第十六話 連なる運命は回り来る
きちんと報酬も頂いたところで、そろそろ自宅に帰ろうと外へ出ると。
完全に陽は沈んでおり、辺りには真っ黒な闇がたちこめていた。
空を見上げると、輪のように真ん丸な満月が顔を出し。
真っ白な月の光が僕たちを照らして地面に影が映っている。
「一人で大丈夫? 近くまで送ろっか?」
満月を眺めていると、依真が心配そうに聞いてきた。
依真の気持ちはとても嬉しいんだけど、僕を送ってくれた後のことが心配だ。
もしも、依真が迷子になって彷徨い続けてしまい。
知らない人に誘拐でもされたらと考えただけで、不安でいっぱいになるので……。
「ううん。一人で大丈夫だよ。ありがとう」
まだ疲れているのか、僕は大幅に想像を膨らませた末に。
依真の気持ちを有り難く思いつつ、キッパリと断ることにした。
さっき休憩させてもらったから、体力が少し回復できた。
今の体力量なら、無事に自宅へと辿り着けるはず。あまり自信はないが……。
結構暗いけど、道にはいくつか街灯が照らしてるみたいだし。
帰るルートは完璧に把握しているし、目印になる建物や看板を駆使すれば大丈夫。
「遅くなってしまってすまなかったね。今日は本当にありがとう」
「いえいえ。とんでもないです。それに、お礼を言うのは僕の方ですよ」
回連さんは、申し訳そうに右手を頭に当てていた。
けど、全然謝る必要なんてないですよ、回連さん。
今日、回連さんがお使いを頼んでくれたから、やっと……。
「依真と会うことができたので……」
僕がそう言うと、依真と回連さんはニッコリと笑みを浮かべていた。
「そうか。それは良かったよ」
「では、これで失礼します」
「うん。また会おう。月影浸夜くん」
「また明日ね〜、浸夜」
回連さんと依真が右手を振ってくれていたのを見て。
僕も反射的に右手で振り返しながら、自宅に向かって歩き出した。
◼️◻️◼️◻️
僕は無事に自宅へ帰還したのだが……。
久しぶりに外に出たことや依真と出会えた喜びで限界まで体力がすり減っていた。
依真と出会え、友達になれたことで口角が上がるも、疲労は確実に蓄積していた。
正直、一刻も早くベットにダイブしたい気持ちでいっぱいです。
それほどの疲労感が今まさに全身を襲っていたのだ。
「た、ただいま〜」
死にそうな顔を浮かべ、両腕の力を完全に抜きながら。
キョンシーみたいな姿で中に入った。すると、不安そうな母親が出迎えてくれた。
「おかえり、浸夜。帰るの遅かったから心配したのよ。何かあったの?」
母親は心配そうな眼差しをこちらへ向けながら。
不安を抑え込むように両手をギュッと握っていた。
僕は帰ったら、なんで今日僕にお使いを頼んだのか。
プレゼントの相手や依真のことを伝えてくれなかった理由。
そのことを聞こうと心に決めていたが、母親のそんな姿を見たら。
先程まで疑問に思っていたことが急に些細なことのように思えてきた。
それに、こんなに心配してくれている母親に聞くのは野暮ってもんだろう。
「いや、荷物を届けた後、回連さんから新たにお使いを頼まれてね。それでちょっと帰るのが遅くなっただけだよ。心配かけてごめん」
僕は残りの力を振り絞り、死にかけていた表情に笑みを蘇らせながら。
これ以上母親に心配を掛けまいと、精一杯元気な姿を表現しようと試みた。
すると、帰るのが遅くなった理由や僕の元気そうな姿を見て安心したらしく。
ふぅーっと軽く息を吐きながら、母親は立派なお胸を右手で撫で下ろしていた。
「そうだったのね。まあ、無事だったなら良かったわ」
「さあ、早く上がってご飯にしましょう」
「はーい……」
その後、二人で夕食を食べ終え、僕は直ぐにお風呂へ直行した。
疲れ切った体を湯船で癒し、微かな意識を保って寝る準備を諸々整え。
のそのそと自室に移動し、ベットにダイブすると同時に一瞬で眠りについた。
◆月影璃映の視点◇
現在、二十二時十分――。
プルルルルルル……。
ソファーに座り、のんびり寛いでいると。
リビングにある固定電話の機械音が鳴り響いた。
私は右手に持っていたコーヒー入りのマグカップをテーブルに置き。
直ぐに固定電話の方に移動して、右手で受話器を掴んで耳元に構えた。
「お電話ありがとうございます。卯月衣服屋です」
こんな時間に誰かしら……?
