第二話 全ての始まり
ところで、なんで前世で友達がいなかったのか。
そう疑問を抱いている人もいるだろうから、次はその理由を教えよう。
理由は至って簡単。それは僕が陰キャだから。
しかも、さっきも言ったように、僕は陰キャを極めた男だ。
つまり、普通の陰キャより更に上の存在に位置しているってわけ。
人間は必ず『陰キャ』と『陽キャ』の二つに分離しており。
元々備わっている素質から、強制的にどちらかに決定してしまう。
僕は生まれて此の方、極度の人見知りでコミュ障だ。
故に、拒むことなく陰キャに決定してしまった。
けど、それは途中から変更することも可能。
もちろん、簡単ではないけどね。各個人の努力次第だ。
もしも陰キャが『陽キャになりたい!』って言っても。
『はい、わかりました』なんてわけにはいかない。
なぜかというと、そもそも居る場所が異なるからだ。
例えるなら、陰キャが居るのは『陰のエリア』。
陽キャが居るのは『陽のエリア』。簡単にいうとこんな感じ。
二つのエリアの差は、千歩程度の距離が存在する。
その言葉からもわかるように、途方もない道のりだ。
更に、入り口の門には巨大な扉があり、陰のエリアに行きたければ『陰の扉』。
陽のエリアに行きたければ『陽の扉』を開く必要がある。
元居るエリアに入る際は自動的に扉が開くが。
違うエリアに入ろうとすると、自力で開ける必要がある。
結構簡単そうに思うかもしれないが、これがめっちゃ難関ポイントなんです。
この扉は押しても引いてもビクともしない。
本当に理不尽なほど強大な扉が立ち塞がっている。
しかも、多分その扉を開けるには何かしらの証が必要になる。
なぜそんなことがわかるのか。それは僕がずっと陰キャだったわけじゃないから。
ほぼほぼ陰キャだったけど、こんな僕にも陽キャを目指したことはあった。
そう。確かにあったんだ……。
ということで、少し思い出話をしよう。
これは、とても重要な思い出。今後にも大きく関わってくる大事なことだ。
僕の人生を大きく変えた出来事……。
――全ての始まりだった。
◼️◻️◼️◻️
陽暦二〇九八年十月三日。
あれは、僕が二歳の時に起きた出来事だった。
その頃の僕は、今と違ってとても陽気で遊びたがりで。
よく父親と一緒に家の近くにある公園に行って二人で遊んだ。
その公園を出たら、直ぐに道路になっているので非常に危ない。
なので、絶対に道路に出ないように、と両親から釘を刺されていた。
その言葉を胸に秘め、その日もいつものように白昼に外へと繰り出し。
公園にて父親と一緒にキャッチボールをして遊んでいた。
キャッチボールを知らない人のために説明すると。
二人で交互にボールを投げ合うだけの単純な遊びのこと。
ここまでは、別に死ぬような感じはしないでしょ?
僕もそう思ってた。けど、突然その時はやってきた。
何球目かは覚えてないが、父親が投げたボールがいつもよりも少し高かった。
明らかに当時二歳だった僕が届かないほどの高さだった。
案の定、僕はキャッチできず、そのまま後方に転がってしまった。
「あ! ごめん、陽。父さん取ってくるから、ちょっと待っ……」
父親が謝りつつ、ボールを追いかけようとするが……。
「ううん。大丈夫。僕取ってくるよ」
僕は父親の申し出を断り、一目散にボールを追いかけた。
因みに、両親は僕のことを『陽』と呼ぶ。
そっちの方が呼びやすいからだと思う。
「ちょっ! 待って、陽! 危ないから!」
そんな僕を止めようと、父親が注意していた。
けど、僕はボールを追いかけるのに夢中で聞こえていない。
僕は左手を前に突き出し、必死に走ったのだが。
ボールの転がる速度は僕が走るよりも速く、なかなか追いつけない。
徐々に地面との摩擦の影響で速度が落ちていき、やっとボールに追いつけた。
そのことが嬉しくて、僕は満面の笑みを浮かながらボールを拾い上げた。
でも、僕は走るのに夢中で気づかなかったんだ。
自分が今いる場所は、公園じゃないということに……。
そこは道路だった。気づいた時にはもう遅く、左側から軽自動車が迫っていた。
突然、プーーー! というクラクション特有の鋭い音が辺り一面に響き渡る。
頭ではわかっていた。逃げないといけないって……。
けど、体はそうじゃなかった。恐怖で足が竦んでしまい、一ミリも動かない。
まるで、既に死んで全身が硬直したみたいに一歩も動かせなかった。
それでも時間は刻々と過ぎていき、確実に軽自動車との距離が狭まっている。
次第に頭の中が真っ白になっていく中、元気な両親の姿が脳裏に浮かんだ。
最後は自分が息をしているのかもわからないほど、思考が停止しかけていた。
この時、僕は初めて死というものを予感した。もう駄目だと諦めかけた……が!
