第三話 救った行動と希望の約束
陽暦二一〇一年七月二日。
五歳の時にあった出来事。
この頃から、父親の仕事が忙しくなり、なかなか一緒に遊んでくれなくなった。
かといって母親も銀行に勤めているので、代わりに遊んでくれるのは難しい。
しかも、追加で家事もしているから、当然忙な日々を送っていた。
流石の僕も、そんな状態の両親に遊んでもらうのは忍びない。
逆に遊んでもらったら心が傷んでしまう。
ということで、僕は基本一人で公園に行くようになった。
必ず黒色のリュックを持参してね……。
その理由は、母親との約束したから。
『陽。一人で公園に行ってもいいけど、万が一怪我をしたらいけないから。公園に行く時は、必ずこのリュックを持って行くのよ。わかった?』
そういう理由から、絆創膏やタオルなどをリュックいっぱいに詰め込んでいる。
しかも、当時の僕がギリギリ背負えるくらいの大人用。
因みに、中学校に行く時も使ってました。
昔から母親は父親に負けないくらいの心配性だった。
だけど、その頃から更に心配度が増した気がする。
思えば、僕が軽自動車と事故りそうになった時から。
母親は異常なほど僕に対して心配しているようになった。
僕が死にかけた日も家に帰ったら。
血だらけの父親を見て、真っ先に心配する母親。
とても優しい。これぞ夫婦って感じがした。
けど、僕が事故りかけたことを知り、直ぐに激怒する母親。
変わりようが凄すぎる。仲がいいのか疑問に思うほどの変化。
でも、プンスカと怒りながらも、ちゃんと手当てをしてあげる母親。
やっぱり優しい。なんやかんや、父親のことも大切に思っているみたい。
そして、反論することなく、ただただ必死に謝る父親。
結果、母親は怒りながらも、僕たちが無事なことを安心していた。
その姿を見て、母親がどれだけ僕たちのことを思ってくれているのか。
そのことを実感し、二度と同じ過ちを繰り返すまいと心に誓った。
それに、母親が怒るのにもちゃんと理由があり。
ただ怒っているのではなく、それほど大事にしているってことだとわかった。
てなわけで、その日も一人気ままに遊具で遊んでいた。
因みに、公園名は『三光公園』っていうらしい。
三光公園には、全七種類の遊具が設置してあり。
滑る台・ジャングルジム・鉄棒・シーソー・ブランコ・雲梯・砂場がある。
その中でも、僕は特にシーソーとジャングルジムがお気に入り。
父親と遊ぶ時は、必ず一回〜三回はシーソーで遊ぶくらい好きだけど。
一人で遊ぶのは不可能なので、最近は基本ジャングルジムで遊ぶことが多い。
その日もジャングルジムで遊んでいた。
ジャングルジムには、他にも何人かの子供が居たが。
見る限り、付き添いの大人は誰一人も見当たらなかった。
どうやら、僕と同じように一人で遊んでいる子たちばかりみたい。
その子たちを見て、どこの家庭も同じなんだな〜としみじみ思った。
働いたことがないからよく知らないけど。
会社によって、忙しい時期っていうのがあるのかもしれないな。
そんな大人しか知り得ないようなことを考えていると。
急にシーソーがある辺りから、男の子が騒いでいる声が聞こえてきた。
気になって、声が聞こえた方向に目線を向けると。
二人の男の子から水鉄砲を向けられている一人の女の子を発見。
女の子は、黒色の髪を目元が隠れるほど長くしており。
隅っこでしゃがみ、両手で耳元を押さえていた。
対する男の子の一人は、黒色の髪を坊主にし、黒色の瞳をしており。
目つきがとてつもなく悪く、ガキ大将的な風貌を醸し出していた。
名前がわからないので、仮で坊主と呼ぼう。
もう一人は、茶色の髪をオールバックにし、黒色の瞳をしており。
目つきは悪くないが、生意気な風貌が漂っていた。
こっちは仮で、ヤクザと呼ぼう。
耳を澄ませると、二人の男の子が、
「おい、貞子! あっち行けよ!」
「妖怪が人間界に降りてくんな!」
などと口にしている。
更に、両手に持っている水鉄砲を発射した。
