第十二話 夢の美女
乾目さんたちと別れてから、早歩きすること十五分……。
遂に目的地である鷹爪宝魔晶店に到着した。
外壁は茶色の煉瓦で、煉瓦張りになっており。
屋根は黒色の平板瓦を使っている一階建ての建物。
出入り口の上に巨大な看板があり、『鷹爪宝魔晶店』と書いてあった。
入り口に目を向けると、近くに一つの台車が置いてあるのを発見。
そういえば、さっき乾目さんが宝石などが売られているお店って言ってたな。
ということは、買った宝石を運ぶために誰かが持って来たものだろう。
その台車をよく見ると、土台部分に『空陰武具店』と大きく文字が彫ってあった。
十中八九、その持ち主が夢の美女。そして、まだお店の中に居るってことだ。
よし。では、中に入るとしよう。
乾牧さんたちと話したからか、少し緊張が和らいだ気がするし。
右手に目線を向けても、全然震えていなかった。
僕は自然と勇気が湧いてきて、その勢いのまま入店した。
「す、すいません」
確実に緊張は消えつつあったんだけど。
どうやら、震えは消えても、声は掠れるほど小さいままみたいです。
「いらっしゃい」
だが、余程耳がいいのか。
そんな声でも、一人の男性が気づいてくれた。
その男性は、白髪の髪を全部後ろへすきあげており。
両目を鋭い爪で引っ掻かれたような痕がある老人だった。
その老人は、茶色の着物を黒色の帯で締めており。
白色の足袋に、紫色の鼻緒をした下駄を履いていた。
右手に木製の杖を握り、椅子に腰を掛けている。
見た感じ、杖の持ち手部分は革製になっているみたい。
椅子の前には木製のレジカウンターテーブルがあり、算盤が置いてあった。
テーブルの右側には、下に降りられそうな階段が設置されていた。
左右の壁側に、ショーケースがいくつもあり。
その中には、色鮮やかに並べられている宝石たち。
そして、今まで見たことがないような不思議な水晶があった。
その水晶の中には、丸い光の玉がピカピカと発光している。
光の色はそれぞれ異なっており、赤色・紫色・青色に光っていた。
「ん? おやおや、今日は子供がよく来なさる。特に珍しいものもないが、気軽に見て行ってくだされ」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕がお店に入ってから、その老人は一度も目を開けていない。
しかも、一ミリも体を動かしておらず、下を向いているだけ。
それなのに僕が子供だと認識できたということは……。
どうやら、この老人が鷹貫さんで間違いなさそうだな。
そして、先程鷹貫さんが発した言葉。
『今日は子供がよく来なさる』
この言葉からして、僕が来る前にも子供が来たということになる。
恐らく、その子供は夢の美女のことで間違いないだろう。
だが、周囲を見た感じ。
子供は愚か、鷹貫さん以外に人影すら見当たらない。
だとしたら、考えられるのは一つだけ……。
「すいません。そこの階段を降りたら何があるんですか?」
僕は右手人差し指で階段を指し、鷹貫さんに確認を取った。
乾目さんの話通りなら、手や指の動きが生じる微かな音でわかるはず。
「そこを降りたら、この部屋にあるような綺麗な宝石ではなく、少々歪な形をした鉱石などが並んでおる」
案の定、鷹貫さんは階段の方を振り向き。
階段を降りた先にある部屋のことを教えてくれた。
「そうなんですか……」
なら、夢の美女も下の部屋。
基、地下に居る可能性が高いな。
「もう一人の子供も、まだ地下の部屋に居るはずじゃ。その子に用があるのなら、行ってみるといい」
「え……?」
思わず言葉が漏れた。
僕はその子に用があることを話していない。
独り言を口にしていた可能性も低い。
なら……。
「な、なんでわかったんですか? 僕がその子を探してるって……」
無意識に口調が強くなり、眉間に皺を寄せ。
右足を一歩引き、警戒心を剥き出しにしていた。
「ん? ああ、すまない。そう警戒しなくても大丈夫じゃよ」
「あ、いえ……」
「いつもの癖でね。心臓の鼓動や息遣いの音から、なんとなくそうなのかと思ったんじゃ」
「生き物というのは不思議なもので、行動の全てが音になって顕になってしまう。故に、君がここへどんな目的で来たのかも、自ずと予想ができたというわけじゃよ」
「なるほど……。そうだったんですね」
