96エミリー どうかご無事で
私はゴブリンの洞窟から出られて少しだけホッとしたせいか、村に向かって歩きながら、涙が止まらなくなった。
緊張している洞窟の中では涙すら出なかったのだ。
お嬢様、どうかご無事で。
村の家につくと、庭番が城に行く前に私達の戻りを知らせてくれていたお陰で、食事や入浴の準備が整っていた。
ここで働いているのは、若旦那様や若奥様の信頼の厚い、公爵家への忠誠心の強い使用人ばかりだ。
ここで起こったことや交わされた会話が、外部に漏れる心配はない。
居ても立っても居られない私に、隊長が、休息というのも必要なもので、やみくもに進み続けてもダメだ、と諭してくれたので、隊長のことをそれなりに信頼している私は、落ち着くことはできないまでも、入浴してゴブリン臭くなっている身を清めて、ちゃんとした食事をとった。
お嬢様を探しに行く体力をつけるため!と、仕事だと思って口に食べ物を押し込んだけど、何を食べているのか味も良く分からなかった。
騎士の訓練によって、入浴も食事も早い隊長とエドが、村に行って聞き込みをしてきてくれたようで、私やアレックス殿下がまだ食事をしているところに戻ってきて、その成果を聞かせてくれた。
ちなみに、王子殿下と同じテーブルで食事だなんて、本当はあり得ない話なのだけど、もうそんなのは気にならなくなってしまっている。
「ゴブリンが棲みつく前の数百年前の言い伝えによると、あの洞窟を抜けた先は窪地になっていて、強い魔物が出るので、犯罪者の刑罰の場所として送り込んでいた場所らしい。ヒトの手を汚さずに死刑執行ってとこだな。で、洞窟を通らずに窪地まで行くなら、木こりも狩人も入り込まないほどの森の奥まで進むと、だんだん下り坂になるはず、とのことだ。つまり、当然道もない。…何日かかるか…。ああ、そうだ、話は違うけど、村のそばまで出てくる魔物が激減した、と皆さんに感謝してもらえたよ。でもまだゴブリン王を倒してないから、今は何度塞いでも中からまたこじ開けられちゃうので、全滅させるまでもう少し待っててください、って言っておいた」
「隊長が何でもないように全滅させるから、っていうもんだから、村長びっくりしてましたよ」
「だってハルトとマリア嬢を取り戻したら、最下層のゴブリン王もいけるだろう?」
「じゃあ、さっさとその二人、取り戻しにいきますか」
アレックス殿下がそう言って立ち上がった。食べ終わったらしい。
それを合図に、出発の準備を始めた。
私も持ち物の補充をしていたら、皆が私を連れていくかどうか相談しているのに気が付いた。
確かに私がいると、エドガーが私を守りながらになる。
それに私は足が遅い。
女性としては早いのだけど、鍛えられた男性の中に入ると相対的に遅いことになる。
いつもはお嬢様が一番遅いので、そこに合わせることになるのだけど、お嬢様はそれだけ存在意義のあるメンバーだから…。
私を置いていく方が合理的なのは分かる。
私は食事の準備くらいしかできない。
魔法も使えない。
せめてお嬢様のように水が出せて、小枝に火をつけるほどでいいから魔法が扱えたら良かったのに…。
一緒に行って一刻でも早くお嬢様の無事を確かめたい。
…でも足手まとい。
自分の役立たずが悔しくて、奥歯がギリギリと音を立てた。
私は、私には何ができる…?
お嬢様のメイドになるべく努力したときは、何をすべきかはっきりわかっていた。どんなことができるようになればいいのか、そのためにどうすればいいのか。
でも今は、お嬢様のそばにお仕えしたい、その一念でもって、ここにいるだけだ。それも、エドガーの人生まで巻き込んで…。
そうだ、私は生半可な気持ちでここにいるのではない。
自分で自分が足手まといだろうと感じているのなら、足手まといにならないように努力するまでだ。
「私、今回はここに残ります。少しでも早く、殿下やお嬢様のところに皆さんに行っていただきたいので…その代り、絶対にお二人を無事に連れて帰ってきてください。私は全員が揃うのをここで待ちます」
涙がこぼれるのをこらえるのは出来なかったけど、なんとか言うことができた。
三人とも驚いた顔をしていたけど、すぐにそれぞれ頷いてくれた。
普段は私のカバンに入れている食器や鍋などを皆さんのカバンに移し、三人はさらに武器もいくつか補充して出発していった。
アレックス殿下の大剣はあまりに木が密集しているところだと振ることができないので、弓矢や短剣など各種必要なのだとか…。




