第一話 月影浸夜の英雄譚
――またか……。
朦朧とした意識の中。
突如、僕の目に飛び込んできた光景。
それは、西洋と日本の建物が不規則に並んでいる一帯。
その中を歩いているローブや鎧を身に纏った人間たちの姿だった。
時間帯は夜。更にいえば、恐らく真夜中だろう。
周囲は真っ暗で、地上が分厚い闇に閉ざされている。
とりあえず、状況を確認しようと体を動かそうとしたが。
なぜか体と頭の神経が繋がっていないみたいにうまく動かせない。
なんというか、僕自身の体ではなく、別の空間に居る僕?
に近しい体を必死に動かそうとしているような感覚だ。
けど、僕はこの感覚を知っている。
これは、夢の世界。つまり、幻だ。
まあ、そのことがわかっても状況は変わらない。
周囲を見渡そうと必死に首を動かすイメージをするも。
やっぱり思い通りにはならなかった。
でも、少しずつ動いてはいるみたいだ。
物凄くスローモーションではあるが、徐々に目線を変えることができた。
真っ先に地面へと目を向けると。
光に照らされて自分の影がくっきりと映し出されていた。
どうやら、光は月によるものらしい。
真っ白に透き通った月光が容赦なく地上を照らしている。
月は輪のように真ん丸な満月だ。
光の発生源はわかったが、影は少し不自然に感じた。
とういうのも、なぜかその影は二つ存在しているんだ。
一つは僕の影だと分かるのだが。
もう一つは、一体誰の影だろう……?
その影は僕の右側に映っており、確実に誰か居ることを示唆していた。
僕は右に振り向き、その人物を確認した。そこに居たのは、一人の女性だった。
黒髪を三つ編みにして二つ結びにし、両肩の前に垂らしている。
青色の瞳をした女性。もっと正確に言うと、美女だ。
女性から見て右側にモノクルを付け、イヤーフックを右耳に掛けており。
衣服は白色のフード付きポンチョを着て、黒色のショートパンツを履いていた。
やばい。めっちゃ美人。
容姿が整っていて、究極可愛いとか……。
女神か! と叫びそうになるほどの美女だ。
「ねえ、浸夜」
僕が美女に見惚れていると、急にこちらを振り向き。
真剣な眼差しで、じっと見つめながら僕の名前を呼んできた。
正面から見ると、更に可愛い美女の顔が目に映る。
右目の泣き袋に黒色の円形をした印が浮き出ているのが目に入った。
「もしも、私が自分の意思とは関係なく、悪い怪魂に利用されて苦しんでいたら……」
「その時は……。その刀で……。私を救ってね……」
美女は真剣な表情のまま、何やら意味深なことを語りかけてきた。
その言葉を聞いた後、僕は声を出そうと口を開いた。
(待って! その前に……。君は、誰なの?)
(それに、僕は怪魂なんて知らないし、刀なんて持ってないんだ)
(君は……。一体、僕に何を望んでいるの……?)
だが、夢の影響なのか、全く声が出せない。
声帯が死んでいるかのように、一言も発することができなかった。
「約束!」
女性は満面の笑みを浮かべ、右手の小指をこちらに差し出してきた。
その姿を見て、僕も咄嗟に右手の小指を差し出してしまった。
そして、互いの小指を合わせ、その約束を交わした。
果たせる根拠もない約束を……。
その約束を最後に、徐々に視界がぼやけ、真っ白な光のような靄で包み込まれた。
◼️◻️◼️◻️
陰歴二一〇二年九月六日。
自慢ではないが、僕は寝起きがとても悪い。
一度の覚醒で意識がはっきりしたことはほぼない。
どのくらいかというと、顔を洗ったり。
朝食を食べたことを全く覚えていないほどだ。
自分でも思うが、流石に異常すぎる。
よくそんな状態で、今まで怪我一つしていない自分を逆に褒めてあげたい。
だが、今回は一度の覚醒で完全に意識もはっきりしてる。
瞼に関しても、力を入れずに自然と開いた。
その原因は、間違いなく先程の夢だろう。
というのも、あの夢を見るのは今日が初めてじゃない。
もう、これで九回目になる。
毎回同じ内容で、僕はいつも何もできず、ただ美女に見惚れているだけの夢。
あの美女に見惚れてしまうのもいつものこと。
同じ夢だとわかっていても、それだけは変わらなかった。
それほど、あの美女の美しさは次元を超えていたんだ。
そして、最後に約束を交わす。
そこまで終わると、強制的に覚醒し、なぜかいつも目覚めのいい朝を迎える。
あの夢になんの意味があるのか、今はよくわからない。
けど、間違いなく僕はこの世界であの美女と出会う。
そして、いつかあの約束を交わす。
果たせる根拠もない約束を……。
それだけはわかっている。
けど、それは今わかったわけじゃない。
長い期間を経て、ようやくわかったこと。
