98エミリー 何で戦う?
お嬢様は御存じないはずだけど、メイドのお仕着せのスカートの中、両太ももの部分に、常にダガーと呼ばれる小型の諸刃の短剣を装備している。
私はいざとなるとこれを両手に持って戦う。
今は訓練なので装備しているダガーではなくて、倉庫にあった自分の物より大ぶりの短剣を使う。
自分のダガーが、訓練で刃こぼれでもしたら大変だからだ。
両手に持って構える。
「こんなことなら、訓練用の刃をつぶした短剣を用意しとくんだったなー」
ジョンがぼやいているところに、すっと間合いを詰めて切りかかる。
ギリギリのところでかわされ、私のお腹を狙って短剣が付きだされる。
体を回転させてそれをかわし、回転させた勢いのまま、また切りかかる。
ガチッと音がして、短剣で受け止められたので、すかさず反対の手で突きを繰り出す。
「わー、ちょっと、ちょっと一旦やめて!」
「なによ?まだ始まったばかりじゃない」
「あのさ、エミリーが全然衰えてないことはよーく分かった。やっぱり死にたくないからもうお終いね」
「ええ?」
「だからさ、防具もつけてないのに真剣でやり合って、うっかり切れたり刺さったりしたらどうしてくれるのさ。僕らは回復薬も自費で買わなくちゃいけないんだよ!あの倉庫にうなっているアイテムもみんなお嬢様とその仲間達専用なんだし」
「そんなに口尖らせて怒んないでよ」
「エミリーは、短剣の使い手として、対人間のときには相当な凄腕なんだよ?ただ魔物相手となると、ここまでの接近戦はお勧めできないから、よほどじゃないとその腕前は発揮できないのがほんと残念だよね」
そう。
私は短剣であるがゆえに、基本が接近戦だ。
これで戦うとなると、いつも最前線で戦っている隊長やハルト殿下より前に出ないと攻撃が届かない。
そしてそんな前にいたら魔物の総攻撃を受ける。
そして戦いでは急所を狙うことになるのだけど、人の急所は知っているけど魔物の急所なんてわからない。
それに魔物は人間と違って、特殊な攻撃をしてくることも多い。
切りつけたところから毒を持つ体液が噴き出ることもある。
接近戦はよほどでないと魔物相手では禁忌なのだ。
それに、ジョンは死にたくないと言ったけど…私の戦闘能力は、基本的に、相手を倒すまではいかない。
短剣での戦いでは、普通の剣での攻撃のように、切りつけた勢いで骨を折る、もしくは骨ごと断つといったことはできない。
もし相手に刺してしまったら、血でぬめるダガーを抜きとれないこともある。
だからこその二本使いでもあるのだけど…。
そもそもメイドの戦闘は、敵を切りつけて戦意を喪失、もしくは戦闘不能にし、助けが来るまでの時間稼ぎをするか、その場から逃亡するのが目的だ。
もちろん時間をかければとどめを刺すこともできるだろうけど、殺人は極力回避するように教育されている。
「私、お嬢様達の足手まといになりたくないの。魔法が使えないのだから、少しでも役に立ちたいのよ…」
「うん、だから、鞭、練習しなよ。寝る前にも痛くならない程度までなら振ってみていいよ。そんなに一朝一夕には上手くも強くもならないのは、エミリーもわかっているだろ?焦んなって」
短剣の両手持ちスタイルはメイドの中では一般的ではなく、私は人よりも努力をした。
より大変なものを選んだのは、もちろんその方が攻撃力も防御力も高いからだ。
お嬢様を守るため、自分もやられるわけにはいかない、と思ったのだ。
ここまでの腕前になるまでには、確かにかなりの時間を要した。
ジョンの言う通りだ。
ジョンにお礼を言って、使わなかった武器などを持っていったん倉庫部屋に戻る。
ジョンも、他に私が使えそうなものはないか、とついてきて一緒に見てくれたけど…回復役のお嬢様は戦闘のとき後方だから、そのそばを離れないとなると、やっぱり飛び道具か鞭になるなあ…とのことで、明日の練習の時間を確認して別れた。
ひとまずお茶でも淹れて一息いれようかと思いながら歩いていたら、廊下で、ここの家での使用人のトップ、本家では執事補佐が、私を探しに来た。
「ああ、エミリーここにいたんですね。若旦那様からのお使いの方が来たのですが…グレイ騎士団長の代わりに詳しい話をして差し上げてください」
応接室としても使っているリビングに行ってみると、若い男性が困った顔でソファに座っていた。
私に気が付くと立ち上がって会釈をしてくれた。
メイドにまで丁寧な人らしい。
私も礼を返す。




