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そして、それから数年、私とエミリーの試行錯誤が続くことになった。
まずは女性が多く働いている業界、裁縫、刺繍に取り組んでみた。
これならば、仕事にしたとしても、趣味の延長として将来夫になる人も大目にみてくれそうだと思ったからだ。
でも半年ほどで、私は肩を落とすことになった。
私の裁縫の腕は普通。
そして肝心のデザインに対しての興味がわかなかったのだ。
そうなるとお針子になってしまう。
公爵令嬢がお針子…さすがにそれはない。
そして肝心なことに、嫌いではないけれども、好きでもなかった。
そして刺繍。
こちらも裁縫と同様だった。
下手ではないけれども夢中になって時間を忘れる、ということはなかった。
どうもこっち方面はなさそうだ、ということになった。
次に、料理人であるエミリーの父親から料理長にかけあってもらって、厨房に押しかけ、お菓子作りや料理をしてみた。
こちらは前世で調理師免許もあるので、かなりいい線をいったのだけど、前世と調理器具や食材、調味料が違い過ぎた。
魔獣の肉が高級食材で、下処理として魔力で臭みを取って…とか、ちょっと無理…。
魔獣というのは魔力を持つ動物で、屠った時にどれだけの魔力を持ったままだったかによって、臭みがあったりなかったり、なんだとか。
そして、魔力回復薬の材料になるような、元の世界には絶対なかっただろうと思われる植物が、薬味として好まれていたりして。
そんな感じで、前世の料理のようにはいかない中、そのどさくさで、子どもの思い付きのふりをして、料理を『発明』してあげた。
野菜スープにトマトを入れたのだ。だって…食べたかった!
厨房の料理人達は、はじめは赤くなったスープにぎょっとしていたけど、一口味見をした後は、一気に飲み干してくれた。
トマトにはグルタミン酸がたっぷりだからね!うまみは日本の文化!かつおだし、昆布だしは諦めるけど。
トマトを料理に使うことで一気にイタリア料理の革新が進んだっていう前世の記憶が残っていた。
おかげで、トマトスープから始まって、今はトマトソースも料理に取り入れられるようになって、料理の幅が広がった。
元の世界にはないものもたくさんあるけど、共通しているものもたくさんあるのだ。
そして、今日はこれまた間違ったふりをして、ポテトチップスを作るつもりだ。
これも、純粋に食べたかったので。
夜、悠人と二人でテレビを見ながら、ポテトチップス一袋を一緒に食べるのが親子の時間だったっけ…。
「母さん、痩せたいって言っててこんな時間にこんなもの食べちゃダメだよね」なんて言われて、「背徳の味よ」と返すのがいつものことで…。
思い出のポテトチップスは、でもトマトスープのように、庭に観賞用に植わっていたものを子どもの思い付きでぶち込んだ、というようには作れない。
そもそも庭に原種に近いものの、トマトがあったのを発見したのは、運が良かったに過ぎない。
なので今回そこは作戦を練ってみた。
「ヘンリーも自分の生活がどのように成り立っているのかを知ってもいい年ごろになったと思うわ。まずはこうして当たり前に出てくる食事がどうできてくるのか、一緒に厨房を見学してはどうかしら?」
しれっと朝食の席でお父様とお母様にそう言ってみた。
そうして、最近料理を趣味の一つにしていると思わせている節があるので、うまいこと厨房に弟のヘンリーを連れて行くのに成功した。
しばらくは社会見学のように、食品貯蔵庫の食材やオーブン、コンロなどを見学させてもらい、ヘンリーもやんちゃ盛りの六歳とはいえ、かなり興味津々に見て回っていた。
そしてヘンリーが飽きるそぶりをみせる前に、おやつを作って欲しい、と料理長に可愛くお願いした。
そのおやつはジャガイモのフライ。
おやつと言うよりは、料理の付け合わせであり、前世でのファストフードでよく食べていたようなフライドポテトよりも大ぶりなものだ。
でもお嬢様が食べたがっているとなると、もちろんノーとは言えないし、高い食材でもない。
すぐに快諾してくれた。
「ヘンリーはそこで見ていて、姉さまがヘンリーの分を作るから!」
すかさず宣言をして、イモを確保する。
私が時々厨房で何か作っているらしいと知っていたヘンリーは、興味を持って見ていてくれている。
早速、イモをあたかも不慣れなために細切れになりました風を装って、薄く切った。
こりゃ、もはやゴミだな、と料理長の顔に書いてあったのを無視して、油で揚げてもらう。
危ないので揚げること自体は、お嬢様はさせて貰えないのだ。
大小あるため、高温だとすぐに焦げてしまうのでかわいそうだと思ってもらえたらしい。
まさに思うツボ。
中温で時間をかけて揚げると、ファストフードのポテトのようなものから、ポテトチップスのようなものまでさまざまなものが出来上がる。
そこに塩を振って、ヘンリーと食べてみる。
「わあ、失敗しちゃったと思ったけど…パリパリしていて、これ、とっても美味しいわ!」
わざとらしくならないように、大げさに言うと、すぐにヘンリーも食べてみて、歓声をあげる。
「姉さま、香ばしくって美味しいです」
内心、よしよし、良くやった、と弟を褒めてやりながら、提案する。
「こんな風に薄くカリカリのパリパリにたくさん揚げることって出来る?もっと食べたいわ!」
私が差し出した美味しくできていただろう一枚を料理長に差し出して味見をさせると…料理長も一瞬目を丸くして、そのあとプロの顔になって何度か頷いたり思案顔になったけど、午後のお茶の時間に少し作ってくれることになった。
成功だ。
無事、午後のお茶の時間にはかなり私のイメージに近いポテトチップスが登場し、それとなく、もっと薄い方が、などの要望を出し、数日のうちに満足のいくものが出来上がった。
ポテトフライ自体は既にあったので、単純な発想の転換だけでもあり、私の提案で作られたポテトチップスは何の抵抗もなく家族に受け入れられた。
そしてお父様は、これは売れる!と城下にポテトチップスのお店を作ってしまった。
大して元手もかからないし。
それにちゃっかり製法の権利を王様に申請してあって、まねして作るためには我が家から権利書を買わないといけなくしてあった。
なので、自宅で作って楽しむにはいいけど、商売敵として作るには我が家にお金を払わねばならず…商売敵ができなければ我が家が儲かるわけで…お父様なんて抜け目がないの!
私には商才がないことも良く分かった。
そして、我が家はとても儲かった。というか儲かり続けているらしい。
お父様が私に、お礼だよ、と私の目の色に似た青いサファイアのネックレスを買ってくれた。
とても私には早いと思ったので、一度つけて見せてからは、しまっておくことにした。
いや、こんな子供に買うような代物じゃないんじゃない?お父様??
そんなこんながあったけれど、お弁当屋で必死に働いていた前世のせいか、料理を仕事にしたい、という情熱もわかなかった。
でも料理は好きな方なので、トマトスープの一件以来、料理長の目も暖かくなったのをいいことに、ちょくちょく入り込んでは食べたいものを作ったり教わったり、は続けていた。
それと並行して、絵を描いてみたり、詩を作ってみたり、楽器を演奏してみたり。
どれもこれも、できないものはないものの、きらりと光るものがあるとは思えなかった。
なんでポテトチップスってあんなに魅惑的なのでしょう…