その説明をする前に、まずは腹拵えをしておきたい。
所謂、腹は減っては戦はできぬってやつだ。
ということで、朝食を食べよう。
色々と説明するのは、それからでも遅くはない。
僕は一気に上体を起こし、ベットから両足を下ろして立ち上がり。
両腕を突き上げて背伸びをし、気怠さが残った体を強制的に動かす。
これがいつものルーティーン。
こうでもしないと、体に蓄積した怠さが抜けきらない。
怠さが抜けたところで、いよいよ朝食を食べるべく。
左側にある扉のドアノブに右手を掛け、扉を開けて部屋から出た。
部屋を出ると、現れたのは広くて長い廊下だった。
その廊下をテクテクと歩き、一直線にリビングへと向かった。
リビングの前まで到着し、扉を開けて中に入ると。
右側にあるシステムキッチンで料理をしていた一人の女性がこちらに気付き。
直ぐコンロの火を止め、右手に持っていたフライ返しをフライパンの上に置いた。
クルッとこちらに振り向き、嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべながら。
タタタッと早足で近づいて来て、僕の目の前でしゃがんだ。
「浸夜、おはよう」
女性は挨拶と共に、僕の体を包み込むように抱きついてきた。
丁度、僕の顎がその女性の左肩に乗るくらいまで密着してる。
「お、おはよう。母さん」
浸夜というのは、今の僕の名前だ。
フルネームは、月影浸夜。現在、六歳の子供。
今僕を優しく抱きしめているのは、僕の母親。名前は、月影璃映。
黒色の髪を低い位置でロール状のおだんごにしている。
黄色の瞳をした優しそうな女性で、現在三十歳のアラサーです。
母親は毎朝必ず抱きついてくる。これは毎日の習慣みたいなものだ。
最初は耐性がなく酷く驚いたが、今は別にどうってことはない。
僕は平然とし、普通に受け止めていさえすればいいんだ。
母親も好きでやっているんだと思うが、この行為は僕にとってもご褒美なのです。
何せ、女性に備わっているある物体を堪能できる絶好の機会なのだから……。
端的にいうと、それは二つに分かれ。
とても柔らかい弾力を誇っており、大きさは人それぞれ違う。
まな板のような人も居れば、地球のように真ん丸な人も存在する。
そう。胸だ。しかも、母親は巨乳の持ち主。
母親が抱きつくと、自然に腹部付近へ押し付けられている豊満な胸。
その胸の柔らかい弾力を全身で受け止め、喜びの余り自然と口元が緩む。
この行為を喜ばない男性がいるだろうか?
……否!
断じて否である。
そんな男性は存在しない。
だから、僕も心の中で喜び散らかす。
隠すことなく堂々と!
だが、幸せな時間も程なく終了。
母親は徐々に腕を緩め、スッと僕から離れた。
欲を言えば、もう少し堪能したかったが……。
致し方ないですな。
母さん。いつもありがとうございます。
また明日もお願いしますね。
「よし。じゃあ、朝食にしましょう」
「うん」
母親は一度キッチンへ戻り、先程調理していた朝食を皿へ盛り付けていた。
その隙に、僕はいつもの指定席へ座り、ちょこんと膝に手を置いて待った。
目の前にあるテーブルには、ナイフとフォークが準備してあった。
キッチンの向かいには、四角形のテーブルと椅子が四つ並んでいる。
僕は朝食・昼食・夕食を食べる時は、今みたいにキッチン寄りの椅子へ座る。
すると、母親は朝食が乗った皿を片手ずつ持って運んで来て。
コトッという音と共にテーブルの上に置いた後、僕の向かいの椅子に座った。
目の前に置かれた朝食へ目を向けると。
今日は、フレンチトースト・ポテトサラダ・ウィンナー・目玉焼きだった。
母親は料理が好きみたいで、揚げ物・麺類・パン類・ご飯類・炒め物・汁物。
どんな調理もお手の物。例え困難なものでも、赤子を撫でるように作ってしまう。
時には、作ることに夢中になりすぎて、到底食べ切れない量を作ることもある。
言うまでもないが、味も絶品でほっぺたが溢れ落ちそうなほど美味しい。
故に、どれだけ量が多かろうとて、あっという間に食せる。
僕は右手にナイフ、左手にフォークを握った。
まず最初に手を付けたのは、大好きなフレンチトースト。
ナイフを使い手慣れた手つきで一口サイズに切り分け。
落ちないように中央へフォークを突き刺し、口へと運んだ。
咀嚼する毎にバターの甘みが口いっぱいに広がっていき、自然と口元が緩む。
朝食を食べて、徐々に腹も満ちてきたので。
いよいよ皆さんお待ちかね、先程の説明を始めよう。
もう察しているかもしれないが、僕は本当の月影浸夜ではない。
というよりも、この世界の人間ではない。