「陽!」
次の瞬間、全速力で走って来た父親が僕を包み込むようにがっしりと抱きかかえ。
そのままの勢いで前方に前転しながら道路の外へ出ることができた。
軽自動車から、けたたましいブレーキ音が聞こえるも、直ぐには止まれず。
僕さっきが居た場所より少し先で完全に停止。道路にはブレーキ痕が残っていた。
結果、間一髪で軽自動車との接触を回避することができた。
けど、その時の僕には、回避できたことを安心する余裕はなかった。
ただただ自分がやってしまった責任をひしひしと感じていた。
全速力で走ったかのように息が荒くなり、心臓の鼓動が段々大きくなっていく。
父親は直ぐさま起き上がり、両手で僕の両肩を強く掴んだ。
と同時に僕は怒られると思い、瞬時に両目をギュッと強く瞑った。
「陽、大丈夫か! 怪我はないか!」
けど、父親が口にしたのは予想外の言葉だった。
僕はその言葉に驚き、徐々に両目を開くと。
目に飛び込んできたのは、ゼエゼエと息を切らし。
とんでもないほど目を見開いている父親の姿だった。
そこまでは子供の僕にも予想できていた。
何せ、死ぬかけた僕自身が同じような状況だったからな。
でも、僕が驚いたのはそこじゃない。
父親は腕や足を擦りむき、怪我をしていたんだ。
怪我をした理由は決まってる。僕を助けようと前転したからだ。
しかも、見て分かるくらい傷が深い。
腕は血だらけになっており、ズボンは破れてしまっている。
その姿を見ていると、父親が感じているであろう痛みが全身を駆け巡った。
僕は傷一つしてない。怪我をしているのは父親だ。
それなのに、真っ先に僕のことを心配してくれている。
そう思うと、自然と目頭が熱くなり、僕はポロポロと涙を流していた。
父親に怪我をさせてしまったこと。他者に迷惑をかけてしまったこと。
それらの過ちを一心に受け止め、子供なりにどうすべきなのか必死に考えた。
考えて、考えて、考えて……。それでも答えは出なかった。
だから、僕はただ泣くことしかできなかった……。
その時、他の車の邪魔にならないように軽自動車は路肩に移動し終え。
運転していた男性が車から降り、一直線にこちらへ駆け寄って来た。
「すいません! 大丈夫ですか?」
「はい、僕たちは大丈夫です。急に飛び出してしまい、申し訳ありません!」
男性が焦燥感を高めながら、僕たちに声を掛けてきた途端。
父親がスッと立ち上がり、その男性に謝罪しながら深々と頭を下げていた。
「いえ、そんな……。どうか頭を上げて下さい。それに、こちらの判断も遅かったですし。今回はお互い様ということで……」
そんな父親の対応を見た男性は、あたふたして戸惑っていた。
だけど、僕たちが無事だったことに安堵しているように見えた。
「とにかく、無事で良かった……」
男性は落ち着いた後、僕の前でゆっくりとしゃがみ。
右手で僕の頭を撫でながら、気持ちを絞り出すように呟いた。
見た感じ、その男性は怪我をしている様子はない。
けど、そんな二人の対応を見て、僕はある疑問を抱いた。
それは、なんで彼らは怒らないのかという疑問だ。
僕は今悪いことをした。悪いことをしたなら、怒られるのは当たり前だ。
なのに、なんでなんだ……。
その頃の僕は、それがよくわからなかった。
子供ながらに思った疑問。それは生きていく上で重要な疑問だった。
◼️◻️◼️◻️
その日の帰り道――。
僕は父親と手を繋ぎながら、こんな言葉を交わした。
「ねえ、父さん」
「ん? どうした?」
「なんで父さんは、あんなに必死になって僕を助けてくれたの……?」
僕は子供ながらに思った疑問をド直球にぶつけた。