鷹貫さんが言ったことに矛盾はない。
間違いなく、嘘偽りはなく本当のことを口にしている。
しかし、音の能力を極めたら、心臓の鼓動まで聞き取ることができるとは……。
鷹貫人為さん、予想していた以上に凄い人だな。
そこまで音の能力を極めるまでに、どれほどの月日がかかったんだろう。
冒険者を目指している身としては、詳しく話したいところだが。
今は一刻も早く、夢の美女と元へと向かいたいし、その前にやるべきことがある。
「すいません。変に警戒してしまって……」
「いや、謝るべきなのはわしのほうじゃよ。困惑させてしまって申し訳なかったのう」
「いえ、とんでもないです」
「ふむ……。お若いのに、きちんとされていらっしゃる。まるで、大人が子供の姿をしているようじゃな」
「へ? あ。そ、そそ、そうですか? あははは……」
半分正解です。
正確には、中学生が子供の姿をしています。
けど、的を射た発言すぎて、目が動いてしまい動揺を隠せなかった。
「失礼でなければ、名前と年齢を聞いてもいいかのう?」
「あ、はい。月影浸夜です。歳は六歳です。よろしくお願いします」
「そうか、月影浸夜くん……。うん、いい名前じゃ」
「私はここの店長をしている、鷹貫人為というものじゃ。よろしくのう」
「引き留めてしまってすまない。君が探している女の子の元へ行ってあげておくれ」
「はい。ありがとうございます」
僕はそう言った後、階段を降りて地下に向かった。
◼️◻️◼️◻️
僕が階段を降り終えたことを確認した後……。
「ふむ……。月影……浸夜……」
「この名前、どこかで……」
鷹貫さんは左手を握り、親指を顎に当てながら一人でに呟いていた。
◼️◻️◼️◻️
階段は螺旋状になっていて、計十二段くらいあった。
その階段を降りると、先程の部屋よりも遥かに大きい部屋が現れた。
余りの大きさに驚き、キョロキョロと部屋を見渡すと。
その部屋を埋め尽くすほどの木製の棚がずらりと並んでおり。
棚の引き出しには、『蒼玉』や『紅玉』と書かれていた。
僕は部屋の大きさと品数の多さに圧倒され。
吸い込まれるように歩き出し、左側から順に見て回った。
進んで行くと、時期に曲がり角に行き着いた。
と同時に、右側から気配のようなものを感じ、瞬時に振り向くと。
少し先の地面に映っている一つの人影が目に入り、その人物を見つめた。
その人物は、黒髪を三つ編みにして二つ結びにし、両肩の前に垂らしている。
青色の瞳をした女性。もっと正確に言うと、美女だった。
女性から見て右側にモノクルを付け、イヤーフックを右耳に掛けており。
白色のパーカーを着て、黒色のミニスカートを履いていた。
服装は少し異なっているが、やはり間違いない。この子が夢で出会った美女だ。
美女は目の前にある棚を一点に見つめており、全然こちらに気づいてない。
なら、どうする?
……そんなの決まってる。
なんの為に、今までこの美女を探していた。
夢ではなく、現実の世界でこの美女と出会い。
あの約束を交わし、果たす為だろう。
それが第一目標だったはずだ。
なら、今僕がやるべきこと。
それは、あの美女に声を掛ける。
しかも、この部屋には他に誰も居ない。
僕とその美女だけだ。
絶好のチャンス。今しかない。
よし……!
決意が固まったと同時に、右手をギュッと握り。
右足を前に踏み出し、足を止めずに一直線に突き進んだ。
思えば、前世で僕が死んだ日と同じ状況だな。
あの日も一人の女性に声を掛けようと決意したんだ。
ということは、これはあの日の続きってこと。
あの時に成し得なかったことを、今度こそ成し遂げる機会でもあるんだ。
なら、尚更成し遂げねばならない。
僕自身が変わるためにも、前を向いて、新たな一歩を踏み出す。
そう決意していると、美女との距離は徐々に迫っていた。
直ぐそこまで来て、密やかな足取りで歩み寄り、自然と口を開いた。
「あ……。あの……」
僕が発した声はとても小さく、聞き取れないほど掠れていた。
原因は人見知りによる緊張だ。この後に及んで本当に情けない理由。
けど……。
「ん……?」
その美女は僕の声に反応し、こちらを振り向いてくれた。
その時、右目の泣き袋に黒色をした円形の印が浮き出ているのが見えた。
とりあえず、呼びかけには成功した。
この流れで名前を聞け僕。
「そ……」
あれ?