と疑問に思いつつ、瞬時に声のトーンを少し高くした。
「もしもし。回連だが……」
電話の相手は回連だった。
回連とは幼少期から仲がいい。所謂、幼馴染というやつ。
昔はよく一緒に遊んでいた。関係は今でも良好で、たまに電話で話している。
「あ〜、久しぶり。元気にしてた?」
相手が回連だと分かり、直ぐに声のトーンを元に戻した。
「うん。元気だったよ。そっちは?」
「こっちもお陰様で、元気にしてたわ」
「そっか。それは良かった」
「あと、プレゼントありがとう。依真も凄く喜んでいたよ」
「ううん。喜んでくれて良かったわ。私たちが作ったもので申し訳ないけど……」
「いやいや。そんなことはないよ。依真にとって、璃映たちが作ってくれた衣服が一番の繋がりだから……」
「それに、どうやら浸夜くんと友達になったみたいでね。凄い嬉しそうに帰って来たよ」
「あら、そうなの?」
そういえば、浸夜が帰って来た時、やたらとニヤニヤしてたわね。
凄く疲れてそうだったから、詳しいことが明日聞こうと思っていたけど……。
「そっか〜。まさか、二人が友達になるとはね」
「ん? 何を言っているんだ」
私があからさまに口にした言葉に反応し。
何かを察しているかのように回連が呆れた声で反論してきた。
「恐らく二人はそのことに気づいていないだろうが、流石に俺は付き合いが長いからな。君の魂胆は自ずと理解できたよ」
「わざわざ浸夜くんに依真のプレゼントを持って来させたのは、二人を引き合わせるためだったんだろ?」
「前もって浸夜くんにプレゼントの相手や依真のことを伝えなかったのは、他でもない俺の口から言わせたかったから。そうすることで、強制的に浸夜くんと話す機会を作って慣れさせた後、依真と円滑に話せるように仕向けた」
「仮に依真がその場に居なかったら……。いや、居ないことを想定して、俺ならどう行動するのかを事前に考えを巡らせ、絶対に二人が出会うきっかけを作ってあげると信じ、あたかも俺が引き合わせたように思わせたかった……。そうだろ?」
受話器から聞こえてくる回連の声が段々重々しくなるのに反し。
私はここまでの流れが全て予想通りに進んだことが嬉しく、顔に喜色を浮かべる。
私が意図していたことに回連が気づいたこともそうだけど。
何より依真ちゃんと浸夜が友達になったことが嬉しくてたまらない。
けれど、そのことを回連に伝えたくはないから、溢れる喜びをグッと抑えた。
「えー? なんのことかしら? 私はただ浸夜に人見知りを克服してもらいたかっただけよ」
それでも、ほのかに喜びが溢れてしまい。
私はわかりやすく白を切りながら、後に正当らしい理由を述べた。
仮に笑い声が聞こえたとしても、幸いなことに電話越しだから大丈夫なはず。
「まあ、そういうことにしておこう……」
「それで、どっちから友達になろうって言ったのかしら?」
浸夜から言ったと思いたいけど、初対面の女の子に話し掛けるとは考え難い。
しかも、相手は三歳年上の美少女……。うん。流石に無理があるわよね。
例え回連と話して人見知りが改善された後でも絶対にありえないわ。
となると、私の予想では依真ちゃんからだと思うんだけど……。
「最初に言ったのは浸夜くんかららしいよ」
「え? それ本当? あの子、普段は私や塞養さんとしかまともに会話できないのに……」
あまりにも予想外のことすぎて仰天したような声をあげてしまった。
まさか浸夜からとはね……。きっと、私の予想以上に浸夜が成長しているのね。
そもそも今日私が浸夜にお使いを頼んだ理由は、外へ出させること。
回連や依真ちゃんと話して人見知りを改善させること。浸夜に友達ができること。
これらを成功させようと企て、私ではなく回連のお陰だと仕向けたつもりだった。
浸夜が外に出ようとしないのは、影の適性能力が関係していることは知っている。
なので、まずは人見知りを克服させようと、お店の手伝いをお願いしていた。
最初はこれでもいいと思っていたけど、ある日を境に駄目だと気づいた。
ある日、お店の裏手で黙々と能力訓練をしている姿を見ていると。
どこか寂しそうに感じた。その姿は、まるで孤独に襲われているようだった。
思い返せば、浸夜はいつも家に居るから、今まで一人も友達がいなかった。
だから、浸夜の寂しさを埋められる大切な存在を作ってもらいたかった。
そう考えた時、真っ先に思い浮かんだのが依真ちゃんだった。
丁度、依真ちゃんの誕生日プレゼントを用意している最中だったこともあり。
今日の計画を練ろうと決め、これで浸夜に友達ができたらいいなと思っていた。
結果、全て成功して良かったと同時に、息子の勇気を母親ながらに実感している。