今思えば、とんでもない質問だと思う。
「え? そうだな……」
父親は左手を握り、親指を顎に当てて深く考え込んでいた。
いつも考える時はこうする癖があるが、それほど僕の質問が悪かったのだろう。
「一つは、実の息子だからかな。もう一つは、後悔したくないから。父さんにとって、陽は掛け替えのない存在で、大切な家族……。大切な息子だ」
「だから、例え陽の前に溶岩が立ち塞がろうと、闇に呑まれようとも……。その時は、必ず助ける。何があっても、絶対にな」
その後、父親は左手を戻し、真剣な表情で答えてくれた。
例えが突拍子もないことだったけど、それほどの思いがあるってことだな。
父親が普段からどれだけ僕のことを大切に思ってくれているのか。
なんであんなに必死になって僕を助けてくれたのか。そのことがよく伝わった。
けどさ。なんで自分の身も顧みず、そんな真っ直ぐな瞳ができるんだよ……。
僕はそう思いながら、目を逸らすように右斜め下を向き、沈んだ表情になった。
「……父さんは、怖くないの? 死んじゃうかもしれないのに……」
「もちろん怖いよ。けど、それ以上に……。大切な存在を失うのは、もっと怖いんだ」
「……そっか」
父親が発したこの言葉が体全体に染み渡るような感じがした。
わかりやすく言えば、心に響いたってこと。
けど、気になっていたことがもう一つある。
そのことを聞こうかどうか決めあぐねていた。
この時、僕は自然と困惑した目つきをしていたらしい。
というのも、全く自覚がなかった。
「どうした陽。まだ何か悩みでもあるのか?」
その姿を見た父親が疑問に思ったらしく、心配そうに問いかけてきた。
「え、なんで?」
「そんなの顔見たらわかるよ。なぜなら、僕は陽の父親だからな。息子の考えはなんでもお見通しだ」
父親は、そんなの当たり前だ!
と言わんばかりに、誇らしげな笑みを浮かべていた。
実をいえば、この出来事の前から凄い父親だとは思っていたが。
まさかここまで凄い人だったとはね。本当の意味で父親の凄さを感じた。
そこまでは良かったんだけど、当時の僕には難しすぎた。
父親の言ったことをそのままの意味で受け取ってしまったんだ。
「じゃあ、今僕が何を悩んでるのかもわかるってこと?」
僕の考えがなんでもわかるってことは、つまりそういうことになる。
そう率直な疑問を抱いてしまい、不思議そうな表情で真面目に問いかけた。
いや、今ならそんなわけないってわかるよ。
でもね、この時はまだ二歳だったからさ。子供故の疑問を抱いてしまった。
「え? あ、いやー、それは……。わ、わかるんだけど、陽の口から聞きたいなーって思ってさ」
すると、父親は僕の問いに明らかに動揺し。
挙動がおかしくなり、ダラダラと冷や汗をかいていた。
まあ、普通そうなりますよね。
父親の表情を見て、悩んでいることはわかった。
けれど、その悩みがどんなことなのかまでは知る由もない。
でも大丈夫。僕はこの言葉を真面目に受け取っていたからこそ。
これ以上、深く追求することはありませんでした。
「そっか……。じゃあ言うけど、なんで僕を怒らないの?」
余談を終え、いよいよ悩んでいたことを聞いてみた。
僕はずっとそのことが気になっていた。
何度考えても、その理由の答えが出なかった。
父親と運転手の男性は僕を心配していたが。
だからと言って怒らない理由にはならないはずだ。
その解釈自体は正しいと思うんだけど。
だとしたら、ますます意味がわからない。
「ん? なんだなんだ。もしかして、陽は怒られるの好きなのか?」
僕は至って真面目に聞いたつもりだった。
けれど、父親はからかうようにニヤニヤしながら聞き返してきた。