狙いは言うまでもなく、その女の子だ。
案の定、その水が女の子に直撃し。
バケツの水を被ったように、ずぶ濡れになっていた。
これは間違いなく虐めだな……。
因みに、貞子って正確には妖怪ではなくて幽霊らしいよ。
まあ、その女の子も髪が腰くらい長いから、見た目的には類似している。
しかも、数日前にテレビで『貞子』っていう映画が放送されていた。
恐らく、その影響で貞子呼ばわりしているのだろう。
けど、だからといって虐めてもいいなんて理由にはならない。
周囲を見渡すと、他にも子供が何人か居た。
だが、全員が便乗するように、見て見ぬ振りをしていた。
きっと、関わりたくないんだろうな。
僕も人見知りでコミュ障だから、気持ちがわからないでもない。
そう思うと同時に、僕は下に目線を逸らしてしまった。
……。
『で? だからなんだ?』
すると、僕の中に居る。
もう一人の僕が語りかけてきた。
正確には、居るというのとは少し違う。
僕が勝手に作り出しただけの存在にすぎない。
もっと簡単に説明すると、自問自答しているだけです。
はい、説明終了。
では、二人の会話をどうぞ〜。
『人見知りでコミュ障を理由に、お前も見て見ぬ振りをするのか?』
(いや、もしそれをしたら、きっと僕はずっと下を向いたままだ)
『なら、お前はどうするべきだと思う?』
(よりゃあ、女の子を助けるべきだと思うよ)
(けど、僕にそれができるのかはわからない)
(わからないから、前を向けないでいるんじゃないか……)
『おいおい。お前は誰に憧れたんだ?』
(それは、父親だ)
『なら、父親がどう行動するのかを考えればいいんじゃないか?』
(父親なら、迷わずに女の子を助け……。いや、救ってあげると思う)
『じゃあ、その行動をお前がやってあげればいいんじゃないか?』
(そんな簡単に言われても、できるもんじゃない)
(それは、僕自身がよくわかっているだろ)
『じゃあさ……。お前はいつまでに、父親のようになるつもりなんだ?』
(それは、今すぐにでもなりたいよ……)
(けど……)
『父親がこの場に居たらするその行動を、お前が今しないでどうする?』
『今前を向き、一歩踏み出さなければ、お前は一生変わらないぞ』
『お前は、それでもいいのか……?』
『今のままで……。変わらないままの状態で……』
『本当に、お前はそれでいいのかよ!?』
(……そうか。そうだよな)
(僕が人見知りとか、コミュ障とか……。そんなのはどうでもいい)
(父親ならどうするかを考えて、行動すればいいだけなんだよ)
『だろ? よし。念の為に聞くけど、今はどんな状況だ?』
(二人の男の子が、一人の女の子を虐めてる)
『その状況は、通常の出来事なのか?』
(いや、今の状況はどう考えても異常事態だ)
『悪いのはどっちだと思う?』
(二人の男の子)
『じゃあ、女の子は何を望んでる?』
(誰かに助けてほしいって。救ってほしいって思ってるはずだ)
『なら、お前はどう行動する? どうするべきだと思う?』
(それは、助けたい。そして、救いたい)
そう思った瞬間、体が勝手に動いていた……。
なんで動くことができたのかはわからない。
自分でも不思議なほど、迷うことなく足を動かせた。
僕はそのまま止まることなく、一直線に女の子の前まで移動した。
「やめなよ」
そして、女の子を庇うように、両腕を横に突き出し。
自慢のクリクリとした目を鋭い目つきに変えて注意した。
まずは定番の決め台詞をかまし。
これでやめてくれたらいいと願ったのだが。
どうやら、そういうわけにはいかないらしい。
即座にヤクザと坊主が睨み返してきた。
歳の差はそんなにないと思うけど、威圧が格段に違う。
例えるなら、マウンテンゴリラVS子兎みたいな感じです。
「あ? なんだお前。邪魔すんな!」
「チビは引っ込んでろよ!」
おいおい、二人とも言い方が荒々しすぎるだろ。
ヤクザは暴力的な口調で反論してるし、坊主は痛いところを突いてくきやがった。
うるさい! 成長期なんだよ!