僕は、別の世界から来た人間。
この月影浸夜に転生した、陰キャを極めた男だ。
前世に居た時の名前は、日白陽開。
白色の髪に、赤色の瞳をした好青年だった。
自分で言うのもなんだが、そこそこの顔立ち。
但し、寝癖や目の下にある青黒い隈を除けばね。
極め付けが、今まで生きてきた人生の十五年間。
唯一度も友達という存在ができたことがない男でした。
大切なことなのでもう一度言おう。
『今まで生きてきた人生の十五年間、唯一度も』だ。
ごく普通の中学三年生で、毎日憂鬱な日常を送っていたが。
ある日を最後に、日白陽開の人生は幕を閉じた……。
そして、現在この世界に転生し、月影浸夜として第二の人生を歩んでいます。
結論から言うと、第二の人生があるとわかった時は心の底から嬉しかった。
けど、この浸夜という子供には、本当に申し訳ない。
最終的に、僕のせいで彼の人生を奪う形になってしまったのだから。
転生していたことがわかった時、なんとも言えない罪悪感が全身を襲った。
けど同時に悲観的になるのはよくないと思い、寸前でグッと抑え込んだ。
恐らく僕だけの人生なら、悲観的になって絶望していただろう。
でも、これは僕だけの人生じゃない。この浸夜っていう子供の人生でもある。
だから、今は絶望を心の奥底に置いておく。これからは希望を抱いていこう。
一つの悔いがないように、僕が転生した彼の分まできちんと生きよう。
そして、始めよう。
この世界で……。
――新たな人生の始まりを!
そう決意し、現在に至るというわけです。
でも、今ならわかる。そもそも、罪悪感を感じる必要はなかった。
これは、もう一人の僕の人生なのだから……。
それに、僕はこの母親とは初対面じゃない。ずっと前から、よく知っていた。
正確には、この世界では……。と言った方が正しいかな。
けど、この話は先に僕の前世で起きた思い出を話さないと説明しきれない。
なので、まずは先程の夢について説明しよう。
先程の夢を初めて見たのは、前世で僕が死んだ日だった。
前世で一回、この世界で八回。合計、九回ということになる。
最初にあの夢を見た時、意味がわからなすぎて困惑した。
異世界みたいな場所で出会った美女。
その美女が僕に向かって、違う人の名前を呼びながら。
僕に向かって真剣な表情で怪魂や刀がどうだとか口にしている。
この状況に困惑しないはずがない。
けど、この世界に転生して直ぐにあの夢と繋がった。
この世界は、夢と同じように西洋と日本の建物が不規則に並んでおり。
ローブや鎧を身に纏った人間たちが平然と道を歩いている。
前世の世界とは違う。まるで、異世界のような場所だった。
浸夜という名前についても夢と同じ。
今もそうだが、この世界に転生した時。
最初に出会った母親が僕をそう呼んできた。
つまり、あの夢=今居る異世界での出来事。
更に言えば、僕が死ぬ前触れだったということに繋がる。
となれば、あの美女ともいずれ出会うと考えるのが妥当だろう。
そして、恐らくそれは近い日に訪れると思う。
夢の中で見た美女の姿からして、年齢は十〜十二歳くらいだった。
しかも、僕を見ていた時、目線がやや下を向いていた。
ということは、美女は僕よりも身長が高い可能性がある。
けど、子供とはいえ、同年齢で女性の方が身長が高いとは考えにくい。
他に考えられるとしたら、美女が僕よりも年上だということ。
そう考えると、三歳くらい年齢の差が生じるんだと思う。
僕が今六歳だから、美女は今九歳くらいだろう。
つまり、今から一〜三年以内に出会うということだ。
もちろん、それがわかったとしても、正確な日時などは不明のままだ。
けど、大体の期間が把握できていれば、十中八九あの美女と出会うことができる。
出会うことさえできれば、いつか夢と同じように、あの約束を交わす。
果たせる根拠がなかった約束を、今度は絶対に果たす約束に変える。
その理由は、あの美女を救いたいから……。
あの美女が最後に口にした言葉。
『私を救ってね……』
あの言葉が、ずっと頭の中に残り続けている。
僕は前世で死ぬ直前、あることを決意した。それは、最高の英雄になること。
前世ではなれなかった存在。今度こそ、この世界で憧れの存在に……。
――沢山の人を救う、最高の英雄になると。
そう決意したんだ。
だから、僕はあの美女を必ず救ってみせる。
そして、この世界に浸らしめる。
僕、月影浸夜が最高の英雄を目指す物語……。
――月影浸夜の英雄譚を!
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