いや、そんな訳ないでしょ。と、ツッコミたいところだが。
今の流れを崩したくなく、ここは我慢しようと両手をギュッと握って我慢した。
「いや、そうじゃなくて。今日、僕は悪いことをしたでしょ? 悪いことをしたら怒られるのは当然じゃないのかなって……。そう思ったんだ」
「けど、父さんもあの運転手の人も怒らなかった。それどころか心配してた。まあ、なんで心配してたのはさっきの話でわかったんだけどさ。でも、なんで怒らないのか。それがずっとわからないんだ……」
ずっと一人で抱え込んでいたこと。どう考えても答えが導き出せなかったこと。
それらを全て口にすると、父親は何かを悟ったかのような表情に変わる。
「なるほどね……。なあ、陽」
「ん? うん」
「今日、陽がやったのは『悪いこと』ではなく、正しくは失敗になるんだ」
「失敗? 何が違うの?」
「『悪いこと』は頭でそれが悪いことだとわかっていて行ったこと。失敗は頭でそれが良いことだとわかって行こなったことが間違っていたこと。似ているようで、きちんと違いがあるんだよ」
「よくわからない……。それに、失敗だったとしても怒らない理由にはならないと思うんだけど……」
「うーん、そうだな……」
「なあ、陽」
「う、うん」
一応返事はするが、なぜか父さんは話す前に僕の名前を呼ぶ癖がある。
多分返事しなくてもいいんだと思うけど、それは僕の良心が許さなかった。
「これから生きていく上で沢山の出来事がある。成功することもあれば、今日みたいに失敗することもあると思う」
「けど、決して失敗は悪いことではないんだ。失敗しても、もう二度と同じ失敗を繰り返さないようにしたらいい。ただそれだけで、人は変わっていける」
「もし失敗が怖くて、何も出来なくなったとしても……。その時は、まず前を向くんだ。そして、進みなさい」
「一歩でも良い。その一歩が、新たな人生の始まりになる。そして、必ず次に繋がる。繋がっていく……」
父親は意を決したような面持ちで遠くを見つめながら。
今まで聞いたことがないほど重々しい言葉を力強く発した。
父親がどんな思いで言っているのか。何を僕に伝えようとしてくれているのか。
そのことは当時二歳だった僕でもなんとなくわかったのだが……。
「うん……。ごめん。よくわからない」
言葉の意味自体は難しすぎて全然わからなかった。
「はははっ。そうか。ちょっと難しすぎたかな? まあ、今はわからなくてもいいよ。きっと、いつかわかる時がくるからさ。その時に思い出して考えてみてほしいな」
「わかった……。ありがとう」
そんな会話を交わしながら、無事に自宅へ帰還した。
◼️◻️◼️◻️
結果、父親がこの時に言ったことは今でもよくわからない。
でも間違いなく、この時から僕の陽キャとしての人生が始まった。
けど、人間の本質というのは、そう簡単には変えることはできない。
というのも、僕はずっと極度のコミュ障で、極度の人見知りなのです。
具体的に言うと、初対面の人とは目を合わせることができない。
更にいえば、会話もままならないほど緊張でガッチガチになってしまう。
なので、陽キャを目指した。と言った方が正しいかもしれない。
今は陽の扉を開く百歩手前って感じ。まだまだ道のりは長そうです。
それと同時に、この時から僕は父親に憧れた。
そして、父親のような人間になりたいと思うようになった。
もちろん、今回みたいに命の危機が訪れることは早々あることじゃない。
いや、早々あってたまるものか。
だから、僕にできたのは唯一度だけ、一人の女の子を助け。
いや……。
――救ったことがあるくらいだ。