二人に回連のお陰だと思わせたかったのは、単純に花を持たせようと思っただけ。
別に私が企てたことにしても良かったんだけど、二人のことを考えたら。
私よりも回連だと思ってもらった方が後々いいと思ったから……。
昔、あの子とあの人を引き合わせるきっかけを作ったのは回連だった。
ならやっぱり、依真ちゃんと浸夜を連ねるのは回連以外にいないと思った。
「うん。ていうか、浸夜くんって依真と会ったことあるのかな?」
「多分ないと思うけど……。どうして?」
「いや、依真を連れて帰ってもらうようにお願いした時。『その女の子の特徴ってありますか?』っと聞かれたから、依真の特徴であるモノクルのことを伝えたんだけど……。なぜかひどく驚いていてね。その時の反応からして、会ったことがあるのかと思って……」
「たまたまじゃない? 私から依真ちゃんの特徴を話してないから、浸夜が知っているはずないもの」
「う〜ん。でもな〜……」
「もう。相変わらず一度気になったら、ずっと気になるのね」
回連は一度気になったら、解決するまでとことん追求する癖がある。
そこが回連のいいところではあるんだけど、追求しすぎるのがたまにネック。
いつもなら容赦なくスルーするか、適当に遇らうんだけど。
今日は浸夜がお世話になったこともあり、少し真面目に考えることにした。
「そうねー。他に考えられるとしたら……。どこかで依真ちゃんのことを知っていた……とか?」
もし本当に浸夜が依真ちゃんの特徴を先に知っていたのなら。
どこかで会ったことがある。または、見かけたことがあるのかもしれない。
けれど、このどちらかが当て嵌まったとしても、別の問題が一つ生まれてしまう。
「どこかって?」
そう。問題は一体どこで依真ちゃんのことを知ったのかということ。
さっきも言ったように、浸夜は今日まで殆ど家の外へ出たことがない。
出たとしてもお店の裏手まで。人目に付かず、誰かと接触することもない。
かといって、お店に依真ちゃんが来たことは一度もなかったから。
絶対に会えないはず。ということは、もうあそこしか考えられない。
「……夢とか?」
いや、考えた末に消去法で答えちゃったけど、何言ってるんだろう私。
夢で依真ちゃんと出会っていたなんて、そんな運命みたいなことあるはずない。
仮にそうだったとしても、夢の出来事を鮮明に覚えるのは不可能。
何度も同じ夢を見たのなら話は変わってくるけど、それこそあり得ない。
それに、こんな非科学的なことを信じてくれる人なんて居るわけないわよね。
「ほう……。なるほど、夢か。それなら納得がいくな」
あ、居たわ。馬鹿正直になんでも信じる真面目な男で有名な回連が……。
「いや、冗談よ。そんなあっさり間に受けないでよ」
「そんな運命みたいなことあるわけないでしょ」
流石の私も、これはツッコまずにはいられなかった。
元はと言えば、私が突拍子もないことを言ったのが原因だし。
「それより、回連もちゃんと依真ちゃんにモノクルを渡したのね。てっきり渡してないのかと思ってたわ」
「うん……。最初は、渡さないつもりだったよ。けど、あいつと約束したからな。依真が六歳になったら、必ず渡すって……」
「そう……」
考えても埒が開かないので話題を変えようと、モノクルのことを聞いた途端。
回連の声は正気が抜けたように掠れていた。回連の反応から、あることを察し。
呼応するように私は悲しく呟いた。その声はとても小さく、消えいりそうだった。
「心配しなくても大丈夫よ。きっと……。いい方向に進んでくれるはずよ」
「そう……だな。そうだといいな」
やっぱりまだ、あの日のことを乗り越えられていないみたい。
それでも、モノクルを渡したってことは、あのピアスを渡す決心をしたってこと。
なんでその決心をしたのかはわからないけど。
今の話し方からして、多分依真ちゃんのお陰ね……。
あの日以来、生きる気力を失ったように暗い表情を浮かべ。
いつも下を向いて、何もかもに絶望していた時は心配していた。
けど、なんとか昔みたいに前を向いて、元気にやっているみたいだし。
何より、依真ちゃんと仲良く暮らしていることがわかって本当に安心した。
「「……」」
回連と依真ちゃんの関係性を把握でき、気になっていたことも聞けたけど。
さっきの質問でしんみりとした空気になってしまい、共に口をつぐんでしまった。
「そういえば、回連は依真ちゃんに何をプレゼントしたの?」
「大したものはあげてないよ。ハンドメイドアクセサリー工具一式と、月で二人を繋いであげただけ」
「ごめん。最後のだけ全然わからないわ」
瞬時に他の話題を出して今の空気を変えようと試みたのはいいものの。
いつものことながら、端的にまとめすぎでしょ。なんのことやら全くわからない。
