87マリア リーベス村1
悠人が寝ている部屋に戻り、カノンさんにお風呂のお礼を言った。
お湯の処分の仕方をきいたら、こっちでやるから、と言われて恐縮した。
この家は、浴室とキッチンとダイニング、そしてリビングの他は、作業場兼寝室のこの部屋しかない。
かなり広めのこの部屋の一角は、作業台とたくさんの薬草やハーブ、それを煮出したり有効成分を抽出するための器具らしいものでいっぱいだ。
今も、炎の出ないコンロで何かが煮込まれている。
部屋中が薬草やハーブの香りで満たされているけれど、嫌な感じはしない。
むしろ、気分が良くなる気がする。
カノンさんが淹れてくれた、恐らく薬湯なんだろうけど美味しいものを飲みながら、悠人に付き添い、そして根掘り葉掘り、お互いに聞きたいことを尋ねあった。
ここはリーベス村、というところで、村人は全員魔法使いだそうだ。
そんな村があるとはびっくりした。
カノンさんは村では薬師と村の代表のような役割をしていて、それ以上の詳しいことはおいおい教えるよ、とのことだった。
そしてどうして二人であんなところにいたのかを訊かれた。
基本的に、身分と、悠人が勇者であること以外は包み隠さず話した。
自分達が冒険者のグループで、ゴブリンの巣を一掃して村に通じる出入り口を塞ぐ依頼を受けていること。
ちなみに、冒険者ギルドに出ている依頼は厳密には出入り口を塞ぐ依頼だけなんだけど、ゴブリンを一掃しないとまた内側からこじ開けられる、とのことで、この依頼はゴブリン一掃とセットなのだ、とグレイ隊長が言っていたので、そう説明した。
それから、洞窟の出入口が崩れているところを見つけ、自分と悠人だけが新たに崩れてきた土砂に埋もれたこと。
それによって仲間とはぐれたこと。
仲間が無事か分かっていないこと。
なんとか外に出たところで、ここの集落の煙を見つけて、ここに向かっている途中で夜になってしまい、あの魔物と出くわしてしまったこと…。
「ああ、最近全くゴブリンを見ないと思ったら、そういうことかい。あの洞窟の入り口が土砂崩れで…なるほどねぇ。ここいらの森にわく魔物が動物型でね、ゴブリンの餌になるんだよ。だからこっちの出入り口があったから、ゴブリン達はその村の方へはわざわざ行ってなかったのさね。…そうかい、じゃあそのお仲間はあんた達のことをさぞかし心配してるって訳だね。…さて、どうしたもんかねぇ。それにしても、二人でよくアレと戦ったもんだよ。それでもまあ、若いもんが気が付かなかったら危ないところだったけどねぇ。あんたに怪我をさせないように戦ったこの子は、さしずめあんたの勇者様だね!」
カノンさんは大きな声でけらけらと笑う。
「あの魔物は明らかに格下で弱い私達を相手に、完全に遊んでいましたから…。そうじゃなかったら、一瞬で私達は死んでいたと思います。それにしても、やっぱり、私達をわざわざ助けに来てくださったのですね。本当に私達にとっては死ぬか生きるか、ギリギリのタイミングでした…ありがとうございます」
「まあ、助けに行ったっていうより、様子を見に行った、というのが正解なんだけど。それでも間に合って、助けることができて、本当に良かったよ…。心からそう思うよ」
カノンさんはそういうと、じっと真剣なまなざしで眠る悠人を見つめ、そのあと私を見つめた。
その意味ありげな視線に、でも、私には何だか分からなくて。
ちょっと居心地の悪さを感じたのも一瞬で、すぐにカノンさんが表情を和らげた。
「…そうそう、頭痛はもう無いかい?夕べ、回復薬と魔力回復薬を短時間に大量に摂取しただろう?それで、ひどい頭痛やふらつき、吐き気なんかが出るのさ。まあ、副作用だね。その解毒のための薬湯と薬をさっきのませてやったんだ。この子も目が覚めたら飲ませてやらないとね…この子の場合は他の効能もあるように煎じてある」
さっきのスッキリとする薬はそういうものだったのか。
まさか回復薬に副作用があるなんて知らなかった。
「実はね…まあ興味ないかもしれないけど聞いておきな…あまり知られていないことだけど、回復魔法や回復薬で回復させても、受けたダメージというのは本当は蓄積するのさ。折れた骨も、くっついたようでいて、本当にはくっついちゃいない。何もしないより、何倍も何十倍も早く治るとはいえ、全てその瞬間に元通りになるというものでもないんだよ。無かったことになるわけではないんだ。ベテランの冒険者は経験でそのことを知っているけどね。あんた達も良く覚えておきな」
「はい…ありがとうございます」
初めて聞かされる話にちょっと面食らうけど、パーティーの中では、皆を回復させるのが私の役割といっても過言ではない。
もっと詳しく話を聞きたい…そう思っていたら。
「ん…」
悠人がもぞもぞ動いて、目を開けた。
「おや、勇者殿がお目覚めだよ」
目があいたとはいえ、顔色はひどく、このまま死んでしまうのではないか、というような様子に見える。
起き上がろうとして、どこかがひどく痛んだようで、諦めている。
「悠人、具合はどう?」
心配で思わず口にした言葉…自分でも、十六歳の少女が仲間に対して言うのではなく、母親が子どもにかけている言葉のように聞こえて、ドキッとした。
でも、カノンさんも悠人も気にしている様子はない。
状況が分からないだろう悠人のために、かいつまんでカノンさんの紹介など、説明をする。
カノンさんが悠人に昨日の魔物から出た魔石を渡していて、その魔石は、先日のゴブリンの小ボスの腹にあったものより大きく、それだけ強い魔物だったことを裏付けた。
カノンさんが、悠人のために煎じていた薬湯を与えると、悠人はちょっと匂いをかいで、すぐに飲んだ。
疑う素振りもなかった。
お代りを注いでもらうと、今度は少しゆっくり飲んでいて、ほんの少し唇の色が良くなってきた、と思ったら、カップをベッドサイドテーブルに置くやいなや、バタン、と倒れた。
悠人はどうしたのかと、真っ青になって、カノンさんを見たら…。
「ああ、この薬湯には、体の損傷を直すのを早める効果もあるんだけどね、副作用として、眠ってしまうのさ」
そういってまた豪快に笑った。
これで、悠人はしばらく起きない、とのことだったので、私は村の中を案内してもらうことになった。