っと、ツッコミたいが、落ち着け僕。
ここで反論したら、あの二人と同じレベルってことだぞ。
それは嫌すぎる。見た目で負けていても、心は負けたくない。
落ち着け……。落ち着け……。
そうだ。こういう時は、一度深呼吸をしよう。
僕は吸い込めるだけの空気を鼻から吸い込み。
ゆっくりと口から空気を吐き出して、精神を安定させようと試みた。
少しだけ苛立ちが弱まったことを実感し、僕はヤクザと坊主に負けじと。
胸を張ってドンと構え、誠意一杯の威圧を込めて、正論を叩きつけた。
「邪魔? それは君たちの方だよ」
「は? 何言ってんだこいつ」
「頭沸いてんじゃねーの」
僕の発言を馬鹿にするように鼻で笑いながら、ヤクザと坊主は話し合っていた。
「ここは公園。つまり、子供が遊ぶ場所だ。なのに、か弱い女の子を虐めている君たちの方がよっぽど邪魔だよ」
「う、うるせえ! 妖怪を虐めて何が悪いんだよ!」
「そ、そうだそうだ! 妖怪なんかを庇ってんじゃねーよ! それとも、お前も妖怪の仲間か!?」
よっぽど腹が立ったのか、ヤクザと坊主は大声で反論している。
けど、それって自分たちが邪魔なこと自体は認めてしまっているよ。
どうやら、見た目通り頭が少し足りてないっぽいな。
図星を突かれて、明らかに動揺しているみたいだし。
うん。これならいける……。
こんな感じで少しずつ痛いところを突いていき。
この邪魔者どもを公園から追い出そう。
「ん? 別に、僕は妖怪でもいいよ」
「おいおい。じゃあ、お前も一緒……」
「でもさ。なら君たちは、悪人でもいいの?」
ヤクザが腹立つ顔で挑発してくるが。
その上から僕の言葉で掻き消し、究極の問いかけをした。
「はあ? なんで俺たちが悪人なんだよ! 悪いのは妖怪だろうが!」
キレて更に腹立つことを口にする坊主。
予想はしていたが、やっぱりムカつくなコイツ。
手を出さずに我慢しているこっちの身になれってんだ。
「確かに、妖怪は悪いことをするのかもしれない。けど、じゃあ僕たちは今悪いことをしてるのかな?」
「いや、それは……」
「うっ……」
正論すぎる僕の発言に何も言い返せないらしく。
ヤクザと坊主は悔しそうに口をつぐみ、ようやく大人しくなり始めた。
この気を逃すわけにはいかない。
今の僕は、ヤクザと坊主の言い方や態度で爆発寸前の状態。
今までのお返しをする意味で、全ての思いをこの言葉に乗せて叩きつけてやる。
「君たちがその妖怪を虐めている。つまり、悪いことをしているのは君たちの方だろ」
「じゃあ、君たちは悪人……。いや、君たちの方がよっぽど妖怪だよ」
「お、おい。もう行こうぜ」
「あ、ああ……。お、覚えてやがれ!」
ヤクザと坊主は何も言い返せず、諦めて帰って行った。
しかも、悪人が最後に発するお決まりのセリフを口にした坊主。
へ! ざまぁ見やがれってんだ! と、ドヤ顔をかます僕。
いや〜、一時はどうなることかと思ったが。
なんとか邪魔者どもを追い出すことができたみたいだな。
これで一件落着!
その後、二人が公園を出て行ったのを確認し。
僕は直ぐに女の子に駆け寄り、優しく声をかけた。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「うん……」
女の子は俯いた状態のまま、掠れた声で返事をしてくれた。
「そっか……。良かった」
外見は水で濡れてはいるけど。
どうやら、どこも怪我はしていないみたい。
だから、それは良かった。
そういう意味での『良かった』だ。
けど、問題なのは内面だ。
あんなことをされて大丈夫なわけがない。
きっと、心には深い傷が残っていると思う。
「なんで……」
すると、女の子は掠れて聞き取れないほど小さな声を呟いた。
「ん?」
「なんで、私を助けてくれたの……?」
女の子は少し張り気味に呟いた言葉。
それは、どこかで聞いたようなセリフだった。
確か、僕が父親に助けてもらった時に同じことを問いかけたんだっけな。
しかし、まさか自分にその質問が返ってくるとは思ってもみなかった。
「それは……」
えっと〜。あの時、父親はなんて答えてたっけ?
