89マリア バレてた?!
悠人はまだ眠っていたけど、さっきよりずっと顔色が良くなっている。
ベッドのふちに腰かけ、額にかかる髪をそっとかき分けて、じっと眠る顔を見た。
こんなにじっくりこの子の眠っている顔を見るのは何年ぶりだろう…。
私が知っているのはまだあどけなさの残った寝顔だったのに、すっかり青年の顔に変わりつつある。
私がいなくなってからどんな苦労を重ねてきたんだろう…。
私が死ぬ前、生きている間に、一人になってしまうこの子のためにできたことは、限られていた。
何も言わないけど、こっちの世界にどんな風にして来ることになったのか、そして、そのあと、どう過ごしてきたのか…。
よく見ると、夕べの傷ややけど以外にも、頬や額に古い傷の跡がうっすらと残っている。顔に傷を負うようなことがあったということだ。
アレックス殿下との様子を見る限りは、城ではそんなに辛いことは多くなかっただろう…と思いたい。
悠人の頬に手を添えて、物思いにふけってしまっていて、すっかりカノンさんのことを忘れていた。
咳払いをされて、はっと我に返る。
「恋人のことが心配なのはわかるけどね。大丈夫だよ。このカノンさんがついてるからね…それに第五王子殿下に何かあったら大変なことになるだろ」
「っ!!」
文字通り飛び上がった。
どうして悠人のことを知っているの…?
恋人じゃないことを否定するのも忘れるくらいに驚いた。
「そんなに驚くんじゃないよ、面白いじゃないか。だって、自分で教えてくれたじゃないか、マリアとハルトだ、って。黒目黒髪のハルト様。公爵令嬢のあんたが『様』をつけて呼びかけるんだ、こりゃあもう決定だろう?」
「えっどうして私のことも…?」
「こう見えてもね、私は王宮お抱えなんだよ。ちょいちょいまともな格好をして出仕もするのさ。まああんたの登城頻度には敵わないけどね。アントニーとも知り合いっていうかなんていうか。アントニーが、ほらっ僕のマリアが中庭にいるよ、なんて可愛いんだろうね、とか叫んでいるのを何度も聞かされたよ。ああ、この村の連中はほとんど全員聞かされているだろうね…アントニーは魔法省も担当しているし。で、まあ夕べはあまりに汚くて焦げてて、もしかして?と思った程度だったけど、ちゃんと綺麗にしたらまあ紛れもなくマリアだったからねぇ。それにあんた、なんか変なアイテムで姿を歪めてるだろう?でも風呂上りに、うっかりしてアイテムつけ忘れただろ、男どもが大慌てで教えに来てくれたよ、公爵令嬢が村にいる!ってね」
なんだか知らない村で色々緊張していたのに、がっくりきた。
でも、お父様の名前を聞いたらちょっと元気が出た。
ここの人達が初対面の私にこんなに親切なのは、私のことを知っていたからだったのね?
身分もたまには役に立つのかしら。
「あの、私達のことをどこまでご存じなのですか?」
「ああ、詳しいことまで知っているのは私とジョエルくらいかな。ジョエルはアントニーの部下のうちの一人だから。…そうそう、私達がここに住んでいるのは秘密にしといて。ここは隠れ里なんだ。魔法の能力に秀ですぎるのも、生き辛いものでね。偏見や迫害を逃れてのんびり暮らしたい奴らがここに住んでいるのさ。私やジョエルのように、国に雇ってもらっていて、仕事のある時だけここから出仕してるけど…。さっき見た通り、私達には距離は関係ないからね。そして基本的にこの村の奴らは、外の人間とはできるだけ関わり合いたくない…それだけ辛い経験をしてきているんだ。だから、向こうから寄ってこない限り、そっとしておいてやっておくれよ」
さっき村の中を歩いたとき、人の気配や視線を感じても、ほとんど人を見かけなかったのはそういうわけだったのか。
転移魔法での移動は、かなりの高等な魔法で、並みの魔法使いでは使うことはできない。
ここには、転移魔法が使えて当たり前な人達ばかり、ということか…ここにいる人達のレベルの高さに驚かされる。
そんなすごい魔法使いばかりということは、悠人の召喚に携わっていたかもしれないし、そうじゃなかったとしても、国家機密も知っているのかもしれない…。
「あの…ハルト殿下が勇者なことも…?」
「…はっ!いいのかい?そんなことを漏らしちまって。今のは聞かなかったことにしてやるから。まあ、そんなことだろうとは思っていたけど、やっぱりそうなんだねぇ。王子殿下達が冒険者のようなことをするなんて、おかしいからね…考えりゃわかっちまうとこではあるけど、黙ってりゃ気が付かないヤツも多いから、公式発表があるまで黙ってるよ」
そういってカノンさんは笑ってくれた。
やっぱり勇者の件については、今後もこちらからは言わない方が良さそうだ…うっかりこちらから漏らしてしまった…。
反省して俯いていたら、昼食にしよう、この子はもう起きるまでほったらかして大丈夫、というので、花を飾って、昼食を食べにダイニングに行った。
昼食後すぐに、自分達が無事であることを手紙に書くように言われて、簡潔に書いたところで、カノンさんがそれをお父様のところに持って行ってくれることになった。
留守番の間、私は悠人に付き添って、もし起きたら食事をとらせることを言いつけられて、その間、これでも読みな、と一冊の本を貸してもらった。
手持ち無沙汰なのもあり、悠人のそばに椅子を寄せて、ページをめくりはじめ…すぐに夢中になった。