「二人が付けているピアスに月長石を組み込んであげたんだ。どんな状況になっても、繋ぎ止めれるようにね」
「あ〜、そういうことね。でも、回連がそんなリアリティに欠けた発想をするなんて、ちょっと意外だったわ」
「ああ。これは俺の考えじゃないからな」
「え? じゃあ……」
「これは、あいつが考えたことだよ」
「二人を繋ぐ止める何かがあれば……。どんなに絶望的な状況だとしても、希望に変えられるんじゃないかってね」
「まあ、月長石を組み込もうと思ったのは、俺の考えだったけどな」
「そうだったのね。あの人がそんなことを……」
回連が考えたにしてはロマンティックすぎると思ったら。
あの人の考えだったのね。でも、確かにあの人なら言いそうな気がする。
何せ、あの人自身がどんな絶望的な状況だとしても希望に変えていたもの……。
「でも、なんで月長石を組み込もうと思ったの?」
「月長石は、『旅の安全を守る石』とも言われているんだ。だから、この鉱石なら二人が歩む人生の安全を守ってくれるんじゃないかと思ったんだよ」
「ふ〜ん」
仕事上、武器や防具を作る過程で各鉱石について詳しいことは知っていたけど。
急に真面目なことを言い出したことに違和感を覚え、思わず鼻の奥で笑った。
「な、何……?」
「いや〜。昔からアホみたいに堅物だった回連の口から、そんな言葉が聞けるなんて思わなかったわ〜。これも、依真ちゃんのお陰かしら?」
「やまかしい。あと、アホは余計だぞ」
「まあ、依真のお陰というのは否定しないよ。あの子に救われたのは確かだからな」
私が包み隠さず小馬鹿にしたことに対し、回連は多少の怒りを込めて反論するも。
最後に発した『依真ちゃんのお陰』という言葉だけは、きちんと肯定していた。
その言葉を聞いて予想で止まっていたものが確信に変わり、心の底から安堵した。
共に同じ境遇だからこそ、この言葉の重みが全身に染み渡っていく。
「でも、それは浸夜くんに対しても同様だよ」
「ん、なんで浸夜も?」
「それは……。まだ確定はできないんだけど……。恐らく、浸夜くんなら……。依真を救ってくれるかもしれないから……」
突然、回連の口から浸夜の名前が出たことに不思議に思い、反射的に聞き返すと。
途切れながらも力強く発したその言葉は、まるで何かに縋るかのように感じた。
「え? あ〜、浸夜が依真ちゃんと友達になったからってこと?」
「ん? あ、うん。そういうこと」
「いや、反応的に絶対違うでしょ」
違うことが見え見えの白の切り方を即座に聞き抜き、即座にツッコミを入れる。
急に声のトーンが高くなったし、一言目で疑問が飛び出す時点で違うことは明白。
「けど、依真と浸夜くんを引き合わせてくれて本当にありがとう。この気持ちは本当だよ」
「え、ええ。どういたしまして……」
その言葉には嘘はなく、回連が本心から口にしているのは間違いない。
でも、さっき発した言葉の真意が気になりすぎて、私は戸惑いを隠せなかった。
「それじゃ、また連絡するよ。夜遅くにすまなかったね」
「ううん。私も二人のこと気になってたから、色々と聞けて良かったわ」
「そっか。じゃあ、またね」
「ええ。また」
プツッ……。
電話が切れた音を聞き、スッと受話器を元の位置に戻した後。
ソファーに深く腰を掛け、疲労を吐き出すようにため息を一つ吐いた。
久しぶりに回連と沢山話せて嬉しかったんだけど……。
それ以上にツッコミどころが多すぎて、どっと疲れたわね。
ていうか、なんで私の周りには、どこか抜けてる子が多いんだろ。
なぜかいつも当たり前みたいに自然と漫才みたいな会話になるのよね。
そんな中、一つだけ腑に落ちないのは最後に回連が力強く口にした言葉。
『恐らく、浸夜くんなら……。依真を救ってくれるかもしれないから……』
これってどういう意味かしら?
確か依真ちゃんは至って健康体で、特別な病気にも罹ってなかった。
例え、私と最後に会ってから発覚したとしても、浸夜に治すことはできない。
浸夜にできることと言ったら、唯一影の能力を使えることくらい。
だけど、別にそのことと依真ちゃんとは、なんの関係もないはずだし。
他に関係があるようなことといえば……。
二人とも同じモノクルとピアスを身に付けていること。
ということは、あの人が依真ちゃんと浸夜が六歳になった時。
あのモノクルを二人に渡すようにお願いしたことと、何か関係があるのかも……。
けど、なんであの人がモノクルを二人に渡すように言い出したのか。
その理由は私も聞いたことがないから、詳しくは知らないしな〜。
……うん。よくわからないわね。
よし。諦めましょう。人間諦めが肝心だって言うし。




