85マリア 強敵
今のところ魔物と出会う頻度も高くはない。
見失ったとはいえ、向かっている先はそんなに遠くないはずだ。
悠人が木に登るとか言ってるけど、暗い中で足を滑らしたらどうするつもり?死んでしまったら回復魔法では生き返らないのよ…。
そんなことを思っていたら、変な音が聞こえた。
獣の唸り声のような…。
本能で髪の毛が逆立って、危険を知らせている。
振り向きながら、物理防御を上げる魔法をまず悠人と自分に。
魔物を確認しながら、念のための魔法防御を上げる魔法も自分達にかけた。
悠人が一瞬怖気づいたのが分かったけど、私もそうだった。
明らかに、今まで相対したことのない強い魔物だと、一目見て分かった。
今のメンバー全員が全力を出して戦って、互角かどうか。
手持ちのアイテムの残数を頭の中で確認する。
上手くいけば長期戦になる。
でも、私の魔力と、回復薬が切れたときは……。
良くない想像を、頭を振って振り切ると、戦闘に集中する。
素早い奴だ。
こっちの素早さを上げる魔法をかけ、向こうには素早さを下げる魔法をかける。
でも魔物の魔法抵抗が高いのか、なかなか効かない。
隙を見て、悠人に特殊な防御壁の魔法をかけておいた。
これは物理攻撃を一回だけその威力のまま跳ね返すことができる。
ただ、不慣れで詠唱に時間がかかるので、回復魔法をかけることに忙しくなるだろう戦闘後半にはかけなおすことはできないだろう。
…その魔法はすぐにその効果を発揮することになった。
悠人が転んで、体勢を整える前に攻撃されたのだ。
詠唱が間に合っていたけど、この魔法をかけていなかったら、とぞっとした。
でもまたすぐに魔物からの攻撃が当たってしまい、体重の軽い悠人はその勢いのまま飛ばされてしまった。
すぐに起き上がっていたけど、顔色がひどい。
回復魔法をすぐにかけてやる。
ひたすらに悠人には回復と、素早さと攻撃力を上げる魔法をかけ、魔物には物理防御と素早さを下げる魔法をかける。
繰り返しかけているうちに、なかなか歯が立たなかった魔物にようやく攻撃が効き始めたようにみえた。
でも、上位魔力回復薬も飲んでしまい、普通の魔力回復薬も飲み切った。
心配していた、魔力切れが迫っている。
悠人も、もう、フラフラしながら切りつけている。
歌うことも考えたけど、歌っているうちに魔力切れを起こすと、私は気を失ってしまう。
それに回復対象者が一人のときは、歌うより魔法の方が、魔力消費が少なくて済む。
とうとう、悠人がまたしてももろに攻撃をくらって、何メートルも飛ばされた。
一回目のときはまだすぐに起き上がってたけど、今回は、もう木に激突したダメージと相まって、動くこともままならないようだ。
今残っている魔力で使える精一杯の回復魔法をかける。
魔物が勝利を確信したのか、のんびりと弾き飛ばした悠人に詰め寄っている。
カバンから、回復薬を取り出しながら、悠人に向かって必死に走った。
私達の命運が尽きかけているのは、分かっている。分かってはいるけど。
最後の一瞬まで諦めたくない。
目の前で、我が子の最期の瞬間を見るなんて…絶対に嫌だ!
そんなことはあってはならない!
私が最後に盾になってでも、一秒でも悠人には長く生き残って、この場から逃れるチャンスを探して欲しい。
私があと少しで悠人と魔物の間に割り込めそうだ、と、思ったそのとき。
ふいに地面を揺るがして、炎の大魔法が発動し、火柱が立った。
何が起こったのか分からなかったけど、火柱の中心は悠人にとどめを刺そうとしていた魔物で、悠人がその熱で焦げはじめた。
私は必死で悠人を引きずって、少しでも炎から遠ざけた。
私も悠人も、あちこちが焦げている。
回復薬を自分も少し飲み、残りを悠人の口に含ませた。
朦朧としながらも顔を覗き込んでいる私に気付いた悠人は、のろのろと自分のカバンを探り、魔力回復薬を私に差し出し、私が受け取ると、その手が力なく、パタン、と落ちた。
私は泣き叫びたいのを必死に堪えて、悠人がくれた魔力回復薬をいっきに飲み干し、回復した魔力で今の私がかけられる最上級の回復魔法をかけた。
まだ悠人は暖かい。
間に合っているはずだ。間に合って…。
うわぁーんと誰かが泣いている声が聞こえた。
…私の声だった。
泣いてもどうにもならないのが分かっていても、止められなかった。
悠人を抱きかかえてわんわん泣いている私のところに、バタバタと数人の大人が駆け寄ってきた。
「もう大丈夫、大丈夫だよ。全くこんなに近くにいたのに気付かなかったのかね、あやうく巻き添えでこの子達まで焼けるところだったよ、あとで叱っとくからね…」
女の人がやさしく私の頭をなでてくれて、悠人の首筋に手を当てたり、胸に耳を当てて何かを聞き取ると、悠人に回復魔法らしいものをかけてくれた。
その後は、一緒に来ていた男の人達にてきぱきと指示を出した。
男の人達が着ていたマントを重ね、その上に悠人を横たえると、そのマントを担架のように使って、悠人を運んでいった。
悠人が連れ去られてしまう、と焦っていた私は立ち上がって追いかけようとしたけど、全く足に力が入らなくて…。
これが、腰が抜ける、というやつか、と途方に暮れていたら、女の人が、よいしょ、と掛け声とともに私を背負って、歩き出した。
本当に…ほんの数分歩くだけで、遠くに明かりがちらちらと見えはじめ、そのうち、村というにも小さな集落が見えてきた。
私も、その家々の明かりを見て…人々の暮らしの暖かい明かりをみて安心したのか…女の人の背中で揺られながら気を失った。