名前を聞こうと声を出そうとした。
だけど、なぜか一言しか発せない。
「あ……」
もう一度、声を出そうと試みるも、やはり駄目だった。
なんでだ?
体はきちんと動く。だから、ここまで歩いて来れた。
なら、出そうとすれば、ちゃんと声も出せるはずなんだ。
なのに、まるで夢の世界に居るかのように全く声が出せなかった。
緊張……?
いや、これは恐らく恐怖だ。
急にあの時の光景がフラッシュバックのように、脳裏に浮かび上がり。
シャドウを失った時と同じ恐怖が全身を襲ってきた。
もしも、また僕が何かをしたら。
この美女もシャドウと同じように失ってしまうかもしれない。
そう思うと、声を掛けるのが……。手を差し出すのが……怖い……。
結局、まだあの時の絶望を乗り越えられず、一歩も前に踏み出せていない。
もしかして、この月世界でも、何も変えられないのか……。
そう思いながら、僕は隠れるように顔を伏せてしまい。
自分の足元へと目線を向け、両手をギュッと握りしめた。
その時、目の前に居た美女は、不思議そうに右へ首を傾げていた。
だが、何かを予期したのか、スンスンっと音を立てながら鼻から息を吸い込み。
ハッと何かに気づいたように口を開けた後、口元を緩ませて笑みを浮かべていた。
僕は恐怖によって頭が真っ白になり、何をしたらいいのかわからなくなり。
心の奥底に置いたはずの絶望が込み上げてきて、視界が真っ黒に浸っていった。
もうこのまま、ズルズルと絶望に浸っていくような気がした。
だが、どこからかポツンッと真っ白に輝く小さな光が差し込んできた。
徐々に視界を白く染めていき、失いつつあった正気を後一歩の所で取り戻した。
正気が戻ると共に、視界もはっきりと色付き始め、遂に光の正体がわかった。
その光は、目の前に立っているであろう、美女の右手のひらだった。
けど、なんで手を差し伸べてくれたのか、全然わからない。
疑問に思いながら、徐々に顔を上げて行き、美女へと目線を向けた。
そこには、朗らかな笑みを浮かべていた美女の姿が目に映った。
その表情は、僕の感情を見通したかのような、とても優しい笑顔だった。
「初めまして。輪陰依真って言います。あなたの名前は?」
美女が口にしたのは、ごく普通の自己紹介だ。
でも、なぜか僕にとっては、その言葉と右手が救いのように思えた。
まるで、希望の光ならぬ、希望の陰に感じたんだ。
その実感した瞬間、自然と美女の右手へ自分の右手を乗せていた。
そして……。
「月影……。月影浸夜って言います」
先程まで出なかった声を出すことができた。
自分でも不思議に思うほど、流れるように口から飛び出てきた。
なんでなのか、理由はわからない。
だけど、間違いなくこの美女……。輪陰依真さんのお陰だ。
輪陰依真さんが右手を差し伸べてくれなかったら。
きっと、もう二度と前を向くことができなかっただろう。
僕は、今輪陰依真さんに救われた。
その結果、前を向いて希望へと手を伸ばすことができた。
けど、実質的に僕自身は何も変わってない。
変わる為には、自分の力のみで何かを成し遂げなければならないんだ。
だから、次は自分の力だけで一歩踏み出そう。
あの時(前世の最後)にやろうとしたこと、言おうとしたことを今成し遂げたい。
「もし良かったら……。僕と友達になってくれませんか……?」
僕は真剣な目つきになり、輪陰依真さんへ左手を差し出し。
今まで誰にも言えなかった言葉を、やっと言うことができた。
あの時の絶望を希望に変えるために……。
今度こそ、あの時に止まったままだった人生を歩み。
絶望と後悔を乗り越える新たな人生への一歩を踏み出したい。
例え、結果的に断られてしまっても構わない。
結果がどうであれ、勇気を出して変わろうとした行為自体は残り続ける。
そして、次に繋がっていくはずだ。
多分、こういうことだよね……。父さん……。
「はい」
すると、輪陰依真さんは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ。
流れるように僕の左手の上へと自分の左手を乗せ、肯定の言葉を口にしてくれた。
片方だけでは不完全だったもの同士が出会い。
互いに補い合うように、二人の両手が上下に重なり合っており。
二人の笑顔は、満月の明かりのような眩いほどに光り輝いていた。
その様子は、輪のように真ん丸な二つの月が繋がったようだった。
互いにじっと見つめ合い、そのまま固まっていた。
まるで、二人だけの世界に浸り、時間の流れが止まったかのように……。