……。
そうだ。
確か……。
「なんというか、助けたいって……。そう思ったからだよ」
あの時、父親は後悔したくないからって言っていた。
つまり、失いたくなかったからこそ、行動できたってこと。
それは、今の僕も同じだ。
実をいえば、あのまま見て見ぬ振りもできた。
けど、もしそうしていたら、僕は何かを失ってしまう気がした。
だから、僕は助けたかった。
そう思ったからこそ、行動できたんだ。
いや、少し違うか……。
恐らくその行動に論理的な理由は存在しないんだ。
誰かを助けようと、救いたいと思った行動に、理由なんて必要ない。
理由をこじつけなくても、そう思って行動したことに意味があるんだと思う。
僕がそう言うと、女の子は両手をギュッと握り、
「で、でも……。私、貞子……だよ? 妖怪……なんだよ……?」
今にも泣き出しそうな声を必死に抑え。
震えながら、言いたくないであろうその言葉を口にした。
やっぱり、さっき言われたことを気にしているな。
そりゃあそうだ。誰だって、あんなこと言われたら傷つくに決まっている。
僕は、まだ助けることしかできていない。
だから、次は救ってあげよう。
「それは、彼らが勝手に言ってただけにすぎないよ。君は妖怪なんかじゃない」
僕は背負っているリュックを下ろし。
中から一枚のタオルを左手で取り出して。
女の子に差し出しながら、救いの言葉をかけてあげた。
「君は正真正銘、人間だよ。だから、気にしないでいいんだよ」
その言葉を聞き、女の子は徐々に顔を上げ。
前髪でよく見えないが、多分こちらに目線を向けていた。
「そ、そっか。私は……、人間でいいんだね……。ありがとう!」
女の子は希望を見つけたように安心した表情を浮かべ始め。
徐々に口元を緩ませながら、そのタオルに右手を置いて、お礼を口にした。
「うん!」
その時、丁度東側からやや強い風が吹き。
女の子の前髪が揺れ、前髪に隠れていた瞳が見えた。
そこには、綺麗な青色の瞳がキラキラと輝いており。
瞼に笑みを浮かべ、目元を仄かに赤くし、嬉しそうに涙を流していた。
そんな女の子を見て思ったんだ。とても綺麗で、凄く可愛いって……。
これが、僕の人生で初めての一目惚れだった。
◼️◻️◼️◻️
その後、女の子は濡れた髪や服をタオルで拭いていた。
まだタオルは沢山あるが、見た感じ一枚だけで充分みたいだな。
ということで、僕がやれることは全て終わりました。
ではでは……。
「じゃ、またね」
僕はリュックを背負い、女の子に一声かけた後。
一直線に公園の出入り口へ向かって歩き出したのだが……。
「あ、あの。タオル……」
直ぐに女の子が気付き、丁寧に髪を拭いていた手を止め。
右手で持っていたタオルをこちらに差し出し、慌てながら聞いてきた。
確かに、そのタオルは元々は僕の物。
普通なら僕に返すのがセオリーってやつだと思う。
けど、僕の中でのセオリーは少し違うんですよ。
ピタッと足を止めて、女の子の方へ振り向き、キメ顔で返答した。
「ん? あー、それはあげるよ」
前に恋愛ドラマで見たことがあるんだ。
こういう時は、返してもらわず、そのままあげるのが正しい選択だってね。
なぜって? それは、そっちの方がカッコいいからだよ。
そして、多分女の子はこう言うはずだ。『うん。わかった。ありがとう』ってね。
その言葉を最後に、僕は公園を出る。うん、我ながら完璧だろ。
「え、いや。そんな……、悪いよ」
おっと……。
やばい、予想外の言葉なんですね。
ど、どうしようかな。
まさかそういう言葉が返ってくるとは思ってなかった。
「うーん。じゃあ……」
僕は左手を握り、親指を顎に当てて、悩んでます感を醸し出した。
結果、いい返答を思いついた。
僕は左手を戻し、キザでカッコいい提案を口にした。
「じゃあ、次に会う時に……。もしも、僕が泣いていたら。そのタオルを渡してよ」
恐らく、そんな時はない。
それに、また会える根拠もない。
けど、もしかしたらね。
可能性はゼロじゃないから。
また会う日が来るかもしれないし。
すると、女の子は嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべ。
先程まで差し出していたタオルを胸部辺りでギュッと握り締めていた。
「うん。わかった。その時がきたら、必ず渡すよ」
この口約束を交わした後、僕は公園を後にした。
このゼロにも等しい口約束が、後に僕の中で希望なるなんて。
当時の僕は、全く思いもしていなかった……。
◼️◻️◼️◻️
その日、僕がしたとは、父親と比べたら大層なことではなかったかもしれない。
けど、当時の僕にとって、この日の出来事は大きな一歩を踏み出した感覚だった。
それに、女の子が最後に言ってくれた言葉。
『ありがとう!』
その言葉が、何よりも嬉しかった。
僕が起こした行動で、あの女の子を救うことができた。
そう思うと、自然と勇気が湧いてくる気がしたんだ。
この調子で陽キャまでの距離をどんどん詰めて行こうと心に誓った。
そんな時、更に僕の人生を大きく変える出来事が起きた。
いや……。
――人生を変える出会い。
と言うべきかな。




