、大声でシャドウの名を叫んだ。
例え息が切れても足を動かし、声が枯れても声を出し続けた。
そして、遂にシャドウを見つけた。
場所は、ちょうど西側と東側の中間地点。
見つけられたのは、月の光がシャドウを照らして地面に影が映っていたから。
遠くからだが、見た感じ怪我はしていないみたい。
見つけるのに時間が掛かったが、何はともあれ無事で良かった。
僕は安心して吐息を一つし、シャドウを呼ぼうと口を開いた。
だが、叫び続けたせいか、声が枯れて全く声が出なかった。
なので、シャドウの元に駆け寄ろうと近づいた。
……けど。
急に左側から二つの光がシャドウを照らし。
徐々に大きくなって近づいていることに違和感を抱いた。
最初はなんの光かわからなかったが、直ぐに光の正体に気づいた。
その光の正体は、救急車のヘッドライトだった。
なんで救急車が?
そう疑問に思ったが、直ぐに解決した。
僕は真夜中の暗闇でわからなかったんだ。
今シャドウが居る場所が車道だってことに……。
そのことがわかった途端、僕は残った体力を振り絞って足を動かして走った。
だが、ここまで走った疲労が蓄積しており。
足が思うように動かず、視界もぼやけ、まともに走れなかった。
でも、そんなことはどうでもいい。
僕のことなんて知ったことじゃない。
とにかく走れ!
足を動かせ!
理由は決まってる。
助けたいからだ。
そう強く思いながら、必死に走り続けていると。
シャドウとの距離は徐々に縮まり、あと数歩で辿り着くところまで来ていた。
けど、それは僕だけじゃない。
僕が近づくのと同時に、救急車も直ぐそこまで迫っていた。
「シャドウ!」
僕は最後の力を振り絞り、大声でシャドウの名を叫んだ。
……つもりだった。
だけど、現実は絶望的なほど虚しく。
僕の喉は完全に潰れており、全く声が出なかった。
そのことに気づき、車道から突き飛ばそうと。
咄嗟に左手を前に突き出し、シャドウを助けようとした。
僕は助けたかったんだ。
どんな手を使ってでも、救ってあげたかった。
けど、届かなかった……。
シャドウは微動だにせず。
ただ、その紫色の瞳で僕を見つめていた。
まるで、僕に救いを求めているかのようだった……。
徐々に迫り来る救急車のヘッドライトの光。
その光が、二つの月みたいにシャドウの影を映し出し。
二つの月明かりの中に、シャドウが浸透しているかのように見えた。
そして、シャドウはそのまま救急車に轢かれてしまった……。
それが、シャドウとの……。
僕の掛け替えのない大切な存在との別れだった。
その瞬間、僕の心の中で繋がっていたものが。
バッサリと切り離されていくような感じがした。
僕は足を止め、全身の力が抜けたように膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。
声は枯れていたが、掠れた声のような音を上げながら、ただ泣いていた。
数分が経過し、一緒に探してくれてた両親がこちらに駆け寄って来て。
僕の様子を見て、直ぐに状況を把握したらしく、敢えて何も聞かなかった。
その後、シャドウの亡骸を回収し、小屋の横に埋めてあげた。
この日、僕は自分自身に絶望した。
何もできず、ただ泣くことしかできなかったことに……。
今も尚、この時の出来事が色濃く脳裏に刻み込まれ。
僕は自分から向かって行動することをキッパリと辞めてしまった。
と同時に、僕の新たな人生……。
――陰キャとしての人生が始まった。
それからは、何事にも下向きに行動し。
周りの流れに沿うままに、憂鬱な日々を送った。
とにかく怖かったんだ。
僕が何かをしようとしたら、いつか失ってしまうんじゃないか……?
その考えが、刀のように鋭くなり、僕の心に深く突き刺さっている。
だから、僕は日陰者として生きていこうと決めた。
そうしていると、次第にクラス内で孤立し始め。
気がつけば周りから、『陰キャの極み』と言われるようになっていた。
まあ、仕方がない。
これは、自分で選んだ人生だ。
だから、これでいい。
これでいいんだ……。
◼️◻️◼️◻️
てなわけで、僕は陽キャを目指すことを完全に諦めた。
結果、どうしようもないほど陰キャを極めてしまったというわけです。
はい、思い出話終了っと……。
でも、これで終わりじゃない。
どうやら、僕の中には、まだ一つの希望が残っていたらしい。
その希望のお陰で起こせた行動。
それが、日白陽開の最後に起こした行動だった。




