79ハルト 思わぬ事態2
「他の皆は巻き込まれていないかな…ゴブリンも倒し終わったかな?」
「そうですね…ジャンを呼んでみます…ジャン?聞こえる?…ジャン?」
姿を見ることのない忍者のような彼が、どんなスキルや魔法を持っているのかは、仲間の僕らでも知らない。一族の秘密、とかいうやつなのか。
だから、僕もマリア嬢も、こんな事態でも彼からは返事があるんじゃないか、と思っていたのだけど…。
「ダメみたい…返事がないわ。こんなことは初めてよ。ジャン、返事ができないような大怪我をしてしまったのかしら…エミリーは?エドガーも大丈夫かしら…エミリーのことをエドガーがちゃんと守ってくれてるといいけど…」
師匠とアレックスは僕らから一番離れていたので、戦闘時には大変だっただろうけど、崩れた岩からの影響はないだろうと思える。
マリア嬢の言う通り、僕ら二人だけが皆とは少しだけ離れていて、崩れた岩や土砂に埋もれた。
だから、師匠やアレックス以外の他のメンバーも、多分大丈夫だったと思う…というか、そう思いたい。
「もし少々の怪我をしていても、師匠も回復魔法が使えるから、大丈夫ですよ。まあ、回復魔法が使える三人のうち二人がここにいるから、回復薬を使っているかもしれないですけどね」
同じ回復魔法を使ったとしても、マリア嬢にかけてもらうとその回復量が違う。
なので自然とマリア嬢に回復をかけてもらうのがいつしか当たり前になっていた。
「僕らが無事なことを伝えられるといいのだけど…」
そう呟いて、ふとマリア嬢を見たら、その大きな目から涙がぽろぽろとこぼれだしていたので、びっくりした。
「き、きっと大丈夫だよ、みんな無事で、僕らのことを心配してるだけだよ」
マリア嬢はその大きな目を不安そうに瞬かせて、でも涙は止まらなかった。
僕はこういう時にどうしたらいいんだ?
とっさに、大丈夫、大丈夫だよ、と言いながら、抱きしめて背中をなでた。
びっくりする位にその体は華奢でほわっと柔らかくて、こんなのでよく僕らと行動を共にしているものだな、と驚いた。
しばらくそうして、落ち着いてきたかな、と思ったところで、深呼吸するように勧めてみた。
「吐く息を長くしてね、そう…ゆっくり…」
何度か深呼吸をしたマリア嬢は、硬く強張らせていた体もゆるみ、涙も止まったようだった。
「ごめんなさい、ありがとう…」
おずおずと僕から体を離して、照れくさそうに笑ってくれた。
「私のわがままで、エミリーとエドガーの人生を大きく変えてしまっているの。その二人に私のいないところで万が一何かあったら、と思うと心配で…。そして、二人が無事だったとしたら、人生を変えてまで私についてきてくれた二人に、きっと心配かけていると思うと、それはそれでいたたまれなかったの」
ちょっと意外だった。
実は行動を共にするようになってからも、マリア嬢とはほとんど話をしたことがなかった。
僕はアレックスと一緒にいがちだし、マリア嬢にはエミリーとエドガーがいつもくっついている。
過去に数度見かけた時の印象からは、普通の、自分が世界の中心だと思っているお嬢さんなのだと思っていた。
義兄弟達が『高位の貴族の令嬢ほど、自分中心に世界が回っていると思っている』、とよく言っていて、社交の場では、実際にそうだな、と思わせられる経験を何度もした。
マリア嬢はその中でも最高位の公爵令嬢だ。過去に森で出会った事件も、それを否定するものではなかったし。
でも今のこの様子をみると、もしかしたら、僕はマリア嬢のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
「どうして、そこまで、僕らと一緒に来たかったの?」
思わず訊いたら、その大きな目で、じっと見つめられた。
青い瞳が宝石のように綺麗だな、とつい見入ってしまった。
「それは…それは……で、殿下が…」
「僕?」
いや、アレックスのことだろうか?
マリア嬢は、何かを言いかけてはやめるそぶりを何度かして、最後には俯いてしまった。
気になるじゃないか!
僕が勇者なのが頼りなくて心配だった、とでも言うのかな…。
僕は雷魔法のレベルを上げるためにも、この洞窟に入ってからは炎系の魔法を使わないようにしているのもあって、かなり惜しげもなく雷魔法を使っている。
雷魔法を持っている者が勇者だというのが本当に有名なことなら、この一行のうち、グレイでもアレックスでもなく、僕が勇者なのはもう分かっているだろう。
あえてそういう話題をしたこともないけど。
…っていうか、そういう話を、旅の仲間達と腹を割ってしたこともないんだな…。
これはちょっと反省事項かもしれない。
お互いに命を預けて戦う仲間だというのに。
大人なら、ここでお酒でも飲みかわすのかもしれないけど…あ、そういえばこの世界では十六歳で成人だから、もうお酒飲めるんだっけ…でも飲もうとも思わないしな…。
考えが明後日の方に向いていたら、また頭上からパラパラと小石が降ってきた。
慌ててまた盾をかざして、自分達の空間を確保する。今度はそんなにたくさんは落ちてこなかったけど、光の量が増えた。
「こんな狭いところでじっとしていても、どうにもならないね。水はどうにかなるけど食べ物が尽きたらそれで終わりだし。今、外につながる部分が広がって、より明るくみえるようになったことだし、ちょっとこのルートを伝って外に出られないか、見てみるよ」
このままではらちが明かないと思っているのが半分、この微妙な空気をどうにかしたいのが半分。
盾をマリア嬢に渡して、しっかり盾の陰に入ったのを確認し、膝立ちで剣の鞘ごと、頭上の光の漏れてくる辺りをつつく。
小石交じりのもろい層だったようで、またざらざら…と大量に崩れてすごい土煙がたつ。
慌てて吸い込まないようにしたけど間に合わず、思いっきり咳き込んだら、マリア嬢が風の魔法をかけてくれて、すぐに土煙が収まった。
こんな使い方もできるんだ…。
感心しながら、マリア嬢がまた埋まっていないか確認する。
マリア嬢が、予備のハンカチを貸してくれたので、それぞれハンカチをマスクとして顔に巻き付け、また更に広がった光の筋の入ってくる辺りを突き崩す。
何度か崩すうちに、自分達のいた空間も崩れてきた土砂で狭くなったけど、頭上にかなりの道筋をあけられた。
そろそろ夕方だ。
暗くなったら、この穴で夜を明かすことになる。
いつ、さらに崩れてくるかもわからないことにおびえながら夜を過ごすのは…ちょっと嫌かな。
マリア嬢にはまた盾の陰に隠れているように言って、思い切って、頭上の岩に手をかけ、体を持ち上げてみた。
崩れるかと思ったけど、その辺りはがっちりしているらしく、岩の上に体を上げられた。体の幅ギリギリの狭さの中、なんとか上っていくと、最後に外に顔を出すことができた。
五メートルほど上るだけだ